第58話 秋桜祭
土曜日。
それは大学の構内が少し静かになる日。訪れるのは不幸にも土曜に開講される講義を取った人か、サークル活動に勤しむ人。または図書館で勉強しようって真面目な人。俺自身は今年に限って言えば土曜の講義はないから、サークルがない日に来る事は殆どない。
ただ、今日に限って言えば……
「えっと、あっち行こう?」
「うんっ!」
「おいおい、ホラーサークルのお化け屋敷だってよ?」
「面白そうじゃん」
「きゃーこわーい」
「俺がついてるって」
「「リア充爆発しろっ!」」
例外なのかもしれない。
構内をひしめく人、人、人。それも在学生だけじゃなく、大人から子供まで幅広い。
家族連れや、近所に住んでいるだろうご老人。カップルに仲の良い小中学生達。
そしてそんな人達に負けじと、所々から聞こえる黒前大学の学生らの声。
「サイエンスサークルです! 電気ビリビリ体験しませんか?」
「動物達と触れ合えるアニマルカフェやってまーす」
「さぁ! 力に自信がある人! 是非とも瓦割りに挑戦だぁぁ」
その光景はある意味想像通りで、懐かしさを感じるモノだった。
「ん? どうかしたの? 日南君?」
「あっ? いや? 滅茶苦茶人居るなって。黒前大学の学園祭……
ふと思えば、少し肌寒さを感じるようになった季節。暦は10月も中旬。
ゴーストを辞めてから半月が経とうとしていたけど、それもまたあっと言う間だった気がする。
まぁ、講義に慣れようと必死だったのもあるし、息抜きのバスケサークルにも集中出来て……結局のところ、より一層充実感を感じていたってのもある。
そんな中、迎えたのは黒前大学の学園祭、通称秋桜祭。土曜から始まり、明日の昼まで行われるそれは、秋でも桜咲かせる位盛り上がろうって思いが込められてこういう名前らしい。
もちろん今日だけは講義も休講だ。
でもまぁその名前も、この光景も、やっぱり懐かしい。そしてしみじみ思いに耽ってしまう。
あぁ、あれからもう1年経ったのか……
「おーい? 日南君? どしたの?」
「えっ? あぁごめん宮原さん。ついつい思い出しちゃってさ?」
「思い出した……あっ。もしかして、オープンキャンパスの事?」
「正解」
宮原さんの言う通り、この光景を重ねるのは去年のオープンキャンパス。
黒前大学は例年、オープンキャンパスをこの秋桜祭に合わせて行っている。つまり、俺が去年オープンキャンパスに来た時には……目の前に広がっている光景とほぼ同じものを目にしていた。
あの時は、学園祭とオープンキャンパスがあるとはいえ、青森の大学の学園祭にこんなに人居るの? なんて思ったよな。皆の前では絶対に言えないけど。
「あの時初めて黒前大学に来たんだもんね? そう考えると、もう1年。あっと言う間って感じかな?」
「思い出してみればマジであっと言う間。ましてや、こうして秋桜祭に参加出来るとは思ってもなかった」
まさにその通り。友達だって出来るか分からなかったからな。まぁ、それでもあの時とは決定的に違う事もあるけどさ?
「ふふっ。そっ……」
「おーい、日南。宮原。ちょっと来てくれー」
「あっ、はーい。
「はいよっ」
そう。去年は言うなればお客。ただ今は……出迎える側って事!
「よし。来たな。いいか? 今からこの黒前大学バスケットボールサークル、学園祭売り上げに関わる重大な任務をお前達に託すぞ?」
「おっ? 何でしょうかっ!」
「任務……」
「これから君達にはフライドポテト、唐揚げ、揚げたこ焼きを売り歩いてもらう!」
「売りに……」
「歩く? 売り子ですかっ!?」
やけに真剣にそう話すのはバスケサークル代表の実松さん。男子のキャプテンを務めているけど、いつもの面白可笑しい雰囲気は鳴りを潜めている。
それもそのはず。お客側と迎える側では、学園祭の意味が全く異なる。楽しさと大学の宣伝をするのは基本だけど、出店や催し物を企画するサークルにとってはもっと重要な事がある。それが……
売上だ!
黒前大学執行部が構える、秋桜祭実行委員会。そこに出店申請をする事で出店が可能になる。また、ガスコンロなんかも実行委員会で貸してくれるようで、事前に申し込めば専用のエコトレーも必要分準備してくれる。
そうなると、必要なのは食材と養生テープなど。そしてその売り上げはまるごとその出店者の物。
つまり、サークルにとっては活動資金+来年の入学生へのアピール。その両方を兼ね備えた一大イベントなんだ。
俺達バスケットボールサークルも例外じゃない。新しいボールも欲しいし、ビブスも欲しい。メンバーも増やしたい。
通りで実松さんらが公式戦以上に真剣な訳だ。
そんな中、俺と宮原さんに与えられた任務。売り子。
俺達の出店は第二体育館の前。それなりに人通りはあるけど、ステージがある広場からは少し離れている。つまりは更なる売り上げを求める為の行動だ。
「お前達は若い。その若さを武器に2人で力を合わせて売って来たまえ。あと、これは一種の練習だと思ってくれ」
広範囲にお客を求める事が出来るが、問題は商品が無くなった時の補充の速度。いかに速く、何度も往復出来るかがポイントだ。
そこで目を付けられたのが、1年の俺と宮原さんという訳か。くっ、売り上げに影響しそうな所を通過儀礼と言わんばかりに任せられた気がしないでもないけど……気のせいって事にしておこう。
バスケサークルの皆には良くしてもらってる。初っ端でヘロヘロだった俺にも優しくしてくれたし、イジってくれたり。良い人ばっかりだ。
にしても、他にも1年は居るのに、なんで俺と宮原さんなんだろ? いや、正直やり易いけどさ?
まっ、とにかく。戦力としては役に立たないけど、こういう所で役に立たないとね。
「これは一石二鳥だね? 日南君」
「そうだな。売上にも貢献できるし」
「良く言った! 若き戦士よー! それでは早速この
こうして、俺が出来立てほやほやの各種商品を載せた番……いや聖なるトレイを首から掛け、準備は完了。
俺達は戦場へと旅立つ事になった。
こうしてみると、本当にしみじみ思う。
まさかこうして売り子やるなんて……
「よっし日南君! 私がバンバン声掛けるから!」
「了解。バッチリ付いて行くよ」
「じゃあ……」
「頑張ろう!」
「頑張ろっ!」
1年前は想像も出来なかったよなぁ。
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