第68話 聖なる……夜?
クリスマスイブ。
それは冬の風物詩で間違いない。ただ、家族や恋人と過ごす人、友達と過ごす人。一人で過ごす人。などなど賛否が分かれるイベントでもある。
そしてそれは例外なく自分自身に当てはまる訳で……幸せを感じた年もあれば、そうでない年もあった。
いや、今思い出してみると幸せだったという方が正しいのかもしれない。
なんにせよ、過去は過去。
わざわざ振り返る必要もない。
そう自分に言い聞かせて、迎えたクリスマスイブを……俺は思わぬ場所で過ごしていた。
「ちょっとぉ日南っちいー!?」
突如として耳に入って来た声に、慌ててその主へと視線を向けると、
「人の話聞いてんのぉぉ?」
肩をかすめる衝撃。
「聞いてるって!」
「本当かぁ? なんかボーっとしてたぞ? ヒック」
俺の右隣に座る人物。それは算用子さんで間違いはない。ただ、いつもとは様子が少し違っている。
あれ? なんか大分顔が赤くなってね? しかも目が座ってね?
「日南くぅん!」
って、今度は左?
「僕達の話ちゃんと聞いてるのぉ? ねぇ? 算用子さぁん」
俺の左隣に座る人物。それは天女目で間違いはない。ただ、いつも以上に様子が違っている。
あれ? こっちも大分顔が赤くなってね? しかもこっちも目が座ってね?
「日南っちぃぃ?」
「日南くぅぅん!」
やっ、止めろ止めろ! 2人して引っ張るな!
あっ、こら千太! 笑ってないで助けろ!
えっ? 真也ちゃん? めっちゃ冷めた目しないでくれない?
「ふふふっ」
えっ? 宮原さん? ちょっと笑ってないで助けて!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ」
大きく息を吐くと、俺は目の前のコーラを1口。そしてやっと訪れた平穏をただただ噛み締めていた。
横を見れば見事に寝ている2人。そりゃあんなハイテンションではしゃいでいたらこうなる。
「それにしても良い部屋だなぁ」
改めてみると、自分達の居る場所はかなり広い。
広い和室。大きなテーブル。そうここは宮原さんの家でもある宮原旅館の1室だ。
冬休みに入る前に、千太の何気ない一言で決まった今日のクリスマスパーティー。
そして宮原さんのご厚意により実現した、宮原旅館の1室を借りた豪華なクリスマスパーティー。
『部屋空いてたし、隣も空室だから大丈夫だってー!』
なんて言うものの……その点は感謝しかないし、ちゃんとお礼を言わないと。
「ふぅ」
なんて事を考えながら、俺は少し上を眺めた。
算用子さんと天女目は寝てる。
宮原さんと千太は無くなったお菓子の補充に行ってる。
真也ちゃんはトイレ。
つまり部屋には俺1人……+熟睡中2人。
……あっ、そう言えばお風呂もどんどん入って良いって言ってたな。
そんな時、ふと宮原さんの言っていた言葉を思い出した。
前もお言葉に甘えて入らせてもらったお風呂。そして最高の露天風呂。思い出すだけで、気持ち良さがこみ上げてくる。
まだまだ夜は長いし、先にお風呂入ってもいんじゃね? その後また楽しめばいいし……じゃあ善は急げだ。
俺は徐に立ち上がると、そのまま部屋を後にした。
薄っすらと明かりのついた廊下をゆっくりと歩き、目指す場所は1階の温泉。たぶん途中で誰かしらに会うだろうし、その人にお風呂入るって伝えればいいだろう。
こうして階段を降り続け、1階に到着。そしてお風呂のある場所へと向かう途中だった……宮園旅館の玄関。すると……
ん?
そのドアの前に誰かが立っていた。
宮原旅館の入り口のドアは硝子戸になっている。ただ、この時間はカーテンが掛けられていて中は見えない様になっていた。
ただ、そんなカーテンをずらし、その人はまるで覗き見でもしているかの様に外を見ていた。
誰……だろう?
気になった俺は、ゆっくりとその人物の方へと歩みを進める。
すると次第にハッキリとしてくる人影。
ん? 髪長い? 女の人? しかもあの服装は……
そこまで分かると、俺の中ではその覗いている人が誰なのか予想は付く。だからこそ、声を掛けるのも……簡単だった。
「何してるの? 真也ちゃん」
その瞬間、真也ちゃんの肩が大きく上下し、恐るべき速さでこっちを振り向く。
あまりの速さに、俺の方も驚き、
「うおっ」
反射的に声を零すと……
「静かにして下さい! 日南さん」
口に人差し指を合わせた真也ちゃんにまんまと叱られてしまった。
いや……いきなり声掛けて驚かせたのは悪かったけどさ……
とはいえ、その行動の意味はサッパリ分からない。外に誰か居るのだろうか……それくらいは知っておきたいのが心情。
だからこそ、真也ちゃんになぞって小声で尋ねてみた。
「ごめんごめん。それにしても何見てるの?」
「……見てた事内緒にしてくれます?」
「内緒? ……わっ、分かった」
「じゃあもうちょっと近付いて下さい……行きますよ?」
少し近付くと、真也ちゃんがさっきよりも大きくカーテンを除けてくれた。そこから見えるのは雪がちらつく外の光景。
そしてその中に立っていた人達を捉えるのは……簡単だった。
あれは……千太と宮原さん!?
宮原旅館の前。薄暗いけど、そこに居るのは千太と宮原さんで間違いない。
お菓子の補充に向かった2人。妙に遅いとは思っていたけど、外に居たとは。ただ、そうなると気になるのはその会話の内容だった。
もしかしたら、真也ちゃんも同じ考えなのかもしれない。トイレに行く途中で外に向かう2人を見たとか……
チラッと真也ちゃんに目を向けると、真剣な眼差しで2人を見つめている。
正解か。けど、正直俺も気になる。小さい頃からの幼馴染の2人。クリスマスイブ。
心が少しざわついた。
ただ、こうしている以上聞きたい。そんな好奇心に負けた俺は……耳の神経を研ぎ澄ましていた。
そして次第に聞こえて来る……2人の声。
「……良かったよ」
「うん。そうだね」
「見ろよ。雪降ってる……って別に珍しくもないけどな」
「雪片付け地獄が始めるよぉ?」
「最悪だな」
「ふふっ」
至って普通の会話……
「なぁ……千那」
「うん?」
だと思っていた時だった。その千太の一言で、2人を取り巻く雰囲気が変わった。
「あのさ……」
「ん? どうしたの?」
「えっと……」
「ふふっ、変なの。まぁ、ちょっと話ししようぜ? なんて言ってきた時点で変だけどね? ふふっ」
「べっ、別に良いじゃねぇか」
「はいはい」
「あのさ……千那」
「なぁにぃ?」
「その……言いたい事があるんだ」
「うん?」
その瞬間、心臓の鼓動が大きく波打つ。この雰囲気、そしていつもと違う千太の様子。
それらが示す状況に……心当たりがある。
そして俺は知っている。この後……何が起こるか。
「冗談でも何でもないんだ。いきなりで変だと思うかもしれないけどさ、聞いてくれないか?」
「……うん」
思わず息を飲む。
「あのさ……俺……」
少しだけ、手が震え出す。
「千那の事好きなんだ。小さい頃からずっと……」
「えっ」
それはある意味予想できた言葉だった。
想像は出来ていた。
ただ、直接耳に入るその言葉に……
俺は息を吸うことさえ……忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます