第62話 まさかの事態

 



「さぁさぁ、食べて食べて」

「そうだぞ? 日南君! 男ならドンドン食べないとな!」


 大きなテーブルに並べられた料理に、それを進める2人の姿。

 片や美人で、その面影はどこか宮原さんに似ている。

 片やダンディで、その性格はどこか宮原さんに似ている。


「ほらほら、父さん母さん? 日南君が困ってるよ?」


 そんな様子に助け舟を出してくれる宮原さん。だが、


「いやっ! 折角来たんだからおもてなしは大事だろ?」

「そうそう。お義母さんお義父さんも言う通り、いっぱい食べなきゃ」


 それを許さない、透也さんと奥さんの真白ましろさんという新たな影。


 円形のテーブルが仇となり、全員が俺に注目する。

 圧倒的多数に戦況は明らかに不利だ。


「若い子の食べっぷりは良いですねぇ爺様?」

「そうじゃのぉ」


 総勢10名にも及ぶ宮原家の面々が顔を合わせる。ここはそう、宮原家のリビングダイニング。


 やべぇ……やべぇ……どうしてこうなった!?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 桜秋祭も終わり、その余韻も落ち着いた11月も半ば。

 大学に行き、皆で講義を受ける。そのあとは宮原さんと一緒にバスケサークルへ。

 日に何回かは、サークル終わりに鷹野達と合流してご飯を食べたり、誰かの家に行って遊んだり。

 そんな自由気まま大学生活を、俺は止められずにいた。


 そうだ。事の始まりは、宮原さんとの何気ない会話。


 いつものようにサークルで汗を流し、体育館の入り口で一緒になった俺達は何気ない会話をしていた。その時、何処からか話題に上がったんだ……俺のバイト事情について。


『そういえば日南君? バイト先見つかった?』

『いっ、いやぁ……なかなか良い所が見つからなくてさ』


 その返事については半分が本音で半分が嘘だった。

 スポーツに勉学に交友関係。それらが上手く絡み合い、充実している今の状況を変えたくないのは事実。

 いくら求人票を見ても、実際に面接を受けてみても……以前のゴーストのように惹かれるバイト先が見つからないのも事実。


 いかにゴーストが恵まれた環境だったのかを痛感したものだ。

 そして高望みだと思われても仕方はない。

 それが分かっているからこそ、煮え切らない回答しか出来なかった。


『そっかぁ……』

『まぁ、選り好みはダメだってのは分かるんだけどさ?』


『前のバイト先がゴーストだもんね? あんな雰囲気のところはなかなか……気持ちは分かるよ』

『ははっ。でもまぁ辞めたのは自分で決めたことだしさ?』


 そんな情けない姿にも、宮原さんは同情してくれてさ? なんて優しいんだと思ったよ。そのあと唐突に発せられた言葉を聞くまではね?


『あっ、じゃあさ? ウチで働いてみたら?』

『……ん? ウ……ウチって……えっ?』


『宮原旅館だよ?』

『えっ、いや。それは知ってるけど……』


 寝耳に水だったね。前にも冗談交じりに言われたことはあったから、今回もそんなノリなんだろうなとは思っていたけど……


『週に1回とかでも良いんじゃない? とりあえず働く意欲を忘れないようにさ?』

『1回って、そんなの働いてるって言えないんじゃ……』

『そうかな? 全然有りだと思うけど?』


 なにやら雰囲気が違ってたっけ。

 内心、宮原さんの家で働くという状況にはグッと来るものはある。ただ、距離も距離。さらに通うとしても週に1回なんて到底普通のバイトじゃ考えられない。むしろゴースト以上に甘く、他人のご厚意にすがることになる。


 だからやんわりと断ろうとしたんだ。けど……


『いや……』

『おっ、どうした2人共?』

『あっ、お兄ちゃん!』


 そうだよ。透也さんの登場が止めだったんだ。もはやここからは宮原家のターンだったっけ。


『とっ、とう……』

『そうだ! ねぇお兄ちゃん? 今ね? 日南君のバイトの話してたんだけど』

『ん? ……あぁバイトね?』


『そうそう。なかなかいい募集がないみたいで、どうかな? ウチで働くの?』

『ウチで? 良いんじゃないか?』

『そうですよね。それは流石に……って、えぇ!?』


『だよね?』

『丁度男手も欲しかったところだしな?』


 俺は必死だったよ。何とか考えを改めてもらおうと必死だったよ? けどさ? 相手は宮原さんと透也さんの兄妹。


『いや、でも距離が……』

『そんなの週1回でも良いよね?』

『だな? 都合の良い日に迎えに来るぞ? とにかく風呂掃除やら何やら力仕事に関してはきつくてさ? かと言って女性に任せられない訳よ』


『えっ、あの……』

『でしょ? でしょ?』

『あぁ。週1だろうが太陽が手伝ってくれるなら、こっちは大歓迎だぞ?』


『あっ……』

『お兄ちゃん。とりあえず、1度ちゃんとお話ししてからの方が良いんじゃないかな?』

『そうだな。じゃあ早速今日とかどうだ?』


『きょっ、今日!?』

『今週1週間、外壁の補修で臨時休業してるんだ。だから親父達も暇だろうしな?』

『確かに! 早い方が良いよね?』


『ちょっ……』

『どうせだったら晩御飯でも食べながら話せば良いか! 千那、母さんに電話だ』

『了解ー!』


『えっ……えぇ……』

『良いよな? 太陽?』

『良いよね? 日南君?』


『はっ……ははは……はい……』



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そうだ。勢いに負けたというか、なんと言うか……その結果がこれだよっ!


「ほら千那? 日南君にオカズよそってあげなさい?」

「もう、分かってるよ。ごめんね? お節介で」

「いや? 大丈夫。むしろ逆に迷惑掛けてるような……」


 くっ、ヤバイ……見れば見る程場違い感がMAXだ。でも宮原さんが良い感じ立ち回ってくれてる気がする。


 しかも、この料理の数々はなんだ? ピザにお寿司に肉じゃか? まさか俺が来るから? だとしたら、やっぱかなり気を遣わせているような気がする。


「全然だよ? じゃあ何が良いかな?」

「おっ? 千那? なんかいつもより優しくないか?」

「確かに。父さんにはよそってくれないぞ?」


「なっ! お客様には礼儀を尽くすのが当たり前って、父さん達がいつも言ってることでしょ?」

「もうっ、あなた?」

「透也君も、千那ちゃんをイジメないのっ!」


 ……とは言っても、やっぱりこの状況はある意味危機的だ。

 恐らくその内、バイトの話になるはず。良い提案だけど、そんなご厚意に甘える訳にはいかない。


 ちゃんと断らないと。そうだちゃんと……


「じゃあとりあえず日南君の自己紹介でもしてもらうか?」

「そうだな? じゃあ太陽。まずは好きなタイプから!」

「えっ!?」


「お兄ちゃんー!?」

「あーなーたー?」

「透也くーん!?」


「はっ……ははは……」



 断れるのか?



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