第40話 VS澄川
「時間?」
「うっ、うん。少し……少しで良いからっ」
そう言いながら、俺を見ている澄川。
最初は目線を合わせようとしていなかったのに、急にその目は俺を捉えている。その表情の変化の理由は分からない。
話す決心でも出来たのだろうか。それ程の
けど、正直どうでも良い。
どうでも良いけど、知らないフリをするのは止めた。
シカトを決め込んで、居ないと思い込むのは止めた。
だから、言いたい事があるならどうぞ? 俺も……そうする予定だから。
「そうか。それで?」
「えっ……」
「いや、何?」
「あっ、その……」
……なんだろう。なんで俺が話そうとすると途端に口籠るんだ? 立花もそうだったよな? まぁ……別に良いけど。とっとと……
「ひっ日南君、もしかしてバイト辞めようと思って……る?」
「は?」
とっとと本題を言って欲しい。そうは思っていた。だけどその言葉には少し驚いた。
バイトを辞める? なんで澄川が? あぁ、別に店長には聞かれたら言っても良いですよって言ったんだった。けど、だとすれば澄川が店長に聞いた? なんで? 何の為に。
そんな疑問が頭に浮かんだけど、こればっかりは知る余地もない。ただ、幸いな事に目の前には本人が居た。
分からないけど、だったら本人から聞くのが一番手っ取り早いよな。
「ん? なんで? 誰かから聞いた?」
「えっ? あの、チラッとシフト表見てたら日南君のところ、ある日を境にずっと空白だったから。どうかしたのかなって、その……店長に……」
そういう事か。てか、そこまで見てたのか? 偶然かはたまた……まぁどっちにしろ、別に隠すような事じゃないしな。
「あぁ、なるほどね」
「あっ、てっ店長には……」
「店長には聞かれたら別に言っても良いですよって話してたから」
「えっ……それじゃあ」
「夏休み終わったらバイト辞める」
「そっ……か……」
そう口にしながら、少し俯く澄川。ただ、その行動の意味が分からない。
なんで俯いてんだ? お前にとって、一緒に居たくない奴が辞めるんだぞ? 普通は嬉しいと思うけど?
「ねぇ……日南君?」
「ん?」
その良く分からない行動に、首を傾げていた時だった、
「バイト辞めるのって……私が居るから?」
澄川が急に顔を上げ……そう呟いた。
私が……居るから?
その言葉は、ますます俺を混乱させる。
「何、いきなり」
いやいや、ゴーストでバイト始めてどれだけ経ってると思ってる。大体、それが原因ならとっくの昔に辞めてる。そう思うのが普通じゃないか?
確かに最初は嫌だった。けどな? 別に割り切ってれば苦痛でもないし、意識してるほど暇でもない。
……ん? 待てよ? 澄川の奴、もしかして盛大に勘違いしてないか? 自分が居るせいでバイトが段々嫌になってとか?
「えっ。だっ、だって……日南君に嫌われてる自覚あるから。そんな人が同じバイト先に居たらさ? 誰だって嫌だって事も……だから、もしかして私が原因じゃないかって思って……」
やっぱりか?
けど、それこそお前には関係なくね? なんでいちいち、それを言う必要がある?
「自覚はあるんだ」
「うっ、うん」
「けどさ? 別に俺が辞める理由なんてどうでも良くない? それを聞く意味が分からないし、お前に言う意味も分からないんだけど?」
「そっ、それはそうだけど……」
……また俯いた。なんだよ。話したい事があるなら言えよ。俺はもうシカトなんてしないし、堂々としていようって決めたんだ。俺は何でも言うぞ? 聞かれたら何でも。何から何まで隠さずに、思うがままにな?
「何? 自分のせいで辞めるんなら、心苦しいとかそういう事?」
「はっ……もっ、もちろんそう思う。それに、私のせいでまた日南君に嫌な思いさせてるって……」
なんだそれ? 俺が可哀想だとでも言いたいのか? また嫌な思いさせるって?
……そんなの今更じゃね? それでもお前はゴーストで働いた。バイト中も何食わぬ顔で話し掛けて来た。それがいざ辞めるってなったら、心配? ふざけんなよ。結局お前は、罪悪感に苛まれた自分自身に酔ってるだけなんじゃねぇのか?
私また傷つけて……悪い女。
それを言う私……酷い女。
でも何とかしてあげたい……てか?
気持ちが悪い!
「それだけか?」
「えっ……」
「言いたいのはそれだけか?」
「そっ……それだけって……」
「あのさ? 1つ聞きたいんだけどさ。澄川、お前……何がしたいの?」
「何……って……」
「嫌われてる自覚があるなら近寄るなよ。話し掛けるなよ。俺としてもそっちの方がありがたいんだけど? にも関わらず話し掛けて来るわ、同じところで働くわ。意味が分からない」
「わっ、私は……私は……あの時の事をっ!」
……あの時? あぁ、あの時の事か? 記憶に残ってるよ。今思えば、嘘告白なんて小さな事に思える。それに引っ掛かった自分もバカだったと思える。ただ……あの時の俺は違う。
ラブレターを貰えた嬉しさ。
好きだった人に呼び出された高揚感。
紛れもなく……幸せな瞬間だった。
それを壊したのはお前だ。いや、お前達だ。
昔の事だよ。けどさ? あの時何も出来なかったからこそ、歳を重ねる内に出来れば思い知らせたやりたい。あの時の衝撃を……そんな思いが強くなる。
「あの時? そういえば大学の正門のとこでなんか言ってたよな? 一之瀬がどうとか二木が三瓶がどうとか」
「えっ……聞こえて……」
「俺ん中では、そんなのどうでも良いんだよ。事実は変わらないだろ?」
「ちっ、ちが……」
「大体さ? 都合が良すぎるよな? 大学で再会したから謝ろう? なんだそれ? それで得するのってお前だけだよな? 俺は何の得もしない。ただ、あの時の記憶を引きずり出されて、最低最悪な気分になるだけだ」
「はっ……」
「その顔。単純に謝って罪悪感から逃げたいって……そんな顔だな? だとしたらふざけんな。お前があれからどうなったとか、どう変わったとかなんの興味もない。自分に酔ってんだよ……罪悪感に苛まれてる自分に酔ってるだけなんだよ。そんな茶番に俺を巻き込むんじゃねぇ、やるなら1人でやってろ!」
「あっ、あぁ……」
何が私のせい? 今更。
謝りたい? お前のエゴだろ。結局自分の事しか考えてない。俺からしてみれば……
お前は何も変わってない。
自分の言いたい事を言った。
途端に辺りが静まり返っているのを尻目に、俺はどことなく喉につっかえていたものが消えた様な……そんな感覚に包まれていた。
目の前の澄川は、俯いて……何かを言う気配もない。
だったら、もうここに居る理由はない。そう思った。
「あとはいいのか? 他に話したい事あるならどこか行くか? 何時間でも付き合うけど」
俺の言葉に、澄川の反応は……なかった。
「じゃあ行くわ」
俺が横を通り過ぎても、澄川の様子は変わらない。
ただ、握られた左手が小刻みに震えていた。
それが何を意味しているのか分からない。俺には分からない。
一瞬だけそれを目にすると、直ぐに視線を戻す。そして俺はただひたすら目の前を見つめ、歩みを進めていた。
振り返る事もなく、ただただ……
真っすぐに。
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