第48話 見上げた花火は何よりも

 



 徐々に人の数が多くなり、


「がっははー、もっと飲め飲めー」


 ところどころから笛や太鼓、摺鉦の音が響き始めた頃、


「がっはっはー、もっと食え食えー」


 俺と天女目は……


「もっ、もう食べれません」

「おっ、お腹いっぱいですぅ」


 想像以上の手厚い歓迎を受けていた。


「なんだなんだー? 食が細くないかぁ? 若いうちは食って飲まないとなー! がはは」


 苦しそうな俺達を目の前に、豪快に笑っている人。この人こそ、鷹野や宮原さんが住んでいる鶴湯つるゆという場所の町会長さんだ。

 参加するって事で挨拶に向かった途端、いきなりこの調子だ。食え食え飲め飲めの大合唱で、正直祭り本番を前にお腹は一杯だ。


 それでも……ここまで歓迎されるのは嬉しい。

 話を聞くとこのめぶり祭り、歴史は長いものの年々参加する人が少なくなっているそうだ。出なくなった町会も多く、今じゃどこも人手不足で悩んでいるらしい。


 そんな事もあって、俺達の参加はかなり嬉しいそうだ。鷹野も褒められてるしさ?


「ん? なんだ? やっぱりビールじゃないとダメか? どれどれ……」


 いや、ビールって……その気持ちはありがたいけど俺達まだ未成年……


「ちょっとやまさーん? 未成年にお酒勧めちゃダメでしょ!?」


 なんて思っていると、人混みの中から聞こえて来たその声。

 俺は思わず反射的にその声の方向へ視線を向けてしまった。


 ん? この声は宮原さ……っ!!


 そしてその先に居たのは、確かに宮原さんを始めとする女性陣。ただ、驚いたのはその存在じゃない。むしろ驚かない方がどうかしてると思う。


「いやぁ、悪い悪いー。がっはっは」

「おっ、着替え終わったか?」


 いやいや……町会長さんはともかく、鷹野っ! なんでお前までそんな平然としていられるんだ?


 ハッキリ言って、鷹野を始め町会の皆さんの反応が信じられない。だって……だって……


 皆サラシだぞ? 半纏羽織っているとはいえ、鎖骨とか肩とか丸見えだぞ? しかも白い短パンも……はっ、肌が……ろっ、露出が……ヤバイっ!!


 これがめぶり祭りの正装なのか? まるで鷹野の様にサラシ姿の女性陣。その露出の多さに目のやりどころが分からない。さっ、算用子さんはノリノリだし、澄川は……なんか恥ずかしがってね? まぁいいや、それより真也ちゃんも? イッ、イメージが! そそっ、それに宮原さん? 


「ふふっ、お待たせ? どうかな? みんな似合ってるかな?」


 いつもとは違う。バスケをしている時とも全く違う雰囲気。このお祭り衣装は……


「うわぁ! 皆綺麗だねぇ」

「あっ、あぁ」

「だって? 良かったね? みんなっ」


 ヤバ過ぎる!




 こうして一瞬鼻血が出そうになりながらも、寸でのところで耐え……俺達は祭りの開始を待った。そして……


 ドーン、ドーン、ドーン


 空に響く花火の音。それを合図に……めぶり祭りは幕を開けた。


 1台1台が間隔を開けて、公園から道路へと進み出す。その速度は思いのほか遅く感じた。

 今年の参加台数は全部で53台。その中で俺達が参加する鶴湯めぶり会は40番。運行まではそれなりに時間がある。

 その間は皆さんのご厚意で、それぞれがやりたかった囃子の練習をさせてもらった。全体の音や叩くタイミングなんか個別指導で教えてもらってさ? まさに至れり尽くせりとはこの事。


 ちなみに、俺に太鼓を教えてくれたのは……


「あっ、とうちゃん? 日南君に太鼓教えてあげて?」

「はーい。千那姉」


 ん? 千那姉?


「あっ、この子お兄ちゃんの2番目の子ども。真也ちゃんの弟なんだぁ」


 おっ、弟? いや、真也ちゃん高校生だし、不思議でもないか。……にしても身長デカくね? 


「えっと、宜しくお願いします」

「あっ、宮原みやはら透白とうしです。よろしくです!」


「えっと、透白君は何歳なの?」

「13歳です! 今年中学校に上がりました!」


 ……はっ!? いやいや、それで俺よりちょっと小さい位って……確かに透也さんも大きいけどさ? 


「えっと、太鼓とかは一通り終われば後は繰り返しだから……簡単ですよ? 暗記とか得意ですか?」

「ん? まっ、まぁそれなりかな?」

「じゃあ楽勝ですね? じゃあ早速……」


 なんて……ちょっとした敗北感を味わいながら、太鼓の練習に勤しむ俺。

 ただ、本当に透白君は教えるのが上手くて、とりあえず形にはなった気がした。


 それと摺鉦も、太鼓と動きは似ていたからそれなりに。ただ、笛だけは全く音が出なかった。


 そんな俺を尻目に、良い音を奏でる天女目と澄川。

 2人共、吹奏楽でそれらしい楽器やってたとか何とか言ってたな? 教えてた真也ちゃんも驚いてて……なぜか俺を見た瞬間、鼻で笑ってた気がする。


 気のせいかもしれない。ただ、ものの数分で玄人感出してるお前ら2人に少しイラっとした…………ものの、そんな些細な事なんて、順番が近付くにつれて綺麗に無くなる。


 大きな太鼓が3つ並び、その真ん中をなぜか任されたのには驚いたけど、隣の透白君と鷹野が色々笑わせてくれて……不安なんてなかった。むしろ……楽しみで仕方がない。

 そしてついに……


「じゃあ行くぞー」


「「「「「おぉー!!!」」」」


 鶴湯めぶり会の山車燈籠がスタートした。

 そこからは……あっと言う間。ところどころから聞こえる囃子の音に、沿道で見て居る人たちの拍手と歓声。そんな一面の光景を横目に叩く太鼓は最高だった。


 途中で交代して、天女目と一緒に摺鉦やったり、音の出ない笛にチャレンジしたり……その熱気に額からは汗が零れたけど、その汗ですら気持ち良い。


 また太鼓に戻ると、透白君の代わりに宮原さんが隣に来てさ? たまに目が合うと自然と笑みが浮かんで……最初は一緒に太鼓を叩いてるなんて、ちょっと変な感じだった。けど、時間が経てばそれも当たり前のような感覚になって……ただただ楽しかった。


 時間さえ忘れる位に……




「よっし、お疲れ様ぁ!」


 耳に入った町会長さんの言葉。それは今年の合同運行を終える合図でもあった。

 太鼓を叩くのを止めると、途端に溢れ出る汗。尋常じゃない位の暑さ。


 ただ、不思議と嫌な気持ちはない。それどころかもっと祭りを楽しみたい。そんな欲求が大きかった。


 はぁ……終わりか? あっと言う間に感じたよ。それになんかめちゃくちゃ楽しかった。

 なんか掛け声も沿道の人達をターゲットにしてる感じだったし、終始台車が回ってて山車がグルグルだったよな? 初めて山車回したけど、あれはあれで楽しかった。


「皆お疲れ様っ!」

「お疲れ!」


 そんな俺達の元に、やって来た宮原さんと鷹野。その手にはペットボトルのジュースが見える。


「どうだった?」

「やっぱー良いよねー」

「面白かったっ!」

「うん。滅茶苦茶楽しくてぇ、興奮しちゃったよぉ」

「かなり楽しかったよ」


 それらを渡しながら、俺達に投げ掛けた宮原さんの質問。

 その答えは……皆一緒だった。というより、つまらないなんていう訳がない。


 皆の笑顔を見れば……一目瞭然だ。


「でも、お楽しみはここからだよ?」


 ん?


「もう少しで…………来たっ!」


 そんな宮原さんの声と共に、夜空に響く音。

 自然と皆が顔を上げる。そして……


 バーン!


 目の前に広がる綺麗な菊のような形と、赤青黄色とカラフルな光。


 その大きさとその迫力に、


「すげぇ」


 思わず、そんな言葉が口から零れる。


 笑って、楽しくて……おまけに最後にこんな綺麗な花火。


 本当に来て良かった。

 鷹野達にはマジで感謝しないといけない。


 めぶり祭り……最高かよ。


「ねぇ皆?」


 ん? 宮原さん?



「来年も……来てね?」



 ……そんなの決まってるだろ?


「もちろんっ」

「当たり前ー」

「来たいよぉ」

「あぁ、皆で……」



「お邪魔するよ」



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