第56話 VS風杜

 



 今思えば、数ヶ月しか働いていないのにバイト終わりの裏口は悪い意味で記憶に残る。

 何事もなく帰路につくのが当たり前なのに、なぜかタイミング良くあの2人と対面していたから。

 立花は完全に狙ってたと思う。あれ以来全く姿を見せないのは良い事だ。

 澄川も、確かバイト辞めるの知ってからだっけ? それからは何も言ってこない。


 そして今日というバイトの最終日。

 店長に感謝を伝え、それなりに自分が役に立っていた事に嬉しさを感じていたのに……ここで会うのか? 


 風杜雫。


 まぁ別に俺が話す事はないけど。

 存分に今まで通りゴーストでの楽しいバイトをどうぞ?


「いっ、今終わったの? 何かあった?」

「何かとは?」


「閉店時間から結構経ってるし、普通なら皆帰ってる時間じゃない? だから機械のトラブルとか仕込みで何かあったのかなって」

「いえ? 皆に挨拶して、最後店長と話してただけですよ」

「えっ? 最……後?」


 ん? その表情。俺がバイト辞めるって知らなかったのか? いや。立花はそうだとしても、風杜が知らない訳はない気がする。それこそキッチンスタッフの板倉さんや天女目から聞いてると思うし。

 だとしたらこの反応は?


「はい。知ってますよね? 今日でバイト辞めるんです」

「えっ? 明後日じゃ……」


 ……そういう事か。辞めるのは知っていたけど、店長が気を遣ってくれた事は分からなかったのか。そういえばこの人、ここ1週間バイト休んでたよな? 俺としては働きやすかったけど。


「まぁ元々はもっと前に辞める予定だったんですけど、急な都合で伸ばしたんです。でも店長が気を遣ってくれて、早めてくれましたけど」

「そっ……そうなんだ」


 ……一瞬、俺が辞める日に合わせて現れたのか? なんて思ったけど違うか。それはそれでありがたい。普通に帰るだけだ。


「じゃあこれで失礼します。今までお世話になりました」


 俺はそう口にすると、この場を去ろうと歩みを進めた。

 別に今更俺と話す事もないだろう。そう思っていたのに……


「あっ! まっ、待って!」


 そう簡単にはいかなかった。


「何ですか?」

「あっ……その……ごっ、ごめん」


「は?」

「あっあの、私試験とか進学の事とかで、復帰したばかりなのに急に1週間お休み貰って。だから今の話聞いて、太陽がバイト延長したのは私のせいだなって」


「別に、俺はただ最後まで店長に迷惑掛けたくなかっただけですよ」

「でっ、でも……」


 確かに今の話だと風杜のせいかもしれないな? キッチンスタッフが居ないと調整も難しいだろうし。けどなんだろう? 前に話した時もそうだったんだけど、


 その俺を見る申し訳ないみたいな表情は、なぜかイライラする。


 そんな顔見せられても、何も感じない。

 全てが嘘の様で、計算された様で気持ちが悪い。


「もういいですか? 明日も講義があるので」

「あっ! たっ、太陽!」


 まだ何かあるのか?


「何ですか?」

「ねっ、ねぇ? 太陽がバイト辞めるのって私が原因……だよ……ね?」


 原因? あぁ、前に言ってたな。けどさ? やっぱり……


 今更過ぎる。


『思うがまま…………だよね。充実した……大学生活の邪魔してごめんね? わっ、私ゴースト辞めるからさ? それで……』


 俺が辞めるって知って、どうしようってか? その心配にも似た、言葉も雰囲気も表情も正直どうでも良い。それに俺の気持ちもあの時と変わって無い。


『また逃げるのか? それだけは許さないよ。あんたにとって、この状況でゴースト居るのが嫌なんだろ? 俺に過去の事言われるのが怖いんだろ?』


 まぁどうせ会うのも最後だ。それに原因がお前ってのも合ってるといえば合ってる。

 教えて欲しいなら全部教えてやる。包み隠さずな。


「まぁ、それもありますね?」

「やっ、やっぱり。だった……」


「でも勘違いしないで下さい?」

「えっ?」


「何も原因は先輩だけじゃないんで」

「そっ、それって」


「そうですね? まず……」

「立花さん?」


 立花? 何でその名前が風杜の口から、このタイミングで出てくる? もしかして俺と立花の関係を知ってる?


「へぇ。良く分かりましたね?」 


 ……でもまぁ、今となっちゃどうでも良いけど。


「うっ、うん。あの、立花さんが黒前大学の近くで……話してるの見ちゃって。その時太陽の名前出してたから……」


 なるほど。宮原さんに話してる時か……色々とタイミング悪いな立花。


「あぁ、なるほど。だったら話は早いですね?」

「はっ、話?」


「覚えてますか? 高校の時、先輩に話したじゃないですか? 過去に女の子絡みでトラウマがあるって」

「しょっ、小学校の時と、中学校の時だよね?」


「あいつはその1人。中学の時、俺を振って噂を広めた元幼馴染なんですよ」

「もっ、元幼馴染? 立花さんの話し方から、2人は知り合いなんじゃないかと思ってた。でもまさか話に聞いてた人が立花さんだなんて……」


「だから別に先輩の存在だけじゃないんですよ? 俺にしてみれば、過去にトラウマ植え付けられた張本人達が、も居るんです。店長への恩義もありましたし、ゴーストの雰囲気は最高だったんで何とかしたかったんですけどね? まぁ色々吹っ切れまして」

「ちょっ、ちょっと待って! 3人?」


 あっ、ちゃんと気が付いた。どうせなら全部言いますよ? 先輩。


「あぁ、もう1人ってのは澄川燈子ですよ? 後は分かりますよね?」

「すっ、澄川さん? もしかして小学校の……?」


「えぇ。見事嘘告白に騙されて、心底傷を負わされた相手ですね?」

「そっ、そんな……」


「本当、驚きましたよ。入学式で澄川に会うわ、駅前で立花に遭遇するわ、ゴーストで先輩と再会するわ。でも大学生活は楽しいんです。だから、バイトを切りました。我慢してるのもキツかったですし、変な意地を張るのも疲れました。バイトだって他の所を探せば良いだけです」

「あっ……」


「だから別にそこまで気にしないでください? 何も先輩だけが原因じゃないので」

「……」


 俯いた……こりゃ話す気なくなったのかな? 俺としては本心を言ってるだけなんだけどな? もっと言いたい事あるんだけど?


「……大体、何なんだ。何心配ぶってんだ。自分がやった事に対する罪滅ぼしか? 罪悪感か? そんなのクソくらえだ。そんな事言われても、そんな態度取られても今更なんだよっ! その全てが嘘の様に感じて、不快感しか覚えない」


「でも安心して下さい。もう会う事もないですし、俺に気を遣う事もないです。ただ、前も言いましたよね? 逃げずにずっとそんな気持ちのまま怯えて過ごせ! 四六時中、四方八方から感じる視線に怯えてろ!」


「それだけです。それじゃあ俺はそろそろ失礼します。さようなら……」



「風杜雫」



 俺はそう口にすると、風杜の横を通り過ぎる。その俯いた顔からはどんな表情なのかは分からない。

 ただ、完全に後ろ姿を見せても何の反応もない。その行動がある種の答えの様な気がした。


 そして薄っすらと胸に感じたのは、ちょっとした安心感。


 それが風杜に対して、全てを話せた事によるモノなのか、

 自分の事を考え、勇気を出してバイトを辞められた事に対してなのか。


 それだけは……



 分からなかった。



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