第38話 鳥渡の狼狽

 



 うぅ……なんか体が痛い。背中もお尻もなんか痛い。


 そんな体を蝕むような痛みが何なのか、意味が分からない。ただ、ゆっくりと目を開けると、その先はぼやけて良く分からない。


 ん? なんだ? 床? なんで床で寝てる?

 そんな疑問を感じながらも、次第に視界は晴れていく。そしてようやく思い出した。

 あっ、ここ天女目の家だ。


 そう言えば、昨日結構遅くまでゲームやら何やらで盛り上がって、俺先に寝ちゃってたんだな……なんか薄っすら2人の声聞こえてったから、あの後も起きてたんだろうな。


 間接の節々の痛みを感じながらゆっくり起き上ると、テーブルの上にはお菓子やジュースが見事に散乱。

 しかも天女目がなぜか床で寝ていて、部屋の主を差し置いて鷹野がベッドで寝ているという信じられない光景。

 あの後なんかあったのか? そう思わずにはいられない。


 まぁそれはおいといて、近くにあった自分のスマホを手に取ると時間は11時を回っている。今日はバイトも休みでサークルも夕方から。とはいえ、もう1度寝られる気がしなかった。


 ……とりあえず家帰って寝るか?


 そうと決めたら、この散らかった部屋を片付けないとな? これ位はしないと。



 よっし。とりあえずゴミは片付けたし、半端のお菓子の袋も閉じた。それなりに元通りにはなったよな? じゃああとは天女目に小さな声で……


「おーい」


「おーい、天女目」

「うっ、うーん」


「俺先帰るな? 部屋はとりあえず片付けたから」

「えっ……うぅんわかったぁ」


「じゃあな?」

「またねぇ」


 よし。じゃあ帰るか。


 外に出ると、真っ先に直撃する日差し。その眩しさに思わず目を逸らしてしまう。

 いや……結構な時間起きてたからなぁ。ドラキュラにでもなった気分だ。


 そんな日差しにも徐々に慣れつつ、俺はゆっくりとその足を進めた。

 えっと、帰るならこの裏門から構内通った方が早いな? じゃあ行くか……


 こうして、目の先にある裏門を目指して歩いて行く。

 とりあえず、シャワー浴びたいかな? んでちょっと寝て……


 なんて事をボーっと考えていた時だった、裏門のすぐ影に誰かの気配を感じた。


 ん? っ!!


 視線を向けると……そこに確かに居た。むしろなんで? そんな印象が強かった。

 夏休み、しかもここは黒前大学だぞ? なんで……


「あっ……おはようございます。日南太陽さん」

「えっ、あぁ……おはよう…………真也ちゃん」


 なんで君がここに!?

 会うのはあの日以来。ただ、その目には何を考えているかわからない宮原真也。

 その人が立っている。


 反射的に挨拶を返したものの、この状況の理解は出来ない。まず第一に、なぜここに居るのか。その理由が分からない。


「……なんでここに居るんだ? みたいな顔してらっしゃいますね?」

「えっ……」

「今日は登校日だったんです。それでついでに来ました」


 そっ、そういえば何かとこっちが考えてる事見抜いてる……そんな感じの子だったよな。っと、登校日で? ん? でも私服だよな? しかもついでに来た? 何の為に?


「あなたに会いに」


 あなたに会いに。

 その一言と、浮かべる表情に……あの日の事が蘇る。


『千那姉を傷付ける事だけは、何があっても許しません。それだけは……止めて下さいね』


 彼女が俺の所に来たという事は、考えられるのは1つしかない。宮原さんの事か……それとも立花の事か。


「ちなみに黒前高校の登校日は私服での登校も大丈夫なんですよ」

「なっ、なるほどね」


 もしくはその両方か?


「って事は、何か聞きたい事でも?」

「はい……サークルに来られるかと思って待ってました」


「そっか。でも今日のサークルは夕方からだよ?」

「時間はあるので、必要ならずっと待っていようと」


「マジ? 裏門から来なかったら?」

「私も今来たところで、丁度良いタイミングで出会えました。本当は第2体育館の前で待ってようと思ってたので」


 ……それを本気でやろうとしてた? 信じられないけど、この子ならやりそうな気がする。しかも今日は私服だし大学生だって言われても……気付かないかもしれない。

 ……だとしても……正直怖いな。けど……


「凄いな。でも君ならやりそうだ」

「嘘を言ってどうするんですか?」


「ごめんごめん。じゃあ、折角だし行こうか?」

「あっ、でもサークルがないのに大学へ来たという事は何か用事が……」


 俺としても丁度良かったのかもしれない。


「そこの友達の所で遊んだ帰りだから。えっと、逃避行で良いかな?」

「そうですか……はい」


 君にも話しておかなきゃいけないから。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 こうしてまさかの真也ちゃんとの遭遇で、俺達はもはや馴染みと言っても良い程お世話になった……喫茶店逃避行へ足を進めた。


 ゴーストの前を通るのはなんか嫌で、別の道を通って行ったけど、特にそれについての質問はなかった。

 そして店内に入ると、またしてもいつもの店員さん。そしていつもの席に……辿り着く。


 あぁ、もしかしてまた逃走出来ない様にかな?


「じゃあ俺がこっちのソファかな?」

「いえ、どっちでも大丈夫です」


 まさかの言葉に違和感が否めない。ただ、そうなると……


「いいよ。好きな方座って?」

「……分かりました」


 この状況じゃ、女の子優先かな?


 するとどうだろう、真也ちゃんは迷う事なくソファの席へ腰を下ろした。

 となれば俺は椅子。この時点で、この前とは違う……一体何をしようというのか……


「すいませーん」

「はーい」


「ブレンドコーヒーと紅茶お願いします」


 とりあえず、今日は算用子さんは居ない。いや、別に居ても良いけどさ。

 ……今は目の前の真也ちゃんに集中しよう。


「ふぅ。お忙しい所ありがとうございます。と言っても、私が来たという事は大体想像出来ているかと思います」


 やっぱり予想通り。


「立花の事かな?」

「……流石ですね」

「お待たせしました―」


「ありがとうございます。だったら話は早いですね。飲み物を嗜みながら……色々とお話ししたいです」


 真也ちゃんの聞きたい中身までは分からないけど、まずはこっちから先出ししといたほうが良いな。何事もさ? それに真也ちゃんは前の時点で勘付いていた気もするし。


「良いよ。あぁ、最初に謝っとく。俺君に嘘ついてたよ。ごめん」

「嘘……」


「嘘というか黙ってたと言うか。俺と立花は知り合いだ。というより、幼馴染だよ。まずそこを先に言っときたい」

「……そうですか」


 その反応は……やっぱり気付いてたか。


「でも丁度良かったです。私も嘘ついてました」

「ん?」


「この前は、千那姉と立花心希が話してる所を何度も見たと言いましたけど。本当は1度しか見てません。何度も見たと言った方が、日南さんの反応が大きいかと思って」

「1度か……」


「でも、内容は本当です。まぁ信じるも信じないも証拠がない以上、日南さん次第ではありますが」


 なるほど。何度も話してる=それほど俺の事を話してる。それを知った俺の反応を見たと? いや、1度でもそんなの聞かされたら驚くよ。けど、その嘘も今となってはどうでも良い。

 立花の反応は、それを認めてるようなものだったからな。


「いや信じるよ」

「えっ……」


「あの後、立花と色々あってさ? その話したらあからさまな顔してた」

「話したって……」


「大丈夫。真也ちゃんの事は言ってないよ」

「そう……ですか……」


「まぁそれを信じてもらえる材料かどうかは分からないけど……言おうか?」

「なっ……何をですか?」


「俺と立花の関係。というか……昔話」

「……良いんですか? では……お願いします」




 それから俺は、立花について全てを話した。

 昔からの事や、幼馴染として過ごしてきた事……あの出来事。更には、そのお陰で女の人と話す時も一線を引いてしまう事も。


 その内容には、流石の真也ちゃんも目を見開いて……最後には目が泳いでた。まぁ最初に話を聞けば、その有り得なさと、衝撃に……何とも言えない顔にもなるだろう。

 ただ、途中で話を遮る事なく……ただただ聞いてくれていた。




「って事。だから立花が宮原さんに言ってる事は嘘なんだ。俺も今まではなるべく関わらない様にって思ったんだけどさ? ちょっと考えが変わっちゃって」

「……だっ、だからあの時……どっちつかずな反応だったんですね?」

「そうだよ」


 真也ちゃんは久しぶりに言葉を零したかと思うと、何か考えているような素振りを見せる。

 必死に整理しようとしているのか……もしかすると俺と立花どっちが嘘をついているのか判断しているのか……


「ふっ、ふぅ……正直、予想以上に凄くて驚いてます。聞いただけでも、なんというか……」

「ははっ。でも、あまりにも出来過ぎてて、作り話だって思われても仕方ないのは承知してるよ」


「作り話にしては妙にリアルな感じがしますよ? けど、その相手とまさか黒前で出会うなんてツイてない……どころか運が悪い。いえ、良いのかも……」

「ははっ。それは……言えてるな。でも、結果として良かったと思ってる」


「良かった?」

「自分の言いたい事は言えたしさ? まぁあっちは何か言えない事情があるみたいで……全部が全部聞けてはないけどね?」

「……なるほど。そうですか……」


 俺が口にしたのは、全部本当の事。けど、真也ちゃんにとってこの話は余りにも出来過ぎていて、嘘だと思われても仕方がない。残念ならが俺にはそれを証明できるだけの証拠も何もない。

 ただ、それでも俺は……


「あっ、でもさ? この事宮原さんには言わないでくれるかな?」

「言わないで?」


「あぁ。仕方ないとはいえ、俺は宮原さんに嘘言ってる。その事も含めて、この話は俺自身の口から直接言いたいんだ」


「……分かりました。というより、言うつもりありませんよ?」

「えっ?」


「言ったじゃないですか。私が心配したら千那姉は逆に私を心配して、誤魔化すに決まってます。それに真っ先に日南さん。今なら立花にも突撃しそうですもん! この前だって、日南さんに会った事は言いましたけど、その時の会話とかの内容は架空の物を教えましたし」

「そっか。ありがとう」


 ……やっぱりこの子は、本気で宮原さんを心配してるんだな。それだけの存在って訳か、宮原さんは。


「でも、これで大体分かりました。というより、私が聞こうと思ってた事全部言ってくれましたしね?」

「やっぱり、立花との関係を聞きたかったの?」


「はい。実は数日前に千那姉から聞かれたんです。立花さんって高校でどんな感じ? ……と」

「聞かれた?」


「高校の話は千那姉も知ってると思うんですが、ニュアンス的には高校でどんな感じ? そう捉えました。つまり、今の彼女が気になる何かが起きたんじゃないかと思って」

「なるほど……また宮原さんに近付いたとか?」


「はい。だから、もしかすると立花は日南さんにも何かしたのでは? 変わった様子はないか……聞きたかったんです。バイト先も一緒なのは知ってますし。あとは、本当に関係はないのか……それも」

「そこまでか……流石だな。それならさっき話した通りの関係で、色々あった。そして一昨日か? いつもの様にバイト終わりに待ち伏せしててさ? そこで話をしたんだ」


「そうだったんですね……」


 そう言うと、真也ちゃんは紅茶を1口飲み、俺を真っすぐ見つめた。その目には……ただならぬ雰囲気を感じさせる。


「日南さん? 聞きたいです。私は前に言いました。千那姉を傷付ける事だけは、何があっても許しません。それだけは……止めて下さいね……と。あの時はどちらを信じて良いか分かりませんでした。でもさっきの話を聞くと、あなたは幼馴染に裏切られた。ただ、その関係に巻き込まない為に、千那姉に嘘をついた……そう言う事になります」


「そう……だね。嘘は嘘だけどね? それにさ? 俺だって怖いんだ。どんな理由でも仲良くなった異性に裏切られるのは……親しい仲になればなるほど、その衝撃は大きいからさ?」

「……なるほど。わかりました」


 カップを置くと、真也ちゃんは1つ大きく息を吐いた。そして、


「ありがとうございました。お話聞けて良かったです」


 そう口にすると、深々とお辞儀をする。

 これは信じてもらえたって事なの……かな? まぁそれならそれでいいけどさ。


「全然だよ」


 じゃあ後は、この変な空気を和ませるか。


「そういえばさ? 宮原さんってか、家の方は大丈夫?」

「家?」


「えっ? だって旅館今忙しいんでしょ? 宮原さんも手伝いしてるから、サークルにも顔出せてないだろうって……」

「そっ、その話誰からっ!」


 えっ、何焦って……ってしまった! これって知らない人の方が多いんだっけ!? ヤバイヤバイ……でもここは……すまん鷹野!


「えっ? あぁ……鷹野から……」

「たっ、たか…………もう、せんちゃん……」


 ん? 今せんちゃんって……


「せんちゃん?」

「えっ! あっ! ごっ、ごほん。せっ千太ですよね? 言ったの! 全く……」


 なんだなんだ? いや、家も近所らしいし真也ちゃんて鷹野も仲良いんだろう。でも、ちょっと焦ってなかったか? 初めて見る表情だったぞ?


「とっ、とにかくその事は……」

「あぁ、内緒だろ? 分かってるって」


「ふぅ……あぁもう。なんでこんな……」

「……ん?」


「こっ、こっちの話ですっ!」


 えぇ? なんで怒られた? いや……良く分かんないんだけど……


「とっ、とにかく。今日はありがとうございました」

「えっ? あぁこちらこそ」


「えっと……あっ、そうだ。もしよかったら、連絡先交換しませんか? ストメやってますよね?」


 えっ? 連絡先? なんか嫌な予感がするけど……逆に考えれば、もう変な事はしないと思うけど……立花の動向を知るには、同じ高校に通ってる真也ちゃんの情報はデカい。


「あぁやってるよ? ストメ」

「ID交換しませんか? 立花心希の動きとか知りたいですし、千那姉の様子も……」


 だったら……有りだな?


「良いよ交換しよう」


 こうして、連絡先を交換した俺達。

 認識としては協力関係と言っても良いんだろうか? ただ、明確に俺の事を信じているとは言ってくれなかったし、まだ悩んでいる部分もあるはずだ。


 それもそのはず。あんな出来事があったなんて、直ぐに信じられる訳がない。


 とはいえ、真也ちゃんとやりとりが出来るのは、やっぱり大きい。

 宮原さんには今日会った事も内緒という事で話も付いた。これは両名にとって意味がある。




「それでは失礼します」

「はいよ。じゃあね?」


 お辞儀の後、背を向けて改札へ向かう真也ちゃんの後ろ姿を眺めながら……俺はしみじみと考えにふけっていた。


 ここまで心配される宮原さんって、本当にどんな人なんだろう。真也ちゃんだけ見れば、親族だからって見方もあるけど……鷹野も算用子さんからも、サークルの先輩達からもマイナスなイメージは殆ど聞かれない。


 ただ、それ以上……知るのが怖いのも事実だった。


 ……考えても仕方ないか。とりあえず今は、目の前の事だけに集中しよう。


 とにかく、真実を話す。自分の口からきちんと。



 まずは……それからだ。






 ピロン


 ん? ストメ……って真也ちゃん?


【すいません。面と向かって言えませんでしたけど……】


 ん? なんだ?


【社会の窓が全開です】


 ……っ! まじ……? ……マジじゃねぇか! 


 そっ、そう言う事はもうちょっと……



 先に言ってくれっ!!



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