第57話 誤魔化して
何も言えなかった。
俯くだけで精一杯だった。
遠ざかる太陽の背中を見ている事しか出来ない。
まさか太陽と会うなんて思いもしなかった。バイトを辞めるのは明後日だって知ってたから。
私は、大学進学の事とかで急遽1週間休みをもらって……明日から復帰の予定だった。だから店長にその話と休みのお礼をしようと思って、閉店の時間を待ってここに来た。
太陽がバイトを辞める日。私はシフトに入ってない。
私が何を言ったって、邪魔になる。そう思っていた。
だから姿を見せないままの方が良いと思っていたのに……
君は裏口から出て来た。
足も、何もかもが動かない。只々、その場に立ち尽くすだけ。
どうしてこうなったのか自分でも分からない。分からないからどうしようも出来ない。
ただ、耳に残るのは太陽の言葉だけ。
『でも安心して下さい。もう会う事もないですし、俺に気を遣う事もないです。ただ、前も言いましたよね? 逃げずにずっとそんな気持ちのまま怯えて過ごせ! 四六時中、四方八方から感じる視線に怯えてろって。それだけです』
もう会う事もない。気を遣う事もない。
それは私自身が望んでいた事。
逃げずにずっとそんな気持ちのまま怯えて過ごせ。
言われても仕方がない。覚悟していた事。
太陽の記憶から居なくなる事が大事で、それを自分は十分理解しているはずなのに。
なんでこんなにも胸が苦しいんだろう。
分からない。分からない。
どうしてだろう?
自分のしていた事は最低最悪で、それがバレた瞬間にどうすれば彼の為になるのか考えた。
だから、どんな噂をされても良いから何も言わず姿を消した。東京から伯父さんを頼ってここに来て……太陽の記憶から消える事を望んで、それを待った。
なのになんで私は、
―――ねっ、ねぇ? 太陽がバイト辞めるのって私が原因……だよ……ね?―――
あんな事言ってしまったの。
結局、太陽が話した事は……自分の想像を遥かに超える物だった。
立花さんと知り合いなんじゃないかと思ったけど、まさか話に聞いてた元幼馴染だなんて……
澄川さんが、小学校の時にトラウマを植え付けた本人だったなんて……
驚いた。言葉が出なかった。
それと同時に、私は太陽の口から思い出したくもない記憶を蘇らせてしまったと罪悪感に苛まれる。
そして自分は、そんな出来事を知っていたのにも関わらず……太陽を裏切ったんだ。
どうしようもなく最低な人間なんだって事実が、胸に突き刺さる。
突き刺さって、痛い。
痛い?
それは本当?
分からない。
あぁ……自分が分からない。
最低な人間だって事は分かる。許されない事をしたのも分かる。
太陽の記憶から消えないといけないのも…
なのに太陽と出会った瞬間、その存在が気になって仕方ない。
普通にしてればいいのに、私と一緒に居る事が辛いのが分かる。だから遠慮してしまう。
その行動は、太陽にしてみれば不快極まりない。
そんな事しちゃいけないのに、償いたい。そんな気持ちが勝ってしまう。
大人しくしたい。
でも、彼を目の前にしたらそんな決意が簡単にブレてしまう。
自分は何をしたいの?
消えたいなら、このまま太陽を見送ればいい。
そうなのに……
この期に及んで、自分のせいでバイトを辞める太陽に対して申し訳ない気持ちで溢れる。
ねぇ雫。
あなたは一体どうしたいの?
何を求めているの?
誰も居ない暗闇の中、私は自分に問いかける。
消えたい。
―――嘘―――
謝りたい。
……そうだね? 太陽を見たら、謝りたくて仕方がない。許して貰えないのは知ってるし、そんなの求めてないのも知ってる。
でも、償いたい。謝りたい。出来る事なら、太陽に降り注ぐ不幸の身代わりになりたい。
―――自分がその不幸だとしても?―――
そうだよね? そうなんだよね? だからどうして良いか分からないんだ。
―――そうか。じゃあ償って……何を求めたい?―――
求める?
―――私は日南太陽に何を求めたいの? 何の為に償い続けたいの?―――
求めたい……何の為に……
『ふふっ、楽しいね? 太陽?』
『そっ、そうですね……』
『ねぇ、そろそろ先輩ってつけるのやめない?』
『えっ……』
『良いでしょ? 太陽?』
『わかった……雫』
『あれ可愛いー! どうかな?』
『うん。似合ってるよ』
『はいっ。バレンタインのチョコだよ?』
『ほっ、本当に? ありがとう』
『ねぇ太陽?』
『ん?』
『私と付き合って……幸せ?』
『何言ってんだよ。幸せに……』
『決まってるだろ?』
頭の中に浮かんでくる……太陽との思い出。
全てが楽しくて、幸せなモノ。
そして1番心を温めてたのは……深く考えなくても分かる。
「太陽の……笑顔だよぉぉ」
それは自分で自分を誤魔化していた事。
決めた事を簡単に無下にしたくないプライド。
ただ、それを壊してしまえば……簡単な事だった。
なんで彼の事が気になって仕方ないのか、償いたくて仕方ないのか。
自分は本当に何を求めたいのか。
「そうだね……私……まだ太陽の事が好きなんだ。公園で話した時、それを理解してたのに……めぶり祭りで目の当たりにした幸せそうな太陽の姿を見て、やっぱり近くに居ちゃいけないって思って……自分をまた誤魔化してた」
「……そうだよ。私は太陽が好き。
でも馬鹿だよね? 最後のチャンスを棒に振っちゃった。もう会う機会なんて……ないに等しいのに……
「本当に……どうしようもない奴だよね……」
「私って……さ?」
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