第39話 約束
休みにも関わらず、何かと忙しさを感じた夏休み。
ただそれもようやく従来の姿を取り戻した気がする。
真也ちゃんの突然の訪問。あれがターニングポイントだったかもしれない。
立花について全てを話したあの日から、良い意味で予想に反する程に平穏な毎日が訪れていた。
それにどんな形であれ、真也ちゃんと連絡先を交換出来たのは良かった。
俺達にとって厄介なのは、立花の動向。
俺からしてみれば、杭を打ったにも関わらず再度宮原さんに接触しないとも言い切れない。
真也ちゃんからしてみれば、不自然な接触をしている。更には自分の感じた事を優先している宮原さんが、なぜか自分に高校の様子を聞いて来た人物。
情報を共有するのは、お互いにとって好都合。それに俺の事を完全に信用してくれたかは分からないけど、前よりはその心象も良くなったはず。
【とりあえず何かあったら連絡します】
社会の窓を指摘してから、すぐに送られてきたメッセージ。だが真也ちゃんの
【千那姉は今日も手伝いみたいです。立花に動きはありますか?】
まさかこのメッセージが、ほぼ毎日送られてくるとは思いもしなかった。
まぁ、いくら宮原さんがサークル来れる様になったら連絡すると言っても、忙しすぎて忘れてても仕方がない。そう考えると、この連絡は結構重要だったりする。
それに、あれ以降立花が姿を見せる事はなかったから、
【ありがとう。こっちの動きは特にないよ】
こんなやり取りで終わる日が殆どだった。
時々その後、
【社会の窓には注意してくださいね】
なんてメッセージが来る事もあったけど……それはそれで面白くもあり、楽しくも思える。
そしてそれを象徴するかのように、夏休みそのものにも平和が訪れていた。
鷹野や天女目とは結構一緒にご飯も行ったり、遊んだりしてる。ちなみに後少しで俺のアパートが舞台となって、例の男子会が開かれるらしい。詳しい日程は決まってないけど、もうそろそろで鷹野が動き出すみたいだ。
それと宮原さんの姿はないけど、サークルにも結構顔を出してる。なんだかんだ言ってバスケは楽しいし、何より体を動かすのがここまで気持ち良いなんて思いもしなかった。
そしてバイト。
立花はまぁ……受験勉強でバイトには来てない。それに今の所、待ち伏せもされてない。
澄川と風杜はシフトが合う事もあったけど、別に話す事もなかった。
澄川は相変わらず、何食わぬ感じだ。
でも風杜の方は、同じキッチンスタッフという事もあって必要最低限の言葉は交わす。なんとなくオドオドしている気がしなくもないけど……少し不快感を覚えるだけで、そこまで気になる事でもなかった。
夏休みらしい夏休み。
大学生らしい、平和な日々。
そして、その日は……訪れる。
【お疲れー! ごめん、明日サークル顔出すよっ!】
バイトもなく、まったりと過ごしていた夕方。そのメッセージが……送られて来た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ヤバいな。結構緊張する。
いつも通りサークルへ向かう道中、俺は柄にもなく緊張していた。
その理由は深く考えなくても分かる。宮原さんがサークルに来る……その1点だけ。
あの時は、色々あって良い意味で覚悟も決まってた。けど、少し経ったからか変な緊張感が戻っている。
ふぅ……やらなければいけない事は分かってる。なのにそれの過程を想像すればする程緊張する。
宮原さんに立花との関係を打ち明ける。その為にはご飯に誘う。更にそれを言うには、宮原さんが1人の時。
サークル始まる前がベストだけど、そこまで都合良くいくだろうか。
はぁ……ヤバいな。けど、やるしかない。次に宮原さんがサークル来れる日がいつになるか分からないんだ。だから俺は……
宮原さんを誘うっ!
そんな決意を胸に、俺は第2体育館へ足を踏み入れた。
頭の中では、誘うまでのシミュレーションが繰り返され……そんな中、靴を脱ぎバッシュに履き替えようとしたその時だった、
「あっ! 日南君っ! おはようっ!」
その登場は突然だった。
反射的に振り返ると、そこには居た。ある意味今日の目的でもある、
「あっ……おっ、おはよう。宮原さん」
宮原さんが!
やっべぇ……出来ればサークル始まる前に、1人で居る時に会いたいとは思ってたけど、こんな早くに!?
正直、平静を装っているつもりだったけど、それが出来ていたかは自信がなかった。ただ、
「ふふっ。お久しぶりだね? 元気だった?」
久しぶりに見た姿も、表情も、動作も何も変わらない宮原さん。その雰囲気に、何となく落ち着きを取り戻せた気がした。
……って、何焦ってんだよ。普通に普通に。
「元気だったよ。宮原さんは?」
「いやぁ……結構疲れちゃったかな? でも今日は久しぶりに時間取れたから! ストレス発散しまくるよっ」
うん……いつもの宮原さんだな。
「疲れか……やっぱ息抜きも必要だよね?」
「うんうん。やっぱり和装は慣れないんだよねぇ。歩き辛くて、動き辛くて仕方ないもの」
「あぁ、確かに……ん?」
「ん? どしたの?」
あれ? 聞き間違いか? 和装って言った? あれ? 宮原さんは俺が実家の事知ってるってのは分からないんじゃ? しかも自分からも言ってないよな?
「えっ? いや……和装って……」
「ん? あぁ、手伝いの時に着るやつだよ?」
「手伝い……」
「あれ? 千太から聞いたんじゃないの? 私の実家の事」
っ! ちょっと、バッシュ履きながらサラッと何言ってんの? えっ? これは鷹野が言ったのか? でも、別に怒ってはない様な……
「そっ、それは……」
「んー? おかしいな。前に聞いたんだけど? 千太から。すまんっ! って」
やっぱり鷹野かよっ!
「あっ、うん。でも知ってる人の方が少ないって聞いてたから……」
「ふふっ、全然良いよ? 日南君と天女目君だったら」
「なら良かったよ」
「もしかして、言わないように釘刺されると思った?」
「……少し」
「あっ、酷いなぁ! 怒るなら千太にでしょ? それにね? いつかは2人にも教えなきゃって思ってたんだ」
「そうなの?」
「うん。なんか隠し事みたいでさ? 言わないで居るのちょっと嫌だったから。でもなかなかタイミングがねぇ……いきなり言ったら、何コイツ? とかって思われそうだし」
「いや、多分滅茶苦茶驚くよ?」
「本当ー?? ふふっ」
隠し事……その言葉が胸に響く。
別に実家の事なんて、言わなきゃ言わないで当たり前だと思う。それをそういう風に思ってくれているという事は、宮原さんは俺達を友達だと思ってくれているんじゃないか?
そう思いながら俺達は体育館に入ると、ロッカーに向かって歩き出す。幸いまだ誰も来ていないみたいで、2人のバッシュの底が床に擦れる音だけが体育館に響いている。
そしてその状況は、またとないチャンスだと思った。
だったら、自分も……
「ねぇ宮原さん?」
「うん?」
「今日サークル終わったら……時間ある?」
「えっ? どしたのー?」
「いや……えっと……」
「んー?」
あぁ、やっぱ緊張するな。でも……こんな絶好の機会、早々ないぞ? ここは……行けっ!
「ごっ、ご飯でもどうかな?」
「ご飯っ?」
「いやっ、サークル終わったらお昼だろ? お腹もすくし、それに宮原さんおすすめの店とか教えてもらいたいなって思って。この辺詳しくなりたいからさ?」
「なるほどっ! 確かにお腹すくし、日南君もまだまだこの辺り慣れてないよね?」
ん? これは……好感触?
「だから……どうかなって」
「いやぁ。誘ってもらえて嬉しいな……」
えっ? この感じは……
「……でもごめんっ!」
だめっ!?
「いやぁ本当に嬉しいんだけど、今日はちょっと先約があってさ?」
くっ……最悪だ。
「先客が居るなら……仕方ないよ」
「ごめんね? 真也ちゃん今日登校日だから、終わったらご飯食べに行こうって約束しちゃって」
はっ?_真也ちゃん? 真也ちゃんってあなたの姪の?
…………ふざけんなよっ! 俺の邪魔してどうすんだよっ! 滅茶苦茶大事な事じゃね? てか、俺が自分で立花の事話すって知ってるよね? しかも前に会った時に登校日だって言ってなかった!? こんな短い間隔であるのか?
あぁ、もう……今日に限っていつものメッセージ来てないしさ?
頼むよ真也ちゃん……
「あっ、でも日南君?」
「えっ、あっうん」
「明日ってサークル来る?」
明日もサークルは午前中だよな? もちろん来る予定で居るけど……
「明日も来るよ?」
「じゃあ、明日っ! 明日ご飯行こう?」
えっ?
「えっ? 明日は旅館の手伝いはいいの?」
「うん。大丈夫。だから今日はごめんね? でも日南君が良いなら、明日どうかな?」
こっ、これは……まだ天に見放されてはいない!
「宮原さんがオッケーなら、是非お願いします」
「了解っ! ランチが美味しい店選んでおくね?」
「自分で言っといてあれだけど……期待してます」
「ふふっ、まっかせなさーいっ!」
……うぉ、良かった。とりあえず真也ちゃん。いろいろ言いたい事はあるけど……今度にするよっ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
よっと。
バイトが終わり着替えを済ませた俺は、ロッカールームを後にした。
ただ、今日に限って言えばいつものバイト終わりよりも、少し浮ついた気持ちだった。
ふぅ。宮原さんと約束が出来たのは大きい。
今日無理だって言われて、どうなるかと思ったけど……とりあえずは良かった。
結果はどうであれ、宮原さんに本当の事を自分の口から言える。
その機会を得られた事が嬉しかった。
でもなぁ、どんな反応されるかな。けど、どっちにしても後悔はない。立花との事……言うだけだ。
ガチャ
そんな思いのまま、裏口の扉を開けると……辺りはすっかり静まり返っていた。とは言っても、もはや見慣れたもので、特に何かを感じる様な光景でもない。
さて……帰るか。
明日の事以外は、全てがいつも通り。俺は迷う事なく、帰路につこうとした。だが……
「あっ、日南君」
どうやらそれは間違っていた。
このパターンは、何度も経験してきた。待ち伏せて、執拗に近付く。
ただ、それはついこの間蹴散らしたはずだった。
けど、今日は違う。それはその声を聞いた瞬間……理解が出来た。
出来れば聞きたくない3人の声。その内の1つ。聞き間違える訳がない。
俺は、そっと……その声がした方へ視線を向ける。すると影から……その姿は現れた。
おいおい、それは立花の得意技だろ?
「ごっ、ごめん。疲れてるのは知ってる。でっ、でもどうしても話がしたくて……」
よりによって、それを真似するんじゃないよ。
「少しだけ……時間くれないかなっ!」
……澄川。
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