第47話 めぶり祭りー風杜雫(前)ー
「お疲れ様でしたー」
バイトが終わり、ロッカールームで着替えをする。それは何らいつもと変わらないものだった。ただ、自分自身はどうなのか。そう言われると……いつも通り元気です。なんて自信を持っては言えない。
……あれから太陽とは何度かシフトが一緒になる事もあった。でも、その反応は至って普通。必要最低限の言葉しか交わさない。時々、板倉さんや天女目君が間に入って、会話する機会はあるけど……さ? 仕方ないよね? 当たり前だよね? 逆に私の方が変に気を使っちゃってるのかもしれない。太陽の邪魔にならない様に……余計なお世話だっていうのは分かってるはずなのに。
本当。色々考え事をしながらバイトをするのはダメだと思う。能登さんに申し訳がない。
幸いミスもなく出来てはいる……けど、どうしても集中が出来なかった。
もちろん太陽の事もあった。でも、それ以上に私の頭の中にあったのは……あの時の光景。
見てしまった。聞いてしまった。
『えっとその……日南太陽の事です』
ここで働いている立花さん。彼女がおそらく太陽の大学の知り合いであろう女の人に、彼の事を言っている所を。
その状況は意味が分からなかった。ただ、話を聞く限り立花さんがその人に太陽の事を話すのは……あれが初めてじゃない。
『えっ? あぁ日南君の事?』
『やっぱり危険です。私昨日呼び出されたんですよっ!』
少し呆れたような雰囲気の女の人。
やっぱり……そう口にした立花さん。
何度か話をしている。それも心配するような素振り。そして、
「トイレに呼び出されてドアを蹴りまくる……か」
イメージするとかなり暴力的な印象を植え付ける言葉。
ただそれが嘘だと私は知っている。立花さんが呼び出されたまさにその時……私と太陽はその公園で話をしていたんだから。
だからこそ余計にその理由が分からない。
なんでわざわざ嘘をついているのか。太陽の印象を悪くする様な事を言っているのか。
バイトで何かあったんなら、能登さんに言えば良い。なんでわざわざ大学の友達に? それも嘘を?
あれから、ずっと考えていた。でも答えなんて出てこない。
太陽に立花さんとの事を聞ける訳もない。
受験勉強中でバイトを休んでいるから立花さんに聞ける訳もない。
そもそも……それらを聞く勇気なんて私にはない。
ただ、それとは無関係に煮え切らない思いは頭に残り続ける。
「やっぱり……あの2人知り合いなのかな? バイト始める前から……東京で……」
それこそ確証はない。
太陽は東京からここ来た。
そして立花さんは中学生の時に東京からここへ引っ越して来た。それは本人から聞いたから間違いないと思う。
私が知ってる2人の接点と言えばそれだけ。
東京に居た……ただそれだけ。
一言東京って言っても、決して狭くはない。人の数は数えきれない。
可能性としては限りなく低い。けどゼロじゃない。
分からない。立花さんがどんな人なのか、太陽とどんな関係なのか。
「ふぅ。太陽の為には、もう関わっちゃいけないって分かってるのに……」
「どうしたいの? 私……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ガチャ
「ただいまー」
「あっ、おかえりー雫ちゃん。あっ、そうそう今日のめぶり祭り4時位に出発でどう?」
めぶり……あっ、そうだった。今日皆で行くって話してたんだよね?
「あっ、よろしくお願いします」
「場所はいつもの場所だから。楽しみましょ?」
「はいっ! 楽しみです」
伯母さんが口にしためぶり祭り……去年連れて行ってもらって、初めて見たお祭り。
色々な山車燈籠が綺麗で、皆が楽しそうで……不思議と自分までそんな気分にさせられる。そんなお祭り。
バスケ部の監督である伯父さんが指導した生徒さんも、毎年沢山参加してるみたいで……その人達や親御さんが伯父さんを見かける度に手を振って、時にはマイクでイジってくれて……滅茶苦茶楽しかったなぁ。
……あれ? そう言えば伯父さんって黒前高校のバスケ部の監督だよね? もしかしたら立花さんの事なにか……って、そんなの初めて立花さんに会った時聞いたじゃない。
東京から引っ越して来た明るい女の子。それだけしか分からなかった。
……ふぅ、ダメダメ。また変に考えちゃった。
とりあえず、今日はめぶり祭りなんだ。皆で楽しまないと。うん……
楽しまないと……
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