第67話 雪

 



 それはとある日。

 次の講義の為に、別棟にある教室へ移動しようとしていた時だった。


 外を出ようとした俺達の目の前に、ゆらりと落ちる白い何か。

 最初は綿ゴミか何かかと思っていたけど、見渡せばそれは辺り一面に降り注いでいた。


 ん? これってもしかして。 

 なんて考える間もなく、


「うわぁ、雪!」


 宮原さんの言葉で、それは確信へと変わる。

 急ぐように外に出た、宮原さんと天女目に続くように足を進めると、鼻についたそれはやっぱり冷たい。


 マジで雪か。

 この状況に、俺は少し驚いていた。というのも、東京じゃ初雪が観測されるのは大体1月入ってから。どうしても、12月に雪というのが実感できない。とはいえ、


「ついにこの季節って感じだぁ」

「うわっ! 冷たいぃ!」


 宮原さんと天女目は、まるで雪が待ち遠しかったと言わんばかりに喜んでいる。


「最悪だ。今年は初雪遅いから、ワンチャンこのまま降らないかも……なんて思ってたのになぁ」

「確かにー。滑るしー雪かき大変だしー」


 片や千太と算用子さんは、目に見えて落ち込んでいる。

 こうして見ると出身地は勿論、同じ地域や同じ場所で育った人でも色々感じるものが違うのだと改めて実感する。


「ゆきっ、ゆきっ」

「雪だぁ! 雪だよぉ? 皆ぁ」

「おいおい、さっさとC棟入ろうぜ?」

「そーそー、服とか濡れちゃうってー」


 なんか綺麗に分かれてて面白いな。けど改めて、今まで自分が居た場所とは違うんだって……


「えぇ? 仕方ないなぁ。日南君? 行こっ?」

「あぁ」


 感じられる。




 こうして、次の教室へと辿り着いた俺達。窓の外ではさっきと変わらず雪が降り続いていた。

 そんな事もあってか、講義が始まるまでの間、盛り上がりを見せたのは各々の雪事情。


「えっ? 雪だよ? テンション上がらない?」

「おいおい、お前んち本当に俺の家の近所か? 毎年結構な大雪に見舞われてるだろ」

「電車停まる時あるしー、道路も歩くスペース無くなるじゃーん」


 雪肯定派の宮原さんに、雪否定派の千太・算用子さん。

 同じ地方に住んでても、ここまで意見って分かれるんだな。


「えぇ! スキーにソリにかまくら。雪の中の露天風呂なんて最高じゃない」

「露天風呂なんて実家特権だろ! 雪片付けで腰が壊れる季節だぞ? 除雪機やらホイールローダーあっても怠いって」

「分かる分かるー。あと、雪降ると道路ツルツルになんじゃん? 転ぶの怖いんだよねー。マジで生まれたての小鹿状態の時あるもん」


 ……いやぁ。俺としては雪で目いっぱい遊ぶなんてスキー場位だったから、宮原さんの気持ちも分かる。

 ただ、雪で電車が遅れる事もあったから、千太達の気持ちも分かる。

 いつぞや結構降った時は、家族総出で雪片付けしたけど……ありゃスポーツやっててもキツイわ。


「僕は嬉しいけどなぁ」


 そんな3人の横から、ひょっこり登場したのは天女目。

 確か出身は宮城県の仙宗市だったよな? あれ? 東北地方だから雪には慣れてそうだけど……そう言えばさっき、宮原さんと一緒でテンション高かったな。もしかして雪に対する考えが一緒なのか?


「えっ? マジかよ光?」

「だよね? だよね? 天女目君っ!」

「千那の為に合わせてくれてんじゃないのー?」

「そっ、そんな事ないよ? だって……仙宗市って雪あんまり降らないんだよねぇ」


「「えっ?」」


 どうやら話を聞く限り、仙宗市の山間部ではそれなりに降るみたいだけど、天女目の家があるところはそこまでだったらしい。

 だから、ここ青森県黒前市の雪情報を知った時はワクワクが止まらず、早速の雪でテンションが上がったらしい。


「そうなのか? なんかこう勝手に東北=雪ってイメージしてたよ」

「ぐっ、これだから都会はよ? 人口も多いし雪も降らねぇなんて恵まれてんだよ」

「いいなー仙宗市ー」

「ほらほら。雪好きな子もいるんだぞっ?」

「雪合戦とかしたいよねぇ」


 ゆっ、雪合戦? 滅茶苦茶痛いだろ?


「おいおい雪合戦とか……なぁ? 太陽?」


 ……って! 俺に話を振るなっ!


「えぇ? そう言えば日南君はどうなの? 雪?」

「東京の人からしたらー、電車遅れるしー、やっぱ最悪でしょー?」


 ほっ、ほら見ろ! 絶対こうなるじゃねぇか! 

 今の所2対2でバランス取れてんだから、俺はどっちつかずな立ち位置で良かったんだよ。3対2になったら微妙な感じになるだろうよ。それを……千太の野郎! 

 くっ、とはいえ状況が状況だ。上手く……誤魔化そう。


「俺としては、雪なんて全然馴染みはないし、ましてや12月早々に初雪だなんて驚いてる」

「でもよ? 積もった雪はヤバいぞ? それがとうとう現れたとなると……」

「何言ってんの? 今年なんて雪降るのめちゃくちゃ遅いじゃん。いつもだと初雪なんて11月に降ってるんだよ?」


 えっ? マジで言ってんの? これでも遅い……だと? やべぇ、ここまで降雪の速度に違いがあるのか? 青森舐めてたわ……


「いやだから、雪で遊べるのは楽しみだぞ? けど、算用子さんが言った通り少しの積雪で電車が遅れる事もあった。つまり……」

「つまり?」

「つまり?」

「つまりぃ?」

「つーまーりー?」


 なっ、なんだこいつら。さっきまでバチバチ対立してたくせに、急に息ピッタリになりやがって。


「つまり……どっちでもない。良い事もあるし、悪い事もある。一概にどっちだとは決められないよ」

「なんだよそれ!」

「なんかー中途半端―」

「そっ、そうだよぉ」

「ふふっ、けど日南君らしいかも」


 うっ、なんとでも言いやがれ。俺はあくまで中立を保つぞ? ちょっとした歪みで、関係が壊れるなんて良くある。それだけは……嫌だからな。


 ……あれ? ちょっと待て? なんで俺……心配してるんだ? 今まで皆と話していて、そんなの考えた事も気にした事もなかった……よな?


 それは不思議な感覚だった。

 何気なく、とっさに出た自分の考え。

 ただ、それに違和感を覚えたのも一瞬だった。


 なんだ? なんで俺はこの関係が壊れるのを心配している? 自分の意見を言わず、場を取り持とうなんて行動してるんだ?


 皆の前では何でも話せて……皆もそうで……だから心の底から笑ったり、楽しんでいたんじゃないのか?


 それが俺の……充実した大学生活じゃなかったのか?


 ……大学……生活……?


 その時だった、不意に頭を過ったのは……あの日の出来事。宮原さんの家に行って、ご飯とお風呂を頂いたあの日の事。


 なんで急にあの時の事を思い出す? あの時の宮原さんはテンション低かったけど、次にサークルで会った時はいつもの姿になってた。今日だってそれは変わらない。


 じゃあ一体……



『あっ、ひっ、日南君』


 はっ、はぁ? 澄川? なんでお前……


『あの、ゴーストの立花さん居るでしょ? 黒前大学受験するんだって』


 なっ!


『その……風杜さん。風杜さんも黒前大学……受けるんだって……』


 それは……思い出したくもない、地獄のような記憶。

 あの日澄川と出会い、嫌味のように告げられた言葉。


 別にどうでもいい。あいつらは居ない存在。

 だから、同じ大学に来ようと気にするな。

 そう何度も呟いた。そして奥底へとねじ込んだはず。


 けどそれは……勘違いだった。


 なんだよ。結局俺、無意識にそういう行動してんのか。

 あいつらが来て、何かしでかして……俺達の関係を壊さないか不安で仕方ない。

 だから、今から必死こいて少しの歪みも作らないようにしてる。

 それとも……自分がおかしくならないか心配なのか?

 それを皆に見られて、離れて行くのが怖いのか?


 ……くそっ。

 別に気にしてないなんて、ただの強がりだった。それを自分の行動で理解するなんて……最悪だろ。


 くそっ。くそっ!

 ……あぁそうだ。元はあいつが悪い。あいつらが悪いんだ。


 立花心希。

 風杜雫。

 澄川燈子。


 意味が分からない理論で近付きやがって。ついでに同じ大学に来ようってのか?


 さも、私も酷い事された可哀想。でもちゃんと謝りますオーラ出しやがって。挙句の果てに同じ大学に来ますってか?


 心にもない謝罪して、ちらちらこっちの様子伺いやがって。大体お前が言わなきゃなんも無かったんだ。こんな事思いすらしなかったんだ。


 あぁ、全部こいつらが悪い。


 全部。


 じゃあ俺だって良いよな? 

 文句だけじゃ、やっぱ足りない。過去にあいつらがした事考えたら、全然足りてない。


 そうだ。


 受け身になる意味が分からない。

 主導権握ってんのはこっちなんだ。


 だから、

 だから…………



「日南君っ?」

「えっ?」

「もう、ちゃんと聞いててよ」


 そんな声にハッとすると、目の前には少し頬を膨らませている宮原さん。ただ、俺としては何を話していたのかサッパリ分からずにいた。


「あっ、ごめんごめん。何の話だっけ?」

「だから……」


 やっば。てか俺何考えてた? 皆と話してる時に考え事とか、一番……


「皆でパーティーしよっ?」


 えっ? なっ、なんて?


「ん……うん?」

「だから、パーティー」


「パーティー?」

「そうそう。今年のクリスマス、皆でパーティーしよっ?」



 …………えぇ!?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る