第73話 好きの意味

 



 心なしか、真也ちゃんの圧力が半端じゃない。

 前のめりになりながら見せる、少し興奮した姿は……いつもの冷静沈着・クール美少女とは思えない程だ。


 そしてその口から飛び出したどストレートな質問は、さらに俺を動揺させる。

 すっ、好きなんですか!?


「ちょっ、真也ちゃん! いきな……」

「答えて下さい! 好きなんですか? どうなんですか?」


「おっ、落ち着いてよ! 一体どうしたんだよ急に」

「わっ、私は落ち着いてます! 気になるから聞いてるんです」


 なんて言葉では言っているものの、その様子は明らかにおかしい。

 真也ちゃんらしくないのは勿論、まるで何か焦っているような……早く結論を出したい様な……そんな雰囲気だ。

 今までの経験上、焦る気持ちに任せて行動した結果、上手くいった試しはない。自分への質問は忘れず、とりあえず落ち着いて貰う事が先決な気がする。


 それに質問の意図も含めて、宮原さんと千太絡みで間違いはないからね。


「えっと、真也ちゃん」

「なんですか? 話はぐらかさないでくださいね?」


「いやいや、そうじゃないよ! あんまり大きな声だとお店とか他の人の迷惑になるからさ? 落ち着いて? それに算用子さんがバイトで来るかもしれないし……」

「あっ。こっ、コホン……すいません。少し声が大きかったです」


「ありがとう」

「でも寿々音さんは、今日シフト入ってませんから安心してください」


「えっ?」

「色々話するのに、そこ把握しない訳ないじゃないですか。だからその点は大丈夫ですよ」

「そっ、そうなんだ」


 少し間を開けただけで冷静になれるのは、流石としか言いようがない。

 いつもの姿に戻ってくれたのは良かった……けど、


「それで……話を戻します。日南さんは千那姉の事どう思ってるんですか? 好きなんですか?」


 威圧感だけは変わらないのね。いつもの姿+この威圧感はプレッシャーが半端ない。

 それにこの状態の真也ちゃんに、冗談は通じない。……よし。


「好き……か。それはどっちの意味かな? 友達として? それとも1人の異性として?」

「もちろん後者です」


 だよな……

 その一言は、今の俺にとって図星だった。


 あの日の光景を目の当たりにして、心に巣食ったモヤモヤ。

 帰省して少し和らいだものの……根本的な解決に至った訳じゃない。


 その理由だって分かっている。

 分かっていても、1人で抱える分には今まで通り……そう思って、曖昧にしていたのも事実だ。


 けど今は違う。

 第三者に……あの光景を見ていた真也ちゃんに問い質された。

 もう曖昧には出来ない。逃げる事は……出来ない。


「そっか。正直に言うよ? 分からない」

「はぁ?」


 うっ、恐っ!


「いやその……」

「なんなんですか? ハッキリしてください!」


 真也ちゃんの言葉が強くなるのも仕方ない。

 ただ、自分でも本当によく分かっていないんだ。


 入学式で見た時から、モロにタイプだった。

 けど、タイプなのと好きってのは別。


 性格も明るくて、色々話しかけてくれる。

 実際、最初に千太や算用子さん、天女目と仲良くなれたのは宮原さんのおかげだ。

 バスケにも家でのバイトも誘ってくれた。

 祭り事にも招いてくれて、大学生活1年目にしてかなりの思い出が出来た。


 澄川の事も話したり……特別な感情が湧かないと言えば嘘になる。


 でもそれは、友達として……仲の良い友達としての感情?

 それとも、同じ過ちを繰り返したくないって……心のどこかで堰き止めてる?


 この感情を理解してもらうのは、なかなか難しいな。

 ……そうだ。真也ちゃんは多分、俺の事ある程度は信用してくれてる。だから自分の気持ちを話してくれたんだ。だったら……


「あのさ? 真也ちゃん」

「なんですか?」


 俺も言わなきゃ……だよな。


「俺さ? 今まで女の子に対して……3回ほど嫌な経験があってさ。小、中、高って」

「えっ?」


「当時の自分からすると、結構傷ついてさ? 黒前大学に来たのも、姉ちゃん達のお墨付きとか大学の評判は勿論だったけど……そんな経験を振り払おうって思いも強かったんだ。最高に嬉しい気分から、最悪の気分へ突き落される……そんな経験をね?」

「ちょっ、ちょっと待ってください。いきなりそんな……」


「ははっ、いきなりヘヴィ過ぎたよね? ごめんごめん。けど、俺の心情を伝えるには全部知って貰った方が早いから。真也ちゃんだって、俺なんかに自分の気持ち言ってくれただろ? 俺もちゃんと言わなきゃフェアじゃない」

「でっ、でも……」


「大丈夫。まぁそんで大学来たけど……事はそんな簡単に進まなかった。めぶり祭りに来た澄川って覚えてる?」

「えっ、あ……はい」


「そいつがトラウマ第1号。んで、真也ちゃんと話をした時、話題に挙がった……立花心希。そいつがトラウマ2号」

「トラ……1……えっ? 2号? はいっ?」


「ちなみにトラウマ3号も、駅前のカフェ&レストランゴーストでバイトしててさ……」

「ちょちょちょっと待ってください? 色々と展開が早くて……日南さんって実家東京ですよね?」


「そうだよ?」

「さっき聞いた話だと、小・中・高もですよね?」


「そうだよ?」

「だったらそのお相手も、東京に住んでる人なんですよね?」


「当時はね?」

「いやいや。なんでそんな人達がなんで揃いも揃って、ここ青森県の黒前に居るんですかっ!!」


 さっきとはまた違った反応で、声を上げる真也ちゃん。

 正直そこまで驚いた姿も見た事が無くて……新鮮だ。けど、今言えば怒られそうだ。心の中にしまっておこう。


「まぁねぇ。驚いたよ」

「あっ、有り得ません。しかもトラウマって……」


「あぁ、詳しく聞く?」

「……いえ、良いです。壮絶そうで、体が危険信号出してますもん」


「ちゃんと聞いて貰わないと、俺が悪い可能性も……」

「その話題振った時点で、日南さんが原因だとは思えません。それに今の話を聞くと、めぶり祭りでの澄川さんから日南さんへの態度もなんか理解できます。それに立花先輩についてはご存じの通りです。今までの日南さんを見ても、千那姉の反応をとって見ても……あの時、立花先輩が千那姉に言った事は、妄言だったと思ってます」


 宮原さんもそうだけど、真也ちゃんも周りの様子ハッキリ見てるんだな。めぶり祭りの時だけで、違和感を感じるなんて……凄い。立花については高校の先輩でもあるし……俺と真也ちゃんが初対面した理由でもあったからな。


「その、トラウマ3号についてはあれですけど……」

「話そうか?」


「けっ、結構です! 全力で体が拒否してます! だから……日南さんの事信じます」

「ありがとう」


「もしかして日南さん? そのトラウマから、自分でも気持ちが分からないって感じなんですか?」

「……そうだよ。友達として好きなのか、それともトラウマが過って気持ちを抑えているのか……」


「……じゃあ聞きます。日南さん? あの時の光景……見た瞬間どう思いました?」

「あの瞬間?」

「私から言わせるんですか? 意外とSなんですね……」


 うっ……目が怖い。危ない危ない。変に冗談で、場を和ませようと思ったのが間違いだった。


「ごめんごめん」

「ここまで来たら、ふざけないでくださいね? それで……どうでした?」


「えっと……驚いた。あとは……なんかモヤモヤした」

「モヤモヤ……」


「なんか胸がモヤモヤして、何とも言いきれないもどかしさというか……そんなのを感じた」

「それって今もですか? 現在進行形ですか?」


 今も……確かに一旦は薄れはしたものの、モヤモヤはしてる。昨日、本人目の前にしたらなおさら。


「そう……かな……」

「なるほど。あの……言ってもいいですか?」


「ん? うん……」

「簡単な話です。それって、千那姉の事好きって事ですよ?」

「えっ?」


 その真也ちゃんの一言。それは余りにも軽く、そして自信ありげな表情だった。

 ハッキリ言って俺は、どこにそんな確証があるのか疑問しか浮かばない。


「いやいや……」

「あのですね? 日南さん色々考え過ぎです。まぁ今までの経緯を聞く限り仕方ないとは思いますけど」


 考え過ぎ?


「えっ?」

「前に日南さんに言われた事をお返ししますね? 経験者から言わせてもらうと……そのモヤモヤを感じてる時点で、その人の事好きなんですよ。私の場合はモヤモヤ通り越して、打ち砕かれましたけど」


「けっ、経験って……」

「大体……何にも思ってなかったらモヤモヤなんてする訳ないじゃないですか。驚くだけです。それに……あの後どうなったのか気になってるじゃないですか」


「それは……そうだけど……」

「好きだから気になるんじゃないですか?」


 それは実に端的で……実に簡潔な答えだった。

 そしてそうつぶやく真也ちゃんの表情は、やっぱり自信に溢れていて……少しだけ微笑んでいるようにも見える。


 好きという感情。

 それは人が持つ喜ばしい感情。

 過去のトラウマから、避けていた感情。


 自分自身でも、分からなかった。

 宮原さんに対しての気持ちがどうなのか。

 自問自答し、結局分からず……曖昧にしていた。


 けどどうだろう……他人から見ればその答えは簡単らしい。


「……そう……なのかな……」

「日南さん? 千那姉は可愛いですか?」


 そりゃもちろん。


「可愛いよ」

「もしかしてタイプだったりします?」


 入学式の時からそう思ってる。


「めちゃくちゃタイプ」

「そっ、そんな真面目な顔で食い気味に答えないでくださいよ! じゃあ千那姉が……誰かと付き合うのはどうですか?」


 誰かと? そんなの決まってる。


「嫌だ」

「じゃあ誰かと抱擁……」


「嫌だ」

「キス……」


「絶対に嫌だっ!」

「ふふっ」

「あっ……」


 その瞬間、真也ちゃんが見せた優しい笑顔。

 それを目の当たりにした途端、自分が無意識のうちに答えていた事に気が付いた。


 自分で零した言葉が、自分の心に染み込んでいく。

 何とも言えない、晴れ晴れとした感情。

 そして、心の奥底に隠れていたものが……ハッキリと浮かび上がった瞬間だった。


 あぁ……もうあんな思いしたくなくて、誤魔化してたのかもしれない。


 真也ちゃんに言われて気付いた。そう、めちゃくちゃ簡単だった。

 友達としてじゃなく、異性として……



「俺、宮原さんの事が好きなんだ」



「やっと言葉に出してくれましたね。なんかスッキリした顔になってますよ」

「そう……かも。ありがとう、真也ちゃん」


「いえいえ。あっ、そうと決まれば第2の本題です!」

「えっ? 第2!?」


「はい。まず日南さんの気持ちを知る事が1つ目の本題でした。それが叶った今、次に向かうは第2の本題です」

「うおっ……また熱を帯びてるような……」


「当り前じゃないですか。私は千兄の事が好き。日南さんは千那姉の事が好き。まぁ、千兄が千那姉の事好きって事実は変わりませんけど、1番大事な確認作業がありますよね?」

「確認……あっ!」

「そうです! 返事ですよ! 千那姉がなんて返事をしたか……それを知るまで、ヘコたれてなんて居られません。現段階で可能性は残ってるんですから」


 たっ、確かに……まだちゃんと、あの後宮原さんがなんて返事したのか分からない。

 幼馴染補正とか、『……嬉しい』って言葉で、2人が付き合ってる確率が高いと思ってた。


「可能性……か」

「そうです! だから、日南さん! 私達……」



「協力しましょう!!」



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