第69話 その雪は美しく、そして冷たい




 それからどの位経っただろう。

 おそらく時間にしては数秒なのかもしれない。ただ、俺にとっては長くとても長く感じた。


 千太の告白。

 雰囲気と様子でなんとなく分かった。けど、実際目の当たりにすると何とも言えない感情に襲われる。


 家が近所。

 大学までずっと一緒。

 漫画やドラマでしか聞いた事のない完全な幼馴染。

 そして絵にかいたようなシチュエーションでの告白。


 そんなの宮原さんの返事を聞くでもなく……想像は出来る。出来たはずなのに……


「……嬉しい」


 その言葉は、何処か深く大きく……胸の中へ突き刺さった。そんな時、


「はぁ……はぁ……」


 横から聞こえる荒い息遣い。思わず視線を向けると、真也ちゃんがまるで俺と同じ様に驚いた様子で外を眺めていた。


 そっ、そりゃ驚くだろ。目の前でこんなの見せられたらさ。

 そんな事を考え、同情していた瞬間だった。真也ちゃんの表情が一気に変わる。


 目を見開き、驚いたような表情から、眉が垂れ下がり口角が下がり……その瞳は目の前の現実から逃げるような……悲しげなものに。

 もちろんそんな真也ちゃんの表情なんて見た事がなかった。


 真也ちゃ……


 ガタッ


 ただ、そんな表情を目にしたのは一瞬だった。

 次の瞬間、真也ちゃんは勢いよくこの場から立ち去る。何も言うことなく、ただ静かに。それでも、その急ぎ早な足取りはいつもの真也ちゃんとは違う。

 いくら鈍感な俺でもそれ位は理解が出来た。


 まっ、真也ちゃん……けど、外の2人も……

 その2つが俺の中で揺れ動く。

 告白からの嬉しいという言葉。その先がどうなるのか……勿論気になる。

 隣でそんな状況を見つめ、見た事のない悲しげな表情を浮かべた真也ちゃんも……心配だ。


 好奇心か懸念か。

 欲求か老婆心か。


 俺が出した答えは……


「あぁ……くそっ」


 真也ちゃんへの憂慮だった。


 えっと、真也ちゃん階段の方行ったよな?

 辛うじて見えた後ろ姿に、俺は急いで向かう。ただ、肝心の階段付近まで来たものの……そこからは完全に2択だった。


 階段を登ったか、奥の未知の領域へ行ったか。

 俺ならどうする? とりあえず遠く、誰も来ない様な場所に行くけど……じゃあ奥……


 パタパタパタ


 その時、階段の方から微かにスリッパの音が聞こえた。

 2択を外した自分の運の無さより、この時ばかりは自分の耳の良さを褒めてやりたかった。


「よっし」


 この位置なら多少の物音も外の2人に聞こえないだろう。そうと決まればここからは全力疾走。

 無呼吸のまま一気に2階へ。一旦廊下の方を見渡すけど、それらしき人影は居ない。


 じゃあ3階?

 そのまま勢いよく駆けだすと、俺はさっきまで自分達が騒いでいた3階へと向かう。するとどうだろう、その上った先、大きな窓の前に……渦中の人物は立っていた。


 居た……


「まっ、真也ちゃん」

「……なんで来ちゃったんですか?」


 外を眺める真也ちゃんの声は……震えていた。それこそ今まで聞いた事のない弱った声。


 この時、俺の中には思い当たる節が2つのあった。

 1つは大好きな宮原さんが告白されたことに対して寂しさを感じている。

 もう1つは……真也ちゃんは千太の事が好きなんじゃないか。


 あの光景を見て、ここまで慌てるなんて……この2つくらいしか思いつかない。

 そして俺的には……後者の様な気がしてならない。


「ちゃんと聞いててくれなきゃ……千那姉の返事」

「いや、でも……」


「気にならないんですか?」

「それは……そうだけど……真也ちゃんが心配で……」


「余計なお世話です。本当に……バカですね」

「はっ、はぁ?」

「本当、日南さんはバカです。私なんか放っておいて、ちゃんと返事聞いてたら良かったのに。どれだけ……おひとよし……」


 それは顔を見なくたって分かる。心の底から絞り出しているだろう悲しい声。


「お人好し……か。悪かったな。こちとら悲しい顔してる女の子放っておけるほど冷めた心は持ってないもんでね」

「……そう……ですか……」


 その一言の後、少しだけ真也ちゃんのすすり声が聞こえた。

 その間掛けられる言葉なんて無い俺は、ただ、それを聞いていた。真也ちゃんが満足するまで。


 すると暫くした後、


「ふぅ」


 真也ちゃんが大きく息を吐いた。

 そしてゆっくりと……話してくれた。


「日南さん。私、千太……うぅん。千兄の事好きなんです。小さい時からずっとずっとずっと」


 やっぱり……そうだったのか。


「でも、千兄が千那姉の事好きだってのも……気付いてました。それでも諦められなくて、結構アピールしたつもりだったんですけどね」


「でも、突き付けられました。。目の前で。本当、私って……うぅん私の方が」


「……バカですよね?」


 その瞬間、俺の方を振り向いた真也ちゃん。その表情は……笑っていた。

 笑っていたんだ。目に涙を浮かべ、それはとてつもなく……悲しい笑顔だった。


 クリスマスイブ。

 それは冬の風物詩で間違いない。


 そして嬉しさで溢れ返る者、悲しさを覚える者。

 図らずしもその両者が生まれる……


 イベントだ。




「真也……ちゃん」



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