第63話 返事




 宮原家。

 正直、宮原さんの性格やら何やらで、どんな家族なのかは何となくイメージは出来ていた。


 そして、実際にこうして夕食の場に招待され、目の前にすると……それらが間違っていなかったんだと実感する。

 いや? もしかするとそれ以上かもしれない。


「こいつってば小さい時にな?」

「ちょっとお兄ちゃん!」


「そういえばその後千那姉……」

「まっ、真也ちゃん!」


「あぁ、何となく記憶にあるかもしれないー」

「えぇ……透ちゃんまで……」


 一家団らんに、自然と交わされる会話。湧き起こる笑い声。


「ひっ、日南君? 気にしないでね?」

「あら? そんなに焦る千那も珍しいわね?」


「うっ、お母さんまで。さっきの言葉やっぱなし。なんか今日に限ってめちゃくちゃイジられるんですけど……助けて日南君。家庭内のイジメだよ」

「えっ? おっ、俺?」


「ガッハッハ。日南君だって千那の小さい頃の話は聞きたいだろ?」

「そっ、そんなことないよね? ないよね?」

「いや……興味はあるよ?」


「ひっ日南君!?」

「ほらほら。よし真也、どんどん言ってやれ」

「父親からの命令なら仕方ないよね? じゃあ……」


「ちょっ! 何を言うつもりー!?」


 もしかしたら、そんな光景を自分の家の姿に重ねているのかもしれない。

 父さん母さんに希乃姉と詩乃姉。

 仲は良くても、今は少し難しくなってしまった。皆でテーブルを囲んでいたあの時の姿。


 懐かしくて、羨ましい。

 そんな雰囲気は……心地が良い。


 それに一目散にバイトの話題を切り出されるかと思ったけど、夕食の時には一切バイトのバの字も出なかった。


 そして俺は、十分過ぎる程の夕飯をご馳走になって……




「はいハートの6揃ったぁ。あがりー」

「つっ、強いなぁ」


 なぜか居間でトランプをしている。


「へへっ、だから言ったでしょ? 得意だって」


 そう言いながらあどけない笑顔を見せるのは、宮原花那かなちゃん。透也さんの子どもで、真也ちゃんの妹にあたる子だ。

 小学校に上がる前という事で、何と言うか……


「その通りだった。凄いなぁ花那ちゃん」

「えっへへー」


 めちゃくちゃ癒される!


 とはいえ、夕食をご馳走になって片付けもせず、遊んでいて良いのかとは思う。

 まぁお皿を下げようとしたら、


『日南君? 片付けなんて私達がやるから』

『そうよぉ? お客様はゆっくりしてて?』

『そうそう。千那ちゃんとお義母さんの言う通りよ?』


 なんて言われたら、無理矢理手伝う雰囲気でもなくなってしまったんだけどさ。


 こうして複雑な感覚なまま、花那ちゃんとババ抜きをしていた時だった、不意に真白さんの声が届く。


「よいしょっと。じゃあ花那? お風呂入ろっか?」

「分かったー遊んでくれてありがとう! 太陽お兄ちゃん」


「日南君? ありがとうね?」

「いえいえ、とんでもないです。またね?」

「うんっ!」


 洗い物が終わったのか、真白さんと花那ちゃんはそう言い残すと、お風呂へと行ってしまった。

 俺としては久しぶりにトランプなんてしたし、無邪気な姿に癒され一石二鳥。


 いやぁ、弟妹が居たらあんな感じなんだろうなぁ。


 なんてしみじみ思っていた。そう、肝心なはすっかり頭の中から消え始めていたんだ。


「よいしょ。じゃあ洗い物も終わったし良いかな?」

「だな? 親父、お袋。ちょっと良いか?」

「はぁーい」

「はいよっ」


 不意に聞こえて来た、宮原さん達の声が聞こえるまでは。


 ん?


 そんな疑問が頭を過る俺を尻目に、続々と居間の四角いテーブルを囲む様に座る宮原家の重鎮達。


 隣には宮原さん。

 右には透也さん。

 左には宮原さんのお母さん。

 そして対面にはお父さん。


 その時、俺は全てを思い出した。俺が今日、なぜここに居るのか……その理由を。


「さて、日南君。透也と千那からウチでバイトするのはどうかって話を聞いたんだけど……」

「そうそう。週1でもそうかなってさ。男手はあった方が良いだろ?」

「私も同じ意見だよ? 父さん」


 ……あっ、そうでした……その話をする為に呼ばれたんでした。

 瞬間何やら冷や汗のようなモノが滲み出すような感覚に襲われる。むしろ、宮原さんのお父さんからは、


 そんな条件じゃ無理だ!


 なんて至極真っ当な意見が飛び出して欲しいとさえ思った。けど、


「んー別に俺とか母さんは良いんだけどよ? 肝心の日南君の意見はどうなんだ?」


 その口から零れた言葉は、俺の想像していたものとは少し違っていた。


「えっ?」


 正直、夕食とかの様子を見る限り、宮原家の人達は底抜けに明るい。そして良い意味いい加減なのかとも思った。

 だから、俺の希望通りの言葉なんて聞けず、このまま勢いでOKをして、


 いつから来る?

 待ってるぞ? はははっ!


 なんて言われるのかな? なんて思っていた。

 けど、現実は違う。


 その雰囲気は決して深刻なモノじゃない。明るく居心地のいい雰囲気のまま。

 俺は俺で、まさか自分の事を聞かれるなんて、そんな素振りもなかったから……完全に不意を突かれた。


「そりゃそうだろ? 大体千那、透也。お前達は日南君の意見は聞いたのか?」

「えっ? そりゃ……なかなかバイト先決まらない理由も私は知ってるから……」

「まぁ黒前大学からの距離もあるし、とりあえず週1なら良いかと思ってよ」


「はぁ……自分勝手というか、お節介というか、友達思いというか……」

「あなたそっくりね?」


 そんなやり取りの後、少し笑い声が溢れる。

 ただ、俺としては何が何だか分からない状況だった。


 えっ? なんだこの流れ……てっきり夕食のテンションを見てたら、このまま良いぞー! 待ってるぞー! なんて言われて、断るのが一苦労な上に、困難な状況になる予感しかしてなかったんだけど? 

 なのに、なんだろうこの落ち着き。


 ……待てよ? 夕食の前から知ってたんなら、やっぱその時……皆が居る時に話題に出すよな? けどそれをしなかった。


 大事な話だから?

 大勢の前だと、俺が断り切れないと分かって?


 だとしたら、この人……


「んで? どうなんだ日南君」

「えっ、あっはい!」


 なんて考えていると、宮原さんのお父さんの声が耳を通った。

 慌てて視線を上げると、見事に全員が俺を注視している。

 本来なら、こんな状態でとっさに自分の意見を出せる気はしない。ただ、今は不思議と……口に重みを感じない。


 それは不思議な感覚だった。


 それこそ、普段何気なく宮原さんと話している……そんな感覚。

 だからこそ……


「俺は……俺は……あの、ハッキリ言って宮原さんに言われた時は嬉しかったです」

「えっ? じゃあ」


「けど、宮原さんや透也さんに言ったことも本心です」

「でもそれはよぉ」


「ただ、それだと何もかもおんぶに抱っこ状態。甘えるだけだと思いました。決して2人の厚意を迷惑だなんて思ってもないです」

「うーん」

「そっ、それはそうだけど……」


「だから、本当にありがたいお話ですが……週1なんて役に立てる自信がないんです。だから、今回は……」

「そうか……そうなるわな」

「仲が良いからこそ、特別扱いは時に邪魔になるものよ? こちらは厚意だと思っていてもね? 千那? 透也?」

「……わかったよ」

「……わかりました」


 少し落ち込んだ様子の2人。特に宮原さんのそんな顔を目の前にすると、なんだか罪悪感にかられる。


 ただ、それ以上に宮原さんのお父さんとお母さんの言葉は重く、心に響いた。


 子ども達の意思を汲みつつ、俺の気持ちを代弁する。

 多分、宮原さんも透也さんも納得していると思う。


 だからこそ、自分の返事に後悔はない。

 だからこそ、もう1度ハッキリ言える。




「宮原さん、透也さん……ごめんなさい」



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