第46話 めぶり祭りー立花心希(前)ー

 



 夏休みの図書館。そこで勉強するのは毎日の日課の様になっていた。

 ……日課? 自分で言っておいて笑える。 そんなのただ格好付けたいだけの……言い訳だって分かってるのに。


 本当に私はどうしようもない人間だ。


 あぁ頭が痛い。

 あぁ気持ちが悪い。

 クーラーが効いてるはずなのに汗が止まらない。


 家に居たら、どうにかなってしまいそうだ。

 大勢の人が居る図書館なら、誰かに見られている緊張感で自分を誤魔化せる。

 そう思っていたのに、今日も無理だ。

 勉強なんて集中できない。昨日も一昨日も、手が進まない。


 結局家に行って、ベッドに横たわって……


『だって前々から思ってたんだけどさ? 立花さんって可愛いじゃん?』

『今日放課後話そうよ』

『そういえば、本当に可愛いよね?』


 あぁ……


『そうそう、おはよう。そういえばさ夏休み中、皇次と何回遊んだ?』

『おぉ、良かった。じゃああいつの思い通じたんだな』

『ノーコメントって事はそういう事でしょ? 良かった良かった。じゃあねー』


 嫌だ……


『いやぁ、流石皇次。鷺嶋と鏑木、柳沼達……悔しがってたぞぉ?』

『ただの遊び』

『甘い言葉に乗せられて、ホイホイ惚れる女の方が最低だと思うけどな? じゃあなぁ簡単尻軽女さん』


 嫌だっ!


 想像するだけで、胃から何かが出てきそうな感覚に襲われる。

 ずっと体調は悪い。ずっとこの感覚に苛まれている。

 いつからか、それは自分でも分かっていた。


 あの日……いよちゃんと会った日。

 いつも無視してたいよちゃんが、目の前に立って……目を見て話してくれた日。

 嬉しかったはずなのに、それも一瞬だった。


 忘れていた……違う。

 都合良く記憶から消していた事。


 私はいつからか自分は被害者だと思っていた。そうやって……自分を慰めて、逃げて来た。

 いよちゃんの言葉は、そんな幻想の中に居た私を完膚なきまでに現実へと引きずり出した。



 ―――自分がした事、忘れてんじゃないだろうな?―――



 そうだ……そうだ。

 私は私は……いよちゃんに酷い事をした。

 噂が広がって、すぐに声を掛ければ良かったのにそれが出来なかった。


 違う。それすら言い訳。

 あいつ等に現実を突きつけられて、騙された自分がおかしくて悲しくて悔しくて……自分の事だけを考えていた。


 いよちゃんも同じ苦しみを味わっていたのに……手を差し伸べなかった。


 そして結局、いよちゃんの全てを失った。


 知ってる。知ってる。

 私にとって如月達が憎い存在なら、いよちゃんにとって私もその憎い存在なんだ。


 分かってる。分かってる。

 いよちゃんは私と如月との間の出来事を知らない。けど、知らないからこそ本当は……


 真っ先にいよちゃんへ言わなきゃいけなかった。

 何を言われても、どんな反応されても。

 何度も何度も会って、話して……自分の本音を言わなきゃいけなかった。


 それをしなかったのは私。

 それが出来なかったのは私。

 いよちゃんに酷い事をしたのは私。



 ……最低なのは私。



 胸に突き刺さる。

 思うだけで苦しい。

 自分が気持ち悪い。


 自分でいよちゃんと話せる時間もキッカケも失った……その事実がどうしようもない後悔と共に襲い掛かる。


 ……馬鹿じゃん。

 何が話してくれた。私を見てくれただよ。

 何が、居場所を壊したら、私の所来てくれるよね? だよ。


 ありえないでしょ?

 分かってたでしょ?

 忘れてるフリしてたでしょ?

 宮原先輩に嘘ついて……バレたらヤバいって分かってたはずなのにさ?


 ……大学変えようか。行っても私は歓迎されない。むしろ今の時点で、私の悪評は広まってるに違いない。誰だってそうだ。

 自分を悪く言われたら、腹が立つ。

 友達を貶す事をされたら、許せない。


 あの2人は私を許す訳がない。

 近くて評価も高い。学費も安くて、たくさんの学部がある……そんな理想の大学。


 いや、何言ってんの? その可能性を消し去ったのは自分自身でしょ?



 自業自得だよ。立花心希。



 ヴーヴーヴー


 ……ストメ? 誰? 母さん?


【心希? ちょっと急だけど、今日めぶり祭り行かない? 今日は表彰式で合同運行の日だし……受験勉強がいくら忙しくても少しは息抜き必要でしょ? 毎年見に行ってるんだしね? 父さんも今日は時間休もらって早く来るって】


 めぶり……祭り……

 そっか。そういう時期……なんだ。毎年見に行ってるんだよね? 合同運行。審査の日と表彰の日があるけど、表彰の日の方が最後に花火が上がるんだよね? だから去年も表彰の日に見に行ったっけ。


 囃子と掛け声、山車燈籠の迫力が絡まり合って、見てるこっちもテンションが上がる。それにやっぱり最後の花火が綺麗でさ? 見てるとまるで夢でも見ている様にドキドキして、好きなんだよね。

 ここに来て、初めて目にした時……驚いたな。

 気が付いたら夢中に拍手してたっけ。

 ……笑いながら。


 めぶり祭り……行きたいな。今年も……行きたいな……


 行ってさ? 楽しんでさ? 


 後は……苦しめば良いよね? 

 ずっと悔いて苦しめば良いよね?


 だから今日だけは……


【本当!? うん! 行く行く! 楽しみだなぁ】



 楽しんでも……良いよね?



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