第79話 ネットに勤しむ3月の夜

 



「でね? でね?」

「まじぃー?」


 それは何もない空き時間。

 バレンタインの余韻もふんわり消え去った。午後のひと時。

 俺たちは次の講義を受ける為に、すでに教室でスタンバイしている。


 横からは宮原さん達の話し声が聞こえるものの、今はその内容を聞き取れるほどの余裕はない。そう、前に真也ちゃんから言われた事。バレンタインに対をなす……


「おい聞いてんのか? 太陽?」

「どうかしたのー?」


 なんて考えていると、反対側に座る千太と天女目の声が耳を通る。

 くっ、変なタイミングで話しかけて来るんじゃないよ。俺はホワイトデーのお返しの事で頭がいっぱいなんだが?


「ん? 悪い悪い。それで? なんだっけ?」

「かぁー。これだからバレンタインデーにチョコ14個も貰ったやつは違うわ」

「もうー、鷹野君?」


 ちなみに、このイジリにももう慣れた。

 バレンタインの翌日、千太の何気ないその話題。今となれば当たり障りのないように、宮原さん・算用子さん・そして真也ちゃんの3つと答えればよかったものの……別に減るもんじゃないしと、姉ちゃん達のも含めた個数を言ってしまったのが運の尽き。事あるごとにイジられるようになった。

 まぁ本気の悪意は感じられないし、特に問題はない。


 宮原さんもサークルの先輩方から貰った事は知ってるし、その場で姉ちゃんからも貰った事も話してる。

 最初は宮原さんも、その話題に乗ってきたり……おかげで話は弾んだよ。


 ただ、千太。そんな悔しそうにしてるが、お前はどうなんだ? 特別なチョコを宮原さんから貰ったんじゃないのか? 喉につっかえてはいたけど、流石にこの場で言葉にはできない。


「はいはい。それで?」

「ホワイトデーだよ。ホワイトデー」

「うんうん」


 うおっ。まさかお前の口からホワイトデーの話題が出るとはな。


「来週だよな?」

「そうそう。それで、俺達考えたんだよ」

「僕達、宮原さんと算用子さん、それと真也さんからも貰ったでしょー? どうせお返しするなら、3人とも違った物の方がいいんじゃないかってさー」


「……確かに。3人とも同じ物よりだったら、違う物の方が良いかもしれないな」

「それこそ、クッキーとか色々ある訳だし……だから決めようぜ?」

「どうかなー?」


 まぁバレンタインならチョコ系って相場だけど、ホワイトデーってそこまで1つの物に固定概念が無いかもしれない。

 それこそ、三者三様の方が喜んでもらえるかもな。


「そうだな。いいぞ」

「決まりぃ!」

「じゃあ早速、候補を決めていこー」


 候補ねぇ……パッと思いつくのは、飴やクッキーとかキャラメルかな?


「おっし。じゃあ……まずクッキーだろ? あと飴と……キャラメルとかか?」


 ……千太と考えてる事一緒じゃねぇか!


「あとは、マカロンとかも良いよねー。マドレーヌとか」


 天女目は流石だな。その見た目と言えば悪い様にも聞こえるが、男にしてその容姿は反則だと思う。そして思考も女子寄りに考えられるのは、俺達2人にとって大きな力となる。


「そんなのもあるのか!? じゃあ光はマカロンな? 俺達がマカロン渡したら……キモいだろ?」

「ちょっと待て、俺達とはなんだ」

「そうだよー? 誰が渡したって嬉しいに変わりはないよー?」

「いやいや……とにかく光はマカロン決定」


 っておい! 何を勝手に……まぁ天女目にマカロンって似合ってるよな。確かに。


「ええー、良いの?」

「良いよな、太陽?」

「あぁ、想像してみると天女目が1番マカロン似合ってる」


 となると、残るはクッキー・飴・キャラメルか? 正直俺はなんでも良いんだけど……


「じゃあ俺、クッキーでも良いか?」


 おっ、意外や意外。千太から指定とは。クッキーねぇ……まぁ良いんじゃないか。


「あぁ、良いぞ? じゃあ俺はキャンディにするわ」

「キャンディって……全くオシャレ気取りやがって」

「ん? この呼び方が普通じゃないのか?」

「もー、2人ともー?」


 そんなこんなで、あっという間にそれぞれのお返しの品は決定した。

 こうしてみると、朝からさんざん考えていた自分が馬鹿らしくなる。とはいえ……ホワイトデーという日。


 その日こそ、何かしらの動きがあるのかもしない。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その夜、俺は早速ホワイトデーに送るためのキャンディ検索に移った。

 ここ数年、バレンタインと言えば姉ちゃん達からしか貰った事がないから、お返しも姉ちゃん達が好きな果物とかを送ってたっけ。

 ちなみに母さんからはチョコを貰った事は無い。なんでも生涯あげるのは父さんだけと決めているらしい。

 小さい頃から両親の仲の良さは知ってるし、そういう流れになっても別に文句も浮かばない。それどころか、仲が良いなぁと感心するばかりだった。


 それでも年を重ねるにつれて、なぜか歯痒くなったりもする。


 っと、そんな事は置いといて……ホワイトデー、キャンディっと……

 そんなこんなで、早速検索するとヒットするわするわ。しかも、1週間前となると結構購入が遅い段階らしい。


 マジか? 1週間前で遅いだと?

 人気の商品によっては売り切れの物も出るらしい。改めて、世間との認識の差を思い知らされる。


 マジか。こうしてみるとやっぱネットの方が種類は豊富だよな。けど、現物見て買った方が安心だ。となれば、明日サークルないし、ちょっと近場のデパートに行ってみるか。


 色々考えながらも、お勧めの店情報を探していく。

 広いデパートにはそれらしき店もあるし、他にも売っている場所は多く存在している。この中から、選ぶとなると……正直骨が折れそうだ。


 ……沢山あるな。あの2人、どうやって店決めてんのかな……あっ!

 その時、皮肉にも俺は千太という名前で……ある事を思い出した。それはそれは結構大事な事で、まさに運命共同体には欠かせない事。


 俺はすかさず、スマホを手に取った。

 一応、真也ちゃんに報告しないと。


【お疲れ。真也ちゃん、ちょっと良いかな?】


 それから俺は、今日起こった出来事を報告した。

 ホワイトデーに向けて、男3人別の物を渡す事になった事。

 俺はキャンディ、天女目はマカロン。そして千太はクッキーになった事など……事細かく。


 するとどうだろう、いつもの様に冷静沈着にやり取りをしていた真也ちゃんが、千太がクッキーを渡す事になった話をした途端……


【えっ!? クッキー!? 千兄がクッキー担当なんですか!?】

【そっ、そうだけど……】


 驚いたかと思うと途端に、


【なっ、何してるんですか! 日南さん!】


 お怒りの言葉を放たれる。

 えっ? なっ、なんでそんなに怒ってるの?


【えっ? 何って……】

【だって、クッキーですよ? クッキー?】


【いや、だからホワイトデーの定番……】

【それはそうですけど、私が言いたいのはそこじゃありません! 良いですか? ホワイトデーの定番で、味も豊富……】


【ふむふむ】

【ですけど、1番のポイントはそこじゃないんです。良いですか? クッキーは……】



【手作りじゃないですかっ!!】



 手作り? そりゃ、クッキーなら…………はっ!

 その刹那、俺は気が付いた。もちろん、真也ちゃんが言わんとしている事も全て。そして、自分が情けなく、悔いる様にスマホを握る手に自然と力が入る。


 それに、そう考えると……あの時の千太の行動も理解が出来る。天女目にマカロンを勧め、次に自分で提案をする。そう、見計らったかのようにクッキーを。


 これが計画通りなら、俺は何たる失態を犯してしまったんだろう。


【……そういう事か。包装紙なんていくらでも用意出来る。他の人には既製品で、宮原さんには手作りのクッキーで……愛を深める可能性があるって事か!】

【あっ、愛って、なんか言い方が……って、そうですよ! そう! ただでさえ手作りってアドバンテージは強力なんですよ? そう考えると、千兄がクッキーを選んだという事は、皆に悟られずに特別なものをあげたいって気持ちの表れかもしれないです!】


 ……やられた。この可能性を考えておけば、あそこで容易にクッキーを承諾してなかった。

 ただ、言い換えるなら……もしそういう狙いで千太がクッキーを選んだとしたら……


【……ごめん。けど、もしそうならチャンスだよね?】


 2人が付き合っているかもしれない……証拠を得るチャンスなのかもしれない。


【えっ?】

【もしそうだとしたら……宮原さんにだけ別のクッキーをプレゼントしたならさ? 2人の関係性を知るチャンスだよ】


 千太からの雰囲気は悟った。だから、そういう行動をする可能性は十分にあり得る。


【そっ、そうですけど……この前みたいに、ずっと監視してるのは無理ですよ?】


 確かに。その日はサークルだけど、結局その後の帰りの車や、道中で合流して渡されたら意味がない。

 せめて車まで……あっ! 


 その瞬間、頭の中に妙案が浮かび上がる。そう、バレンタインで宮原さんがしたように、俺も……車で乗り込む瞬間にサプライズでもう1品渡せばいい。


【その日はサークルだから……車までは俺が見てる。宮原さんからチョコ2つ貰ってるし、俺もサプライズで渡しても怪しくはないだろ? そのタイミングを……宮原さんが車乗り込むタイミングにする。その時千太が居れば、様子も伺えるしね】

【なっ、なるほど……じゃあ分かりました! 私、学校で居残りの用事があるから、帰り千那姉の車で帰帰ってもいい? って聞いてみます】


【真也ちゃん……】

【これで断られたら……ほぼほぼそういう関係だって一歩近づけます。もしОKなら、それはそれで道中を監視できます】


 ……なるほど。これで一応、空白とされている通学時間をカバー出来るって訳か。


【ちなみに日南さん? 14日は1コマからですか?】

【確か……そうだね】


【じゃあ行く時も、乗せて行って貰えるように聞いてみます。結構早いですけど、冬は千那姉余裕をもって早く出てますし……怪しまれないかもしれないので】

【まじか……ありがとう】


 ……これで、決まった。バレンタインに引き続き、運命のホワイトデー。

 ここで出来れば……何かを掴みたい。


【そういえば日南さん? サプライズでプレゼントするって言ってましたけど……その品は決まってるんですか?】


 えっ? あっ……やばい。


【じっ、実は……】

【ふふっ。だと思いました】


【面目ない】

【じゃあ……香水はどうでしょう?】


【香水?】

【それこそ、お返しとして送る方も居るみたいですし、怪しくもないと思いますけど】


 なっ、なるほど。香水か……確かに効果と、貰う人にしてみれば何かしら特別な意味だと受け取ってもらえそうではある。


【なっ、なるほど。良いかもしれない。けど好みの匂い……】

【この前買い物に行ったとき、千那姉がテスターで気に入ってた香水ありましたよ? その時は、お値段見て退却してました】


 ……流石真也ちゃん。頼りになる運命共同体だ。


【なっ、なんだって!?】

【ちなみに、その香水……まだ千那姉買ってませんよ? 画像……要ります?】


 そして、考える間もなくその答えは……


【ぜっ、是非下さいっ!】

【ふふっ。分かりました】



 お願いします!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る