第66話 それはどこからともなく
今流行りの音楽が流れ、辺りに石鹸の良い香りが広がる。
そんな車内の後部座席。
その光景に変な緊張感も違和感も抱かなくなったのは、ある意味慣れというものだろうか。
いやいや。4月から今まで、何度もお世話にはなったけど……ちゃんと乗せてもらう時にはお礼もしてる。感謝の気持ちも忘れてはいない。汚さないように細心の注意も払っている。
……ただ今はそんな事よりも、
「ほんっとにゴメン!」
この空気をどうにかしないとっ!!
「だから、いいってば。そんなに謝んないでよ」
「でもさぁ……」
運転席に座る宮原さんのテンションに、車内に広がる何とも言えない空気。
こんな状況はかれこれ数十分は続いていた。
まぁ宮原家を出発した瞬間から変な感じはしていたし、その理由も何となく理解出来る。とは言え、
「はぁ……」
ここまで落ち込む宮原さんを目の前にすると、流石に動揺を隠せない。
うぉ……さっきからこの調子だな。俺としては何とも豪華な日帰りプランを堪能出来て最高だったんだけど。
宮原さん的にはバイトの事、自分勝手に話進めてたって思い詰めてるんだろうな。いや、逆に断って申し訳ない気持ちなんですよ‥‥…
「ホントごめん。ホント日南君の事考えてなかった」
……こりゃヤバいな。
さっきから何とか話題を逸らそうと頑張っているものの、反応はイマイチ。マジで打つ手が思いつかない。
「だからぁ……逆に俺の方が謝りたいよ。宮原さんにも透也さんにも色々と汲んでもらってさ?」
「でもさ……父さん達の言う通りで、勝手に突っ走ってたのは事実だし」
くっ……ここは多少クサいセリフでも言わなきゃ無理じゃないか!? えっと……頑張れ俺!
「それでも、そこまで心配してくれたのは素直に嬉しいよ? ありがとう」
「うん……」
はぅ!! 何という事だ。効果はいまひとつのようだと!? ヤバイヤバイ、地味に自分もダメージ食らったんですけど?
「はぁ……」
はっ、早く! 着いてくれ!
ぐふっ、もう駄目だ。今日の宮原さんには何も効かない。
ここは多少遠くても良い。下ろしてもらって歩いて帰ろう。うんそうだ、その方が宮原さんも良いだろう。
となれば……あっ!
どんな世間話も跳ね返され、戦意喪失しかけていた俺。そんな虚ろな眼の先に見えたのは光り輝く建物。その四角い風貌に、これ程まで安堵感を覚えた事はない。
「宮原さん? そこのコンビニで良いよ? ちょっと買いたい物あるし」
「えっ? でもまだ距離……」
「ここのコンビニでしか売ってないんだ」
「そっか。分かった」
その言葉の後、ゆっくりと速度を落としながら駐車場へと侵入する車。
そして完全に停車した時、一気に力が抜けた気がした。
「えっと、今日はありがとう宮原さん。ご飯にお風呂まで本当にありがとう」
「うぅん。本当にゴメンね?」
「全然だって。気にしすぎだよ」
「うーん」
「宮原さんらしくないぞ?」
「ははっ……そうかな? こんなに時間くれてありがとうね? それじゃ……あっ、明日サークル来る?」
そう言えば明日は土曜日か。講義もないし、バイトも無いとなると……決まってるよ。
「もちろん行くよ」
「そっか。じゃあまた明日ね?」
「うん。また明日」
そう言うと、行ってしまった宮原さん。その去り際の顔には、やはり笑顔はなかった。
とは言え、今日の今日でどうにか出来ることではないのも事実。
とりあえず、時間経たなきゃ無理か。明日サークルだけど……その頃までにいつもの宮原さんに戻ってると良いな。
そんな事を考えながら、俺は宮原さんの車を見送った。そしてそのテールランプが見えなくなると、後ろを向いて自分のアパートへと歩き始めたはず……だった。
まさかそこに……
「ひっ、日南君」
澄川燈子が居なければ。
げっ、澄川?
なんて言葉は流石に口にはしなかったけど、結構顔には出ている気はする。
いくら気にしないと決めたとはいえ、出来れば距離は取りたい。そんな人物と夜のコンビニの前で対面する。タイミングが悪い以外言葉が見当たらない。
大体、お前の住んでるアパートは知らないけど、ここって黒前大学からそれなりの距離があるぞ? それにコンビニなんて近場にあるはずなのになんでわざわざ? いや? 考えるだけ無駄だな。仕方ない。適当にあしらっておさらばしよう。
「おう」
「こっ、こんばんは。さっ、さっきの車って宮原さん……かな?」
そこから見られてたのかよ。けどまぁ、別になんもないし? さっさと答えて帰ろう。
「あぁそうだな」
「やっぱり仲良いんだね」
「別に? 普通だろ。じゃあな」
よっし。これで帰れるぞ。
そう口にしながら、俺はそそくさと澄川の横を歩いて行く。
顔色を窺う必要なんてない。目線はただひたすら真っすぐ。そしてあっと言う間に横に付けると、息つく間もなく横切った……その瞬間だった。
「あっ、ひっ、日南君」
耳に入った澄川の声に、思わず立ち止まってしまった。
やっべ。まさかまた話し掛けて来るとは……驚いて止まっちまった。いや? 別に止まってる必要はないか? このまま歩いて……
「あの、ゴーストの立花さん居るでしょ?」
別に立ち止まったからと言って、話を聞く筋合いはない。だからこそ、すぐに足を踏み出そうと思った。だが、その名前を聞いた途端なぜか足が重くなる。それは自分でもよく分からなかった。
立花? あいつがなんだ? てか、なんでこのタイミングでわざわざ?
「黒前大学受験するんだって」
はぁ? 黒前大学? マジかよ?
その言葉に流石に驚きは隠せなかった。そして一気に嫌悪感が沸き上がる。ただ救いだったのは、澄川の顔が目の前に無かった事かもしれない。おかげさまで、幸いにもそんな不快感は一瞬だった。
近くにある大学に入るのは普通だ。それにアイツが来たからどうなるものでもない。気にする必要はないんだ。俺は俺の大学生活を送るだけで良い。
そう思うと、なんとか冷静さを保てた。
「へぇ」
にしても、それはそうとしてなんでそれを俺に伝える? 澄川……まさかバイト仲間が同じ大学だから嬉しいとかか? 元バイトとしても嬉しいでしょ? そんなお節介か? だとしたら、とんだお節介女だぞ?
「うん。一緒の大学だと、なんだか良いよね」
マジか。まぁ普通ならそうかもしれない。ただ、その普通が俺にとっては最悪なんだ。
無自覚にそんな事をしてるとは思うけど……やっぱり澄川燈子。お前とは根本的に合わないのかもしれない。
「そうか? 」
「うっ、うん。あっ、あとね……」
おいおい、まだなんかあんのかよ? 店長が結婚しましたとか、そういうハッピーな話題ならいくらでも受け付けるんだけど?
「なんだ?」
「その……風杜さん」
風杜?
「風杜さんも黒前大学……受けるんだって……」
……やっぱりこいつに俺が望む言葉やら何やらを求めるのは間違っている。
立花に続いて、まさか風杜の名前まで出すとは思わなかった。そして、更に追い打ちをかけるように、全くもって必要としない事までも。
はぁ? 風杜? あいつも?
その刹那、頭に過るのは黒前大学のキャンパス。
風杜と立花が仲良く歩き、澄川が合流してキャンパス内を案内する……地獄のような光景。
いっ、いや。風杜と立花はともかく、澄川と立花はあぁはならないだろ?
必死にそれらを否定しようとしても、何処からともなく襲い掛かる寒気。
充実した大学生活に踏み込んで来るんじゃないかという嫌悪感と怒り。
あぁ……くそっ。
関係ない。もう関係ない。あいつ等もこいつも関係ない。
どうでもいい。どうでもいい存在なんだ。
だから同じ大学へ来ようと関係ない。
「ひっ……」
後ろで澄川が何かを言っているような気がしたけど、そんなのどうでもいい。
重い足を無理矢理動かしながら、俺は必死に自分へ言い聞かせていた。真っすぐを見つめ、
気にするな。どうでもいいんだ。
もう関係……ないんだっ!
ありったけの力を拳に込めながら……
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