第49話 めぶり祭りー風杜雫(後)ー

 



 辺りがすっかりオレンジ色に変わり、沿道には沢山の人達。

 所々にある出店から漂う美味しそうな香りは、普段にも増して食欲を掻き立てる。


 そんな中私達は、去年と同じ場所で……めぶり祭りの始まりを待っていた。


「不思木監督ー!」

「あぁ、都築さん。今年もありがとうございます」


 本当なら、早くに場所取りをしないといけないけど……後ろにある和菓子屋さん、そこの生徒さんが伯父さんの教え子だって事もあって、毎年この場所を取ってくれている。それも結構広めのここは、ゆったりと足も伸ばせて最高。

 こうしてみると、これも伯父さんの人脈あっての事。ますます感謝しなきゃ……そうしみじみ感じる。


 焼きそばや焼き鳥、和菓子屋さんからいただいた大福。去年あまりの美味しさに衝撃を受け、今年も個人的に買ってしまったみたらし団子。それらを頬張り、伯父さん達と何気ない会話で盛り上がっていると……


 ドーン、ドーン、ドーン


 ついに祭りがスタートした。


 山車燈籠が近付くにつれて、その光と囃子の音が大きくなる。

 沿道の人達が手を振ると、必ず誰かがそれに応える。もしかしたら知っている人なのかもしれないけど、


 楽しんで欲しい。

 楽しみたい。


 両者の思いがこれ程まで打ち解け合う光景は、やっぱり凄い。これが祭りの持つ不思議な力なのかもしれない。


 マイクで観客を盛り上げ、観客の要望で山車を回す。

 まさに一体感。その内、伯父さんの事知ってる人が居る山車が来ると、やっぱり名指しされてさ? 伯父さんも山車の近くに行って踊ったりしちゃって、本当に……


 楽しい。


 気が付けば、皆で笑ってた。それはとても幸せな時間だった。


 そして山車も後半に差し掛かった時、




「おっ、鶴湯か?」


 伯父さんの一言に、私はその町会の山車に目を向けた。

 えっと? 題名が呂布奉先・虎牢関の戦いかぁ。三国志で有名な武将だよね? それで……最優秀賞と県知事賞? 凄いなぁ。


「宮原さん達いるかしら?」

「どうかな? この時期旅館の方が忙しそうだし……あっ、真也は居たぞ? アリス!」

「あっ、本当だ! 真也ちゃーん」


 迫力のある燈籠に、審査の最高賞である県知事賞。それらが書かれた額を引っ提げて登場した鶴湯めぶり会。

 この町会には伯父さんが指導している学生さんがいるみたいで、去年も伯父さん達は盛り上がってた。


 まぁ伯父さんはバスケ部の監督だし、娘のアリスさんは黒前高校の養護教諭。

 進行形で関わりのある子が居るなら当然…………


 えっ?


 それは……一瞬。その一瞬で私の表情は変わった。笑顔は消え、多分唖然としてるに違いない。


 けど、それは仕方がなかった。だって、その光景はあり得ないから。

 なのに目の前のそれは現実。その事実に驚きを隠せない。


 なんで? なんで? そこに居るの……


 太陽?


 山車の後ろで囃子を奏でている人達。その中に、太鼓を叩く……太陽の姿を見つけた。

 なんで? どうして? 少し理解が追い付かない中、私は只々太陽の姿を眺めていた。

 少し慣れない様子だけど、汗が沢山零れているけど……笑顔が溢れてるその姿を。


 ……楽しそうだね? 太陽。


 最初は驚いた。けど、周りの雰囲気、何より太陽自身の表情が……全てを物語っていた。それに気が付くのは早かった。


 私にとって懐かしくて、当たり前のだった太陽の笑顔。

 ただそれを手放したのは、壊したのは自分自身。

 私の目の前ではもう、見る事は出来ないと思ってた。


 けど、今目の前に居る太陽はどうだろう。

 まるであの時の……ただ歩いて、何でもない話が楽しくて、手を繋いでいるだけで幸せだった……


 あの時の様に笑っている。

 ただ、そこに私の存在はない。うぅん、居ちゃいけない。


 楽しいんだね? 太陽……あっ、


 その時だった、太陽の隣で太鼓を叩く人の横顔が……見えた。

 さっきからしきりに顔を見合わせては笑みを浮かべていた相手。そしてその横顔は……目にした事があった。


 あの人……立花さんと話してた人。


 それはあの日、立花さんと話をしていた人で間違いなかった。あの整って、綺麗な横顔は忘れる訳がない。


 そっか。彼女が誘ったんだ? 友達だとは思ってたけど……そっか……


 太陽の笑顔。

 今思えば、それは私にとって心地良い象徴だった。ただ、今ここで目にしたそれは全く違う意味を持っている。


 太陽は今がとても楽しくて、嬉しくて、幸せなんだ。

 沢山の友達に出会えて、充実した大学生活を送っているんだ。


 だったら……やっぱり私が居ちゃいけない。

 太陽にとって最低最悪な相手である私が居ちゃいけない。


 太陽の笑顔を、2度と奪わない為にも……壊さない為にも。



 ごめん。ごめんね?

 私と出会っちゃって、

 バイト一緒になって、

 ここに居て。


 私……バイト辞めるから。だから……



 ずっと、その笑顔で居て?



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