第43話 自分の信条

 



 静まり返った体育館。

 それを尻目に、俺は下駄箱へ向かって歩いていた。

 屈むと滴り落ちる汗。サークル終わりだからなのか、夏特有の暑さのせいなのか……さっき綺麗に拭いたはずなのに、それは止まる事を知らない。


 さっきまで爽快感を感じていた額に、またしても感じる汗。

 いつも以上のそれに、普段なら不快感を覚えるけど……今日に限って言えばこうなっても仕方ないのかも知れない。そう感じてしまう。


「ふぅ」


 今日、ちょい張り切り過ぎたかな? 昨日のあれが原因だな。まさに発散したくて……いつも以上に動いてたし、声も出してた。けどまぁ、おかげでスッキリしたけどさ?


 そんな汗を持って来たボディシートで拭くと、俺はそそくさと靴に履き替える。

 それに、今日はストレス発散が目的じゃない。それこそ……こっからが本番だ。頑張れよ? お……


「おっまたせー!」


 その時だった、不意に後ろから声が聞こえて来たかと思うと、横に現れたその姿。

 サークル中の半袖短パン姿とは違う私服に、サイドに結った髪型。


「ごめんね? 待ったよね?」

「全然だよ。俺も今着替え終わったとこだったし」


 宮原千那、その人で間違いない。そして今日の……目的の相手。

 ……本当に運動終わりか? かなり爽やかな感じなんだけど? しかも女の人ってズルいよな? 髪型1つでこうも雰囲気変わるんだもんな。


「よっし、じゃあ行こうか!? 日南君は嫌いな物ないんだよね?」

「えっ? あぁ」


 って、バカ。そんな事考えてる暇ないだろ? 集中しないと……


「おっけー、じゃあお昼ご飯行こー!」


 言うんだ。本当の事を。考えろ……そのタイミング!



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ふふっ。さぁて何にしようかな」


 宮原さんに連れられて、やって来たの場所。正直、必死に場所を選んでくれたであろう宮原さんには申し訳ないけど、値段とか味とかどうでも良かった。ただ……


「日南君決めた?」


 まさか店長達と来た居酒屋だとは!

 駅前近くにある居酒屋「ど真ん中」。それこそ来たのはあの日以来だけど、まさか宮原さんのチョイスもここだとは思わなかった。


 まぁ、宮原さん曰く味・量・値段。どれをとっても最高のランチを提供しているらしく、メニューを見る限り正にその通りな気がする。

 定食や丼セットが税込み700円? しかも内容も凄くないか? てか、結構混んでるし……この辺りじゃ結構有名なのかもしれないな? 前に来た時は全然気が付かなかったな。っと……とりあえず……海鮮丼セットにしようか?


「じゃあ海鮮丼セットにしようかな?」

「良いねぇ」


「宮原さんは?」

「私も決まったよ?」


「じゃあボタン押して店員さん呼ぶか。よっと。ちなみに宮原さんは何を?」

「私はかつ丼セットだよっ」


 かつ丼かぁ確かに美味しそうだよな……って違う違う。ご飯も楽しみだけど、本題は違うって!


「失礼します。ご注文お伺いしまーす」



 注文を終えると、そこからは頭の中がグルグル回る。

 まずはどのタイミングで言うべきか。食前? 食間? 食後? どれをとっても良いタイミングな気がしない。

 話の流れで、自然に……なんても考えたけど、そこまで持って行ける様な会話が出来る気がしない。


 ……かと言って、料理が来るまでの間に話をしない訳には行かない。そうなると、どんどん話すタイミングを失う気がする。

 どうする……どうする……? あっ……


 その瞬間、なぜか浮かんで来たのは……昨日、澄川と話していた時の事。


 あの時自分は真っ先に何を考えたか。何を思ったか。自然と湧いた疑問だった。


 ―――今更じゃね?―――


 そしてその答えに辿り着くのに、時間はそこまで必要ない。


 ……そっか。何を迷ってるんだ? 言うなら早い方が良いに決まってる。言えずにダラダラ過ごすのは悪手だって、自分が良く知ってるはず。

 そうだ。俺はそんな風になりたくない。あいつらの様にはなりたくない。だから……


「あのさ? 宮原さん? 今言う事でもない気がするんだけど……ちょっと話したい事があるんだ?」


 行け太陽っ!


「うん? 何かな?」


 ……いつもと変わらない表情。それがどうなるのか考えたくもない。けど、嘘をつき続けるのは嫌だ。


「えっと、あのさ? その……」

「うんうん」


「あー、この前……いや、違う」

「ん?」


 ……やっべぇ、勢いに任せて話し掛けたけど……話す内容ど忘れした! えっと、あれ? まずは嘘だったって言おうとしてたんだっけ? それとも立花との関係を先に? えっと……


「あれ? その……」


 ヤバイヤバイ……全然頭が……


「日南君?」

「えっ?」



「大丈夫。私ちゃんと聞いてるから。ずっと聞いてるから。落ち着いて……ねっ?」



 その笑みは……何とも言えないモノだった。

 良い意味で心が落ち着く。悪い意味で、全てを知ってると言わんばかり。


 ただ、今の俺には……前者が当てはまる。

 こんがらがっていた頭の中が、少しスッキリとして……一息つける。


「ふぅ……」


 危ない危ない。焦っておかしい奴になる所だった。ゆっくりと事実を話せば良いだけなんだ。

 宮原さんに全てを……


「あのさ? 宮原さん?」

「何かな?」


「俺……宮原さんに嘘ついてた」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その後俺は……全てを話した。

 まず、嘘をついていた事。それに対しての謝罪。

 立花と幼馴染だって事も正直に話した。


 そしてもちろん……立花との間に起こった出来事も。


 その間、宮原さんは本当にずっと話を聞いてくれてた。そりゃ所々驚いてる素振りは見せてたけど、話しを途切れさせる事はなかった。

 どことなく、真也ちゃんに話している様な感覚に似ていたけど、それ以上にほぼほぼ表情を変えず、笑みを浮かべながら相槌を打ってくれる宮原さんは……話がしやすかった。

 どう思ってるとか、そんなのお構いなしに……気が付けば全てを話している位に。


「……って事なんだ! だからごめん、嘘吐いてて!」


 その全部を話した俺は、最後にもう1度嘘をついていた事を謝った。

 正直ここからの反応は怖い。どうなるか分からない。ただ、それも覚悟の上だった……はずなのに……


「そっかぁ。ありがとうね? そんな辛い事まで話してくれて」


 その第一声は意外だった。

 えっ? ありがとう?


「えっ……」

「だってそうでしょ? 私だったらそんな辛い経験2度と口にしたくないもん」


「いや……それは……結局嘘吐いてるし」

「あの状況なら仕方ないでしょ? まさかの再会でさ? それより良く平静を装えたね?」


 えっと……これはどっちなんだ?


「いやっ、でも……」

「はい。その話はおしまい。無理して傷を抉る必要ないでしょ?」


 信じてもらえたのか……それとも試されて……?


「あっ、でもさ? この話自体が嘘だって……」

「それはないかな?」


「えっ?」

「あっ、私が言うのもおかしいけど……何となく分かるんだよね。あの時の日南君は、確かに少し変な感じだった。でも立花さんに対する姿は、怖さって言うか……近付きたくないって雰囲気に感じたんだ? って、完全に自分の勘なんだけどね?」


 まじ? でも確かにあの時の俺って怒りもあったけどさ、関わりたくないって思ってた気がする。


「はっ……ははっ……そんな感じだった? 恥ずかしいな?」

「全然恥ずかしくないよ? もし私が同じ立場でも……そうする。それか思いっきり怒っちゃうか」


「宮原さんの怒った姿か……見てみたいかも」

「えっ? 結構家では怒ってる気がするな……お兄ちゃんとかね? ふふっ」


 あぁ……なんだろう。全部話したら一気に気が楽になった。けど、その全てを信じてもらえる訳じゃないよな? 多分。でも、これが本当の事だ。これからどうするかは宮原さん次第か? いや……


 俺の行動次第か?


 2度と嘘とか言わなきゃ、自然と信用も得られるだろうしな?


「私ね? 実家があれだから、昔からたくさん色んな人達見てたの。だから知らない人とも普通に話出来る様になってね? それと同時に……この人どんな事考えてるのかな? 思ってるのかな? ってボンヤリだけど浮かんで来る様になったんだ」


 確かに……結構躊躇なく話し掛けるよな? 入学式の時に経験済みだ。それに気持ちが……分かる?

 これって真也ちゃんが言ってた、


 『まぁ他人の言葉だけで人を決めつける様な性格じゃないですし』


 これに関係してるのか? 


「って、完全に危ない占い師だよね? ふふっ、出来れば内緒ね?」

「えっ、あっあぁ」


 ……良く分からないな? けど、宮原さんが嘘吐くようにも思えないし……マジなのか?


「だからさ? 正直、昔の事なんてどうでも良いんだよ?」


 どっ、どうでも良い?


「だって私が知ってる日南太陽は、入学式から今まで見て来た日南太陽なんだもん。ちょっと控え気味だけど、意外とノリが良くて、結構冗談なんかも口ずさむ……そんな男の人。それ以上でもそれ以下でもないんだよ?」

「宮原さん……」


「そりゃちょっと女の子と一線を置いてる? とか、逃避行に行った時も只事じゃないとは思ったけどさ?  それを聞くのはおかしいと思ってた。その人がどんな事で傷吐くか……他人には分からないんだもん。でも、日南君は言ってくれた。辛い過去もさ? さっき日南君は、それも嘘かも……って言ってたけどさ? 」



「私の知っている日南太陽は、嘘を嘘で弁解しない」



「これまでの日南君の姿見てたら、そう思うんだ」

「えっ……その……」


 それは不思議な感覚だった。

 自分の思った……勘を頼りにその人を見定める。

 ハッキリ言っておかしい気がする。ただ、それを言い切れる心は……羨ましくも感じる。


 そして何より、今の自分を見てくれている。そう言われる事がこんなにも嬉しいとは思いもしなかった。


「うっ、嬉しいけど……でも俺嘘言ったしな……」

「あっ、それはそうだ」


「えっと、本当にごめん」

「冗談冗談。必要な嘘もあるし、何より大事なのは誰かを傷付けたかって事じゃない? 私は全然大丈夫。すなわち、セーフって事で」


 なっ、なんだよそのトンデモ理論。けど……なんだろう? やっぱ宮原さんと話してると面白いな? なんか気持ち良い。


「ははっ。けどさ? 最後にちゃんと言いたいんだ。本当に嘘ついてごめん。許して欲しい。そして、俺と立花との関係を……信じて欲しい」

「もう……うん。許します。そして……立花さんとの関係も信じるよ? ふふっ」


「ありがとう」

「どういたしましてっ」


 ……良いのか悪いのか分からない。けど、俺の本音は宮原さんの胸に届いた……気がする。結果オーライなのか? これから信用を……


 ……っ! その時、脳裏に一瞬……ある人の事が過った。

 嘘は……言ってない。ただ、その関係を隠している……人の事。


 ヤバイ。これ澄川との関係も言っといた方が良いか? 今は良いけど、知り合いだったってのが分かったら……どうなる? こっ、ここは……今このタイミングで言うべきじゃ……


「あっ、あの宮原さん?」

「うん?」


「あのさ? 実は澄川……」

「あっ! 来た来た」

「お待たせしましたー」


 げっ、最悪なタイミングっ!


「うわぁ凄いなぁ」

「そうだね? あっ、それで……」


「ん? 澄川さんがどうかしたの? ってか、話はあとあと。先に食べよう? お腹が悲鳴を上げてるよ」

「あっ……そうだね?」


「うん。まぁ澄川さんと知り合いなんじゃないかとは思ってたけどね? じゃあ……」

「えっ? ちょっと?」


 まっ。待て待て? 嘘だろ? なにサラッと言ってんの? てか知ってたの? 

 その第六感? 勘? それで分かってたの? ちょっと? 


「いただきまーす」

「いっ、いただきます」


 ……ちょっと? 宮原さん? 逆に聞きたい事がいっぱいあるんですけど? てか、


 ある意味1番恐ろしいのは……


「うん! 美味しっ! 日南君も食べてぇ?」

「あっ……うん。ははっ……」



 宮原さん?



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