第50話 めぶり祭りー立花心希(後)ー
暗い夜空が、山車燈籠の光を鮮やかにする。
参加している人の掛け声や囃子が、見ている人達を盛り上げる。
そんな雰囲気が……好き。
心が躍る様な……そんな感覚が好き。
……そう……思ってた。
いよちゃんを見るまでは。
その姿は一瞬他人の空似の様にも思えた。
いくらなんでも囃子に参加するなんて無理だろうし、ましてや太鼓を叩くなんてあり得ない。
大体、めぶり祭りに参加している事自体があり得ない。
別人だ。違う違う。
そう思って、違う人へ視線を向けたけど……それすら、私の思いを消し去ってしまう。
視線の先に居たのは、摺鉦を鳴らす天女目さん。その横で笑っているのは高校で1個上だった鷹野先輩。
さらにその後ろには笛を奏でる算用子先輩。そして……澄川。
全員に共通する事は、深く考えなくても直ぐに分かった。
同じ黒前大学に通ってる。
1人だけが似ているならまだしも、ここまで見知った人が並ぶともうそれは……本人達だと認めざるを得ない。
はっ……ははっ……何? もしかして、宮原先輩の町会? そこに参加? まっ、まぁ別に友達なら…………はっ!?
それは紛れもない事実。その事実を受け止めるのは簡単だった。けど……彼のその表情だけは信じられなかった。
わっ……笑ってる?
いよちゃんに視線を戻すと……垣間見えた横顔。その表情は誰が見ても分かるものだった。
人が楽しい時、嬉しい時、自然と零れるそれは……なぜが心に懐かしさをもたらして、同時に胸を締め付ける。
太鼓を叩いているいよちゃんは……笑ってる。まるでいつも私と遊んでいた時の様に。
そう思うと、心が温かくなる。
けどすぐ様、それは消えてしまう。
そして襲い掛かるのは……その笑顔を消し去ったのは自分だというと苦しみ。
自分の目の前では、もう見られないという後悔。
そしてその瞬間、自分の中の何かが……弾けた。
あれ……まって……私って何しようとしてた?
いよちゃんに会って、なぜか嬉しくなって、でも全然話してくれなくて。だからだから……大学の知り合いに嘘ついて、居場所を無くそうとした? そうしたら、知ってるはずの私の所に来てくれるって?
……分かってたのに? 自分がいよちゃんに酷い事したって分かってたのに?
違う。それすら誤魔化して、自分は被害者だって逃げてた。それをいよちゃんに言われてさ? でも気付いた時には、向き合った時には……遅かった。
取り返しがつかない。
今更過ぎる。
もう……遅い。
その現実と面と向かって、でも耐えられなくて……ずっと気持ちが悪かった。今はもっと胸が痛い。吐き気がする。
だって、分かってしまったから。
私は……私は……こうして、いよちゃんが笑顔で居られる場所を……
壊そうとしていたんだって。
1度ならず2度までも……
……最低じゃん。私は如月達なんかよりもクズじゃん。
もう嫌だ……宮原先輩に嘘なんて言った事も、いよちゃんと話した事も……全部消したい。自分の存在自体を消したい……
……はっ、そっか。最初からいよちゃんが言ってた事は正しかったんだ。
『大体誰だよお前、気持ち悪い呼び方してんじゃねぇよ』
『誰だよいよちゃんって、俺はお前なんか知らない』
『俺に幼馴染なんて居ない。誰かの噂話を広める様な奴も、本音隠して生きてるような奴も、俺の知り合いには居ねぇよ』
昔からの幼馴染である……立花心希なんて居ない。
それが、いよちゃんにとっての幸せなんだ。
変え様のない事実なんだ。
……ごめんね?
自分勝手でごめんなさい。
勘違いしてごめんなさい。
その優しさに……ズカズカ土足で入り込んで、傷付けてごめんなさい。
ようやく分かった。めちゃくちゃ遅かったけどさ?
これ以上、関わらないから。
話し掛けないから。
今まで本当にごめんなさい……
いっ…………日南……先輩。
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