第42話 とある人の今

 



 ……日差しには慣れた。

 ……外に出るのも慣れた。


 けど、


 ―――ザワザワザワザワ―――


 何処からともなく聞こえてくる、人の声。それにはまだ……慣れない。


『あいつ、小学校の時調子乗ってたんだろ?』

『マジ? あれで?』

『嘘だろ? ははっ』


 気が緩めば、容赦なく聞こえてくる。

 幻聴だって分かってても、心臓が大きく波打つ。呼吸が上手く出来なくなる。


 イヤホン……イヤホン……


 ♪~♪♪


 音楽が手放せなくなって何年だろう。結構な年数だと思う。

 中学2年位からかな? だったら6年? 長いようであっと言う間で……


 後悔と悲しさと……苦しさに溺れる毎日だった。


 自業自得なのは分かってる。

 今思えば天罰なんだ。


 一生悔やんで償わなければいけない。

 この体と心と向かい合っていかなきゃいけない。


 ……あの頃の自分に一言言えるなら……こう言いたいな。



 ―――人の身になって考えて、良く……考えて―――



「はい。一之瀬さん。どうぞー?」


 それが出来たなら、あなたは将来……


「……はい」


 ガタン


「こんにちわ。一之瀬瑠奈さん。どうぞ? 座って?」


 こんな所に来なくても良いんだから。




 あの日……あの時の日南の顔が忘れられない。

 まるで般若の様な鋭い眼つき。心の底から憎んでいる様な雰囲気。


 怖かった。恐ろしかった。

 腰が抜けて、足が動かなくて、私は……私は……地面に座り込んだまま……失禁した。


 正門の前で……人は少なかった。


 けど、友達だと思っていた人達は、すぐにどこかに行ってしまった。

 あっけない。脆い。


 次の日いつもの様に声を掛けると……避けられた。

 おかしいと思ってまた声を掛けても……逃げられた。

 そして、シカトされた。1人になった。


 周りから誰も居なくなって、逆に沢山の人達が私を見ていた。


『あいつ調子乗ってたよね?』

『分かる。でもあいつさ、前に腰抜かして……』


 二木……三瓶……


 グループの中心はこの2人だった。

 前までは私に付いて来ていたのに、いつの間にか私を指差して笑ってる。


 初めての感覚だった。

 誰も居ない。

 誰かに指を差される。

 誰かに笑われる。


 怖くて仕方なかった。隠れる事しか出来なかった。

 何も話さず……静かに過ごす。


 それが当たり前になるのに時間は掛からなかった。


 そんな状況は、中学でも変わらない。

 ましてや同じ小学校の人が揃って行くようなトコだったから、まるで変わらない。


 親にもこんな事は言えなかった。

 ましてや、静かになった私を見て……


『ようやく大人らしく、落ち着きを持てる様になったのね?』


 そう口にする姿を見て……ダメだと思った。

 両親にとってはこの姿こそ求めていた姿なんだ。

 そう思うと、悲しいやらどうでも良いやら。とりあえず勉強でもしてれば良いかって思った。


 学校には行った。

 誰も相手にしてくれないし、話し掛けてもくれない。かといって話し掛けるのは怖い。


 ―――マジ我儘だったよなぁ―――

 ―――上から目線ていうか?―――

 ―――まっ、流石に漏らして大人しくなったしね―――

 ―――それ本当の話なの?―――

 ―――本当だってぇ―――


 何を言われるのか分かる。

 言わなくても分かる。


 何処からともなく聞こえてくるそれは……延々と頭の中をグルグル駆け巡った。


 中学校? 良い思い出なんてない。

 文化祭も体育祭も何かに理由をつけて休んだ。

 修学旅行は流石に行ったけど、ずっと……一人だった。


 卒業式だって出なかった。


 こうして私は、無駄な3年間を過ごし……定時制の高校へ通った。

 そこは結構居心地が良い。

 変に話し掛けて来る人も居ないし、自由に勉強出来た。


 かといって、良い思い出があるかと言えばそうでもない。

 ただただ、勉強。それだけ。


 親とは定時制行くって言った時からギクシャクしてた。

 まぁ、普通に高校に行くと思ってたんだろうね? 勉強だけは……してたから。


 けど、人混みに行くのは嫌だった。遠く離れた高校でも嫌だった。


 それでもテストの点数のお陰か……勘当はされなかったよ。


 正直どうなのかな? 親は私の変化に気付いてるのかな? 大人しくなって勉強も出来る。そう思っているならある意味ヤバい。けど、そんな気がするのも事実。


 2人共妹と弟可愛がってるしね? 私は勉強出来てればそれでいい。そんなスタンスなのかも。


 あと、昔から食べても太らない体質だったおかげか……体型もそれなりのまま。

 ただ、化粧なんてモノはしなくなった。小学生の時が1番してた気がする。


 ……今思えば気持ちが悪い。


 こうしてある意味有意義だった3年間が過ぎ、私は近くのそれなりの大学へ進学した。ただ、そうなると……周りの声だけがネックになった。

 休みの日なんてずっと家に居たし、高校も行くのは夕方だし。


 その差し込む光が眩しくて、周りのキャピキャピした声が頭に響いて頭痛がした。

 それに、その声1つ1つが……私の事を言ってるみたいで……イヤホンが離せない。


 でもさ? それでも頑張ろうと思った。だから……予約して、ここに来た。


 京南けいなん大学病院。この辺りじゃ結構有名な病院。


 そしてその……精神科。

 自分でも、自分の体が変なのは分かる。

 ……違う。おかしいのは体じゃない。心かもしれない。


 だから……だから……




「なるほど……うん。ありがとうね? 今までの事話してくれて」


 その笑みは……優しくも見える。

 ただ、誰にでもそうしてるんでしょ? そうとも思ってしまう。


 えっと? この人の名前は、高梨たかなし……りん

 見ただけで分かる。整った顔立ちに、似合っている髪型。座ってても分かるスタイルの良さ。透き通る様な声。


 それでいて先生。

 お医者さん。


 さぞかしモテるんだろうな。さぞかしこれまで順風満帆だったんだろうな。


「でも先生には分からないですよね……」


 それは思わず……口から出ていた。


「んー? 全てが全てじゃないけど、分かるよ?」

「はっ……?」


「私もね? 昔、下手うって、人を傷付けちゃった。本当にさ……本当にその人の事好きだったのに。後悔したよ? 何度も。何度も」

「傷付けた……?」


「ははっ、告白されたのに……断っちゃったんだ?」

「なっ、なんで……」


「その時ね? 私の大切な人も……その彼の事好きなの知っちゃったから」


 ……友達の為に? でも……


「でもさっき後悔したって……」

「そうだよー? だって好きなんだもん。それが分かっても、気付けば彼との距離はずっと離れちゃってさ? でも……色々あって、話し掛けて……突き放されても話し掛けて……話して……何とか普通に話せる関係には戻ったんだ?」


 何それ……結局良い感じになって……結婚でもしてるんでしょ?


「それで今は……」

「えっ?」


「その彼とは……」

「あぁ……私絶賛フリーですけど?」


「えっ?」


 マジ? じゃあ……


「じゃあその人は今の……」

「んー? あっ、彼の事? これもさー? 後悔してる大きな要因。彼は……」



「私の大切な人と結婚しちゃった」



 はっ? その先生の大切な人が彼の事を好きだから、先生は身を引いた。そんで結局2人は結婚? 待って? 結構ヘビーじゃない? それをなんでこの人は……こんなに笑って……


「そっ……そんな……」

「ごっ、ごめんごめん! そんな暗くしたくて話した訳じゃないよー! あのね? つまり、誰にしたって後悔や、治したい事はあるのよ? でも要は考え様だと思うの」


「考え様」

「とにかく、今日は初診だし……固い事はなしでね? とりあえず一之瀬さんの事もっと知りたいかな?」


 なんだろこの人……なんか……妙に……引き込まれる。


「えっ……そんな……」

「ふふっ。じゃあまず私の事から言おうかな? えっと、私の名前は高梨凜。独身っ! そして処女っ!」


 えっ? ちょっ……何もそこまで……


「そっ……そこまで……ふっ……」

「あっ? やっと笑ってくれたね? まだまだぁ」


 綺麗な顔してるのに、なんか変? 先生ってこんな人たちばっかりなのかな? 

 でも、結構キツイ事あんなに笑って話せるなんて……凄いな。


 ……この先生に付いて行ってみようかな?


 そしたら……私も……


「12月24日生まれの山羊座。歳は……」

「ふっ……ふふっ」



 自分がした事に……向き合えるかな?



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