第65話 とある人の現在




「あぁ、金がねぇ」


 その見栄えだけは良い財布を広げると、突きつけられる現実。

 札なんてものはない。見えるのは数枚の小銭だけ。


 ったく、給料日まであと4日か? 確か冷蔵庫の中も空だったよな。あぁちくしょう、あのリーチさえ当たってたら……


「くそっ!!」


 イライラする。こういう時はさっさと出勤して酒飲むに限るわ。だったら……


 俺はスマホに手を伸ばすと、画面をタップし電話帳へ。

 指名がなけりゃ売り上げも伸びねぇ。売り上げが伸びなきゃ給料も増えねえ。めんどくせぇが仕方ねぇ。


 前の仕事に比べりゃ安定なんてしないが、やりようによっちゃ稼げる。


 ……ったく、思い出すだけで、あの時の光景は腸が煮えくり返るわ。まさに飼い犬に噛まれた、人生の汚点。

 まぁ学園あいつらが体裁を保つために、大事にならなかったのは幸いか? 


「くぅぅ。楽な割に金もそこそこ。しかも女子高生も食える美味しい仕事だったよなぁ。まっ、金はこっちの方が上だ。とりあえず手当たり次第営業かけるしかねぇか。えっと、こいつは昨日呼んだし……じゃあこいつだ。三瓶……っと。豚みたいな奴だが良く金落としてくれるからな」


「あっ、ぺいちゃん? 久しぶりー! 元気してた? うんうん。それでさ? そろそろぺいちゃんに会いたいなーって。えっ? お金がない? そっ、そうなんだ。これから出勤? 確かあそこのキャ……え? 今は泡? あっ、そうなんだ。じゃあまた連絡するよ。じゃあねぇ」


 ちっ! 用が足りねぇな? しかもあいつ泡風呂で働いてんのか? まぁそれで金稼げるなら好都合か。

 けど、あっちの方は気を付けねぇと。ヤラねぇのが一番だが……定期的に検査しとくか。


 にしても、どうする? このままじゃ今日の……


「うーん。どうしようかな?」


 なんて、今日見事に金を落としてくれる女をどうしようか、考えていた時だった。不意に目の前から声が聞こえた。

 何気なく視線を向けると、そこに立って居たのは身長は小柄ながらバカでかい乳。しかも顔も可愛い顔。


 おっ? 滅茶苦茶スタイル良いじゃねぇか。顔も上玉。見た感じ上京して来た感じか?


「偶然時間が出来たし、たいちゃんに会いに行きたいけど……流石に1年も経たずにまた行くのは迷惑だよねぇ。あっ、ゴースト行って能登ちゃんにだけ会うのはどうかな? それに、この間は宮原先輩にも真白さんにも会ってないし……」


 ん? しかも会いに行く? 行かない? もしかして男か? ははぁ……経験上、こういう事で悩んでる女は口説きやすい。

 決めた。今日のターゲットはこいつだ。


「こんにちわー」

「えっ?」


「そんな驚かないでよー。でもゴメンゴメン、あまりにも可愛い子が目の前に居たんでツイツイ」

「そっ、そんな可愛いだなんて」

「本当本当」


 ありゃ? こりゃ思いの他楽勝か? 頭弱子あたまよわこか? まぁいい、このまま行っちまえ。


「それでさ? ちょっと独り言も聞こえちゃって。男の事で悩んでたり?」

「男……うーん。そう言われればそうかな?」


「でしょー? 良かったらお話聞きたいなって」

「えぇ? 初対面なのにぃ?」


「そりゃ君みたいな可愛い子の話ならさ?」

「随分褒めてくれるんですねぇ」


「まぁ本当の事だからね? それでどうかな? 軽くお酒でも飲みながら。俺こういう所で働いてるんだけど……」


 あとはここだな? 名刺を見せた瞬間、拒否反応見せる奴も居るからな。


「えっと……ホストクラブ?」

「そうそう。あっ、でもそんなガンガンお金使わせるとかそんな事しないから。お話聞いて、1杯お酒飲むだけ。満足したら帰ってもらえれば大丈夫」


 そうそう簡単には帰さねぇけどな? ああいう場に来たら、誰でも浮ついてアルコールが進む。そうなったらこっちのもんだ。


「どうかな?」

「うーん。どうしよっかな……」


 ん? この反応は……頂いた!


「俺は君と話したいな」

「うーん」



「お断りします」



 はっ?


「えっ? どうし……」

「まず顔も髪型も好みじゃないってのと、話し方が気持ち悪いかな?」


 なっ、何言ってやがるこいつっ!


「そっ、そんな酷いなぁ」

「ごめんなさい。昔から思った事言っちゃうタイプで。ついでに、その作り物の笑顔も汚いし、女食ってやろうってオーラが出まくり。過去にも沢山の女の人泣かせてきたんじゃないですかね? 後ろになんか見えますもん」


 このクソアマ……黙ってりゃ調子に乗りやがって……


「てっ、てめぇ言わせておけば調子に乗りやがって」

「わー怖いー。ついでに、私はあなたなんかと話してる時間がもったいなくて仕方ないのぉ。じゃあさよなら」


「ちょっ、待ちやが」

「ちょっと? 君? 何してるの?」


 なっ、なんで警察……


「こんな大通りで大きな声出したら、流石に目立ちますよ?」

「なっ、待てこら」

「君!」

「どうかしたんですかー?」


 なっ……なんだあいつ! クソッ、クソッ! 


「いえー、なんかこの人に無理矢理お店に連れて行かれそうになってぇ」

「はっ、はぁ?」

「それは本当か?」

「ちょっとお話聞きたいですね?」


 ムカつくムカつく! あの顔……あの飼い犬にそっくりだ。俺を裏切った時の、あいつの顔にそっくりだ!


「それじゃあ。あっ、詩乃ちゃんからだ。もしもーし」

「ふっ、ふざけんな! あいつ俺の事!」

「ちょっと落ち着きなさい!」

「落ち着いてくださーい」


 一回分からせてやる! そうだ、あいつみてぇに! あの飼い犬みてぇに分からせてやる!


「ざっ、ざけんなっ!」

「っぐ!」

「あっ! ダメだよ! 暴力は!」


 んなもんどうだっていいんだよ! あいつを……あの風杜に似たあいつを……一発殴らせろっ!


「うるせぇ!!」

「ここっ、公務執行妨害ですよ!?」

「ここじゃあれだ、脇まで連れてくぞ?」


 くそっ、くそっ! あいつだけはあいつだけは……




「待ちやがれぇ!!! このクソアマ!!!」











「あっ、ううん。何でもないよ詩乃ちゃん。なんとなく私の大嫌いな条件に当てはまる人が……居ただけだからっ」


「えっ、そうなの? 奇遇だねぇ。って詩乃ちゃんも今日本に居るの? 東京? じゃあさ……」




「一緒にご飯食べよっ」



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