第74話 宮原千那
ふぅ。危ない危ない。
今日は団体さんが来るから、急いで帰ったけど……母さんのお使い忘れるところだったよ。
でも途中で気が付いて良かったなぁ。それでも冬道だから戻って来るのに時間掛かっちゃった。
黒前駅にある専門店でしか売って無いボディソープ。母さん長年愛用してるもんね。
よっと。
エスカレーターで上がって2階の……あれ?
エスカレーターで2階に上がると、すずちゃんのバイト先でもある喫茶店逃避行が目に入った。
すずちゃん今日バイトかな? なんて考えていると、その扉が開く。そして現れたのは、
「あれ? 日南君?」
さっきまで一緒にバスケをしていた日南君だった。
その姿はサークルで見たジャージ姿。もしかしてそのまま喫茶店にご飯でも食べてたのかな?
ちょっと声掛けちゃおう。
「おーい。ひ……えっ?」
それは不思議な光景。
確かに日南君はサークルに来た時と同じ格好だった。けど、違和感を感じたのは……日南君の後ろ。
確か……今日は登校日だったよね? 終わったらすぐに帰るって言ってなかったっけ? なのに家とは反対方向の黒前駅にどうして居るの?
「真也……?」
日南君の後に続くように、逃避行から出て来た真也。そして2人は顔を見合わせ笑顔で何かを話している。
ここからじゃ、なんて言っているのかは分からない。
それでも2人の雰囲気は、仲の良い男女の姿そのもの。うぅん、もしかするとそれ以上の関係にさえ見える。
そっ、そんなに仲良かったの? 2人共。いつの間に……もしかしてこんな感じで時々会っていたの?
すっかり見慣れた日南君の笑顔。
自分の知る限り、あまり他人には見せた事のない様な笑顔を見せる真也。
その瞬間、胸が痛くなる。
例えようのないモヤモヤが……
胸全体を覆い尽くす。
日南君と最初に出会ったのは、大学の入学式だった。
何気なく隣の席を見たら、ちょっと顔色が悪そうでね? 思い切って話し掛けたのが最初。少し話していく内に東京から来たって知って……羨ましさと、色々話が聞きたくなっちゃってさ?
今思えば、大分迷惑だった気がする。
それでも友達は多い方が楽しいかなって老婆心が勝っちゃって……すずちゃんや千太を紹介しちゃってた。
初めは遠慮しがちだった日南君も、一気に溶け込んでさ? 天女目君も合わせて仲良くなって良かったよ。
さっきも言った通り、最初はね? 都会から来たって事で興味があった。実際に日南君から聞く東京の話は新鮮で、時には羨ましくて……楽しかった。
私は、そんな彼に少しでも恩返しがしたくて、なるべく黒前や青森の事好きになってもらえるように、色んな事に誘ってみた。
近くのランチやめぶり祭り。そういえば結構無茶なお誘いもいっぱいしたかも。それでもね? 日南君は嫌な顔1つしないで、来てくれた。
あっ……流石に家でバイトしなよって言ったのは出過ぎた真似だった。いくらゴーストのバイト辞めたからって、直ぐに……しかも宮原旅館でバイトとかありがた迷惑だったよね。
気にしないでって言ってくれたけど、ちょっとヘコんじゃった。自業自得だけどね。
今思えばどうしてあんなにバイトを勧めたんだろう。
自分でもお節介な方だとは思う。それでも、日南君に対するあの行動は……冷静になればなるほど行き過ぎてた。
……違う。行き過ぎてたんじゃない。あれが私の本音だった。
都会の人と言う興味と憧れ。
けど、日南君からは……そう。どこか不思議な雰囲気も感じられた。
笑っているけど、心の底から笑っていない様な。
私やすずちゃんと仲良くなって、距離が近くなったと思いきや、適度な距離感を感じたり……
いつの間にか、そんな日南太陽と言う人物に興味を持つようになった。そしてもっと彼の事を知りたいと思うようになっていた。
どうして黒前に来たのか。
どうして入学式の時元気がなかったのか。
澄川さんとの関係は?
立花さんと知り合いなの?
カラオケとか遊びに誘うと来てくれる。けど、何ヶ月経っても、どうして私やすずちゃんと少し距離取ってるの?
なんで私が急にサークルに連れ込んでも怒らなかったの? むしろ喜んでくれて、サークル入ってくれたりしたの?
日南君に対する疑問は数えたらキリがなかったよ。それでも、その多くについては話してくれたよね? 特に澄川さんとの関係は……口にするのも苦しかったと思う。
けどね? それを話してくれたからこそ……私の中の日南君はますます分からない存在になった。
心の底から大学を……私達との関係を楽しんでいるって分かる素敵な笑顔。
そんな中、私達の知らない。何かを抱えているような……時折感じる、悲しそうな雰囲気。
どっちが本当の日南君なのか分からない。
なぜか放っておけなくて、気になる。
気遣いも出来て、一緒に居ると楽しい。
けど、何処か感じる距離感。
抱え込んでいる様にも見える何か。
本当に分からない。
だからこそ……なぜかいつも視線の先には日南君が居る様になった。
本当に分からない事だらけ。
日南君の事も。
自分の気持ちも。
それをハッキリ感じたのは……クリスマスイブのあの日。いきなり千太に告白されて、本当に驚いた。まさか私の事好きだったなんてびっくりした。
そして、なにか言わなきゃ……そう思った時、一瞬頭を過ったのは日南君だった。
本当に自分でも分からないの。どうしてか分からない。
でもね? おかげで少し落ち着く事が出来たの。
ハッキリと自分の気持ちは伝えられたの。
幼馴染だからとか、可哀想だとか……そんな感情を抜きに自分の本音を。
ごめんなさいって。
千太にそう言った時も、胸は苦しかった。
一瞬見せた悲しそうな顔は、心に突き刺さった。
けど、どうして?
どうしてその時よりも痛いの?
心臓がドキドキしてるの?
胸の中がモヤモヤして……苦しいの?
ねぇ? 2人はそう言う関係なの?
いつから?
……痛い。
……苦しい。
見合わせている顔が、その笑顔が、
どうしても、どう頑張っても心に突き刺さって……
上手く息が出来ないよぉ……
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