第41話 求めるもの

 



 いつまで経っても、まるで昨日の様に思い出す。

 日南君と風杜さんの会話。


 自分の事じゃないのに、まるで自分の事の様に感じてしまう。

 違う……たぶん私は風杜さんに同情しているのかもしれない。烏滸がましいかもしれないけど。


 自分と同じ様な事を、日南君にしていた。

 今の彼が抱えた傷は、私と風杜さんのモノ。


 そして最初に傷付けたのは私。


 私が居なければ、ここまで日南君は苦しまなかったのかもしれない……


 そんな考えが、気が付けば頭の中を駆け巡る。


 あれからバイトで行き合う日南君は至って普通。風杜さんだって普段通り。

 もちろん2人でキッチンに立つ時もあったけど、第三者から見れば今までと何ら変わりがなかった。


 だったら、何も考えなくても良いんじゃない?

 そう思いたい。


 でも、心のどこかで、

 それじゃあの頃と変わらないんじゃない?


 聞いてしまった以上、どうにかできないか考えてしまう。

 それがありがた迷惑なのも分かる。でも……でも……


 はぁ……どうしよう。どうするのが正解なのか分からない。


 そんな時だった、それはハッキリ言って偶然だった。

 店長にシフトの話をしに事務所を訪れた時、そこに店長の姿はなかった。

 そして代わりにあったのが、来月のシフト表。誰のを見たい訳じゃなかったけど……ふと目に入ったのが日南君のところだった。

 だって、ある日以降何も書かれていなかったんだもの。そう、夏休みが終わってから……ずっと……


 ガチャ


 その瞬間、店長が来て驚いた。店長も私が居たのにびっくりしてたっけ? でも、私がシフト表を見てるのに気付いて……少し表情が変わった。

 店長は知ってるんだ。そんな気がしたんだよ。だから思い切って聞いたんだ……


「てっ、店長? もしかして日南君バイト辞めるんですか?」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ふぅ……」


 あれから考えた。

 何をするのが正しいんだろうって。


 日南君がバイトを辞める理由。思い当たるのは自分しかなかった。うぅん、もちろん風杜さんの事も少しは過った。

 ただ、確証はない。それにもし私が原因だとしたら……また私は日南君を傷付けた事になる。ウジウジしてると、逆に気に障るかもしれない。だから普段通り接していこうと頑張ったけど、その溝が埋まる気配はなかった。


 全ての行動が裏目に出ていたのかもしれない。でもそれすら分からない。

 分からないのは嫌だ。知る努力もしないで、逃げるのは嫌だ。


 だから……だから……


 ガチャ


 今度は自分から行こう。


「あっ、日南君。ごっ、ごめん。疲れてるのは知ってる。でっ、でもどうしても話がしたくて……少しだけ……時間くれないかなっ!」

「時間?」


「うっ、うん。少し……少しで良いからっ」


 ダメなのは分かってる。でもちゃ、ちゃんと日南君を見て……


「そうか。それで?」

「えっ……」


「いや、何?」

「あっ、その……」


 それは想像していなかった。今までの日南君だったら、目も合わせず冷たくあしらってた。けど今は……真っすぐ私を見ている。

 どういう事かは分からない。でも……落ち着いて? これはチャンスなんだ。日南君本人に、自分の口から聞けるチャンスなんだ。行けっ、私!


「ひっ日南君、もしかしてバイト辞めようと思って……る?」

「は?」


 いっ、言えた……言えた……でもここからだよ。


「ん? なんで? 誰かから聞いた?」


 嘘は吐かない。絶対に……あぁ店長ごめんなさい!


「えっ? あの、チラッとシフト表見てたら日南君のところ、ある日を境にずっと空白だったから。どうかしたのかなって、その……店長に……」


「あぁ、なるほどね」

「あっ、てっ店長には……」


「店長には聞かれたら言っても良いですよって、話してたから」


 えっ? 店長にそんな事を? でっ、でもそれじゃあ……


「えっ……それじゃあ」

「夏休み終わったらバイト辞める」

「そっ……か……」


 だ……よね? そうなるよね? まるっきり空白なんてそれしか有り得ないよね? 

 けど、燈子? それだけじゃないでしょ? 自分が聞きたかったのはそれだけじゃないでしょ?


 ちゃんと言って。


「ねぇ……日南君?」

「ん?」


「バイト辞めるのって……私が居るから?」

「何、いきなり」


 ちゃんと言えた。自分で言えた。これで本当の事が聞ける。逃げずに……ちゃんと向き合える。

 今まで私は、背を向けて来た。でも今は違う。ちゃんと向き合う。どんな事からでも。


「えっ。だっ、だって……日南君に嫌われてる自覚あるから。そんな人が同じバイト先に居たらさ? 誰だって嫌だって事も……だから、もしかして私が原因じゃないかって思って……」


「自覚はあるんだ」

「うっ、うん」


 いきなりキツイ……


「けどさ? 別に俺が辞める理由なんてどうでも良くない? それを聞く意味が分からないし、お前に言う意味も分からないんだけど?」

「そっ、それはそうだけど……」


 でも……受け止めて。


「何? 自分のせいで辞めるんなら、心苦しいとかそういう事?」

「はっ……もっ、もちろんそう思う。それに、私のせいでまた日南君に嫌な思いさせてるって……」


 自分の気持ちを言って……


「それだけか?」


 えっ?


「えっ……」

「言いたいのはそれだけか?」

「そっ……それだけって……」


 それだけ? てっきり……あの時みたいにたくさん言われるかと思った。なのになのに……


 なんでそんなに興味がなさそうな顔してるの? 

 ……もしかして、風杜さん? 風杜さんが……あの日の事が? でっ、でも流石にそれは言えない。盗み聞きなんて……


「あのさ? 1つ聞きたいんだけどさ。澄川、お前……何がしたいの?」

「何……って……」


 何が……したい……? えっ……私は日南君の話が聞きたくて、自分から行動に移した。あの時の自分とは違う。逃げたくないから。だから……


「嫌われてる自覚があるなら近寄るなよ。話し掛けるなよ。俺としてもそっちの方がありがたいんだけど? にも関わらず話し掛けて来るわ、同じところで働くわ。意味が分からない」


 そっ、それはそうだけど……ひっ、日南君は私を遠ざけたいって思ってるのも知ってる。

 それでも……話を聞いてくれるまで待とうと思ってる。そして私は……あの時の事を謝りたい。


「わっ、私は……私は……あの時の事をっ!」


 謝りたい。謝って………………


「あの時? そういえば正門のとこでなんか言ってたよな? 一之瀬がどうとか二木が三瓶がどうとか」

「えっ……聞こえて……」


 あっ……れ? 

 私……あれ? 


「俺の中ではどうでも良いんだよ。事実は変わらないだろ?」

「ちっ、ちが……」


 なん……だろ……? なんでなんにも言葉が出て来ないの?


「大体さ? 都合が良すぎるよな? 大学で再会したから謝ろう? なんだそれ? それで得するのってお前だけだよな? 俺は何の得もしない。ただ、あの時の記憶を引きずり出されて、最低最悪な気分になるだけだ」

「はっ……」


 私……私……



 ―――お前……何がしたいの?―――



 謝って……どうしたいの?


「その顔。単純に謝って罪悪感から逃げたいって……そんな顔だな? だとしたらふざけんな。お前があれからどうなったとか、どう変わったとかなんの興味もない。自分に酔ってんだよ……罪悪感に苛まれてる自分に酔ってるだけなんだよ。そんな茶番に俺を巻き込むんじゃねぇ、やるなら1人でやってろ!」

「あっ、あぁ……」


 わっ、分からない。自分が何をしたいのか分からない。

 謝って? それから? どうしたいの? 何したいの? どうなりたいの?


 頭の中が混乱する。何も浮かんで来ない。オープンキャンパスで日南君と出会ってチャンスだと思った。あの時できなかった事を……目の前で自分の言葉で言おう。それだけで一杯だった。でも、声を掛けた日南君に冷たくあしらわれて……謝る事だけで頭の中が一杯だった。


 けど……それからの事が分からない。それから先が……真っ暗で何も見えない。


 私はどうしたいの? 謝るだけ? その後どうしたいの?


 ねぇ? 


 ねぇ? 


 澄川燈子?


「あとはいいのか? 他に話したい事あるならどこか行くか? 何時間でも付き合うけど……じゃあ行くわ」


 あなたは……


 何をしたいの?



『凄い綺麗な花だね? 澄川さんがお世話したの?』

『うん。このお花はね? お水沢山あげると良いんだよ』


 あれ? なんだろ? すごく……懐かしい


『この本面白いぞ?』

『えっ? 本当? 日南君のおすすめ? 借りて行っちゃおうかな?』


 温かくて……心地良い


『澄川さんおはよっ』

『日南君っ! おはよう』


 あぁ……嬉しい。何気ない挨拶だけでも嬉しい


『すっげぇ』

『ふふふっ』


 その笑顔が眩しい。


『それじゃあまた明日な?』

『うん。また明日ね』


 普通の会話が……楽しい。何もかもが……



 心地良い……



 その瞬間、頭の中が軽くなる。それと同時に、何とも言えない温かさに包まれて、ぼんやりとさえする。

 何処かで感じた事のある感覚。それはひどく懐かしくて……ひどく嬉しい。


 そしてそれは……自分が求めていた……モノだった。


 そうだ……私は……私は……こうなりたかったんだ。


 あの時の事を謝って、謝って……心から謝って……こうなりたかったんだ。

 うぅん、違う。なりたかったんじゃない。


 戻りたかったんだ。


 一緒に花を見ながら話が出来る。

 何気ない会話で笑い合える……



 楽しくて心地が良かった……あの時の関係に……



 ようやく思い出した大切な事。ただ、少しそれは遅かった。

 もう日南君の姿はない。どこにも居なくなっていた。


 けど……私は歩き出す。


 ゆっくりとゆっくりと、あの日の関係に戻れる事を……



 その満月に祈りながら。



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