第37話 多忙な宮原さん
店長にバイトを辞める事を伝えた。
立花にも言いたい事を告げた。
店長の言葉は正直嬉しく、そして感謝しか浮かばない。
そして立花。バイト中もバイトの後も、あれだけ俺の前に現れておきながら、話をした途端焦り出した。そしてあの話には酷い拒否反応。何を考えているのか分からない。ただ、1つだけ確信した。
あいつは宮原さんに会って、話をしていた。嘘偽りを語っていた。
最後のあの表情は……何で知ってるの? そう言わんばかりのモノだった。
『はっ……はっ……』
その肩を動かす息遣いが、本当なのか……どうでも良い。
鬱陶しかったその鼻を折る事が出来て、普通なら多少はスッキリでもするんだろう。
ただ、シャワーを浴びても、ベッドに横になっても……そんな爽快感は感じられない。
自分でもどこか理解していたのかもしれない。
まだ終わりじゃない。
まだ解決してない。
宮原さんに……言わなきゃ。
俺が宮原さんに言った立花との関係。
立花が宮原さんに言った俺の姿。
そのどちらも嘘だ。
本当は今日、言うはずだったけど……色々あって言えなかった。
でも立花に会って改めて思った。真実を告げるには早い方が良い。
そんな事を頭の中で考えながら、俺は……眠りについた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その翌日、俺は宮原さんにその事実を伝えようと……サークルに足を運んだ。
元々、サークルで会った時に誘おうと計画していたし、今までの宮原さんの参加頻度を見るとすぐにその場面は訪れると思っていた。
……だが、そう上手く事は進まなかった。
サークルに足を運んでも、宮原さんの姿がなかった。
マジか? 今日に限って来ないのか……
上手くいかないとはこの事だろうか。決心を胸に秘めて来ると噛み合わない。この時点で、少し嫌な予感が頭を過る。
2度ある事は3度あるっていうよな? ……もしかして立花が何か!
そうなると、バスケどころじゃなかった。
そして、全く集中出来ずにやたらと疲れが溜まった体を動かして……スマホに手を伸ばした。
こっちからメッセージ送るのもな……あっ、でも宮原さんからも来たよな? じゃあ……大丈夫大丈夫……えぇい、送ってしまえ。
【お疲れ。サークル居なかったけど、大丈夫? あっ、念の為連絡してみた】
なんか昨日の宮原さんからのメッセージのパクりみたいだけど……大丈夫か?
こうして、何とも言えない緊張感の中で送ったメッセージ。
ただ、その返事が来たのは結構時間が経ってからだった。
それは数時間後、ゴーストのロッカールームで着替えている時。
あぁ、返事来ないな? まさか本当に何か……
ピロン
ん? メッセージ? ……あっ。
何気なく画面をタップすると、そこに現れたのは宮原千那という名前。
【ごめん! 急に忙しくてさぁ。暫くサークル行けないかもっ! 心配掛けてごめんね?】
ん? 忙しい? けど、文章的には……あいつに脅されてとかそういう風には見えないな? ここで変に追求してもあれか? じゃあとりあえず……
【全然だよ。昨日のお返し。とりあえず落ち着いたらまたサークルで】
これで良いかな? ……っと。
【了解! 行けそうになったら連絡するねっ】
その理由は分からないけど、本人が言ってるんだから邪魔はダメだよな。とりあえず、話するのは……宮原さんが落ち着いてからにしよう。
そんなやり取りを終えると、俺はロッカールームを後にし、ホールへと向かった。
結局、そのメッセージの通り、宮原さんはそれから暫くサークルに姿を見せなかった。そして、参加するというメッセージもないまま数日が経ったある日……
「それじゃあー」
「「かんぱーい!」」
俺……いや? 俺達は……天女目のアパートに集合し、男子会を開いていた。
まぁ例の如く、突拍子もない鷹野のメッセージから決まった男子会。
夏休みとはいえ、各々の都合も考えてこういうお誘いは遠慮していた。それに天女目とはゴーストで顔を合わせてるし。ただ、それに我慢が出来なかったらしい。
しかも、その場所として指定されたのが俺か天女目の家。
【どうせならご自宅拝見しようぜ?】
そして協議の結果、今回は天女目の部屋に決定。次回は必然的に俺の部屋だそうだ。
こうして集まった俺達。
けど、言われてみれば天女目のアパートに来るのは初めてだった。その距離は黒前大学から徒歩30秒。広さは俺のトコより狭いけど……
「てか部屋綺麗すぎじゃね? てか、必要最低限のモノしかなくね?」
「確かに……」
鷹野の言う通り、スッキリとした部屋の中はかなり広く感じる。
そして始まったのは、
「そうかなぁ?」
「いやっ! 待て日南! いくら天女目でも
「……だな?」
「えっ? あれって……」
「となれば……まずはベッドの下だぁ!」
「おぉ!」
「えぇぇぇ」
もはや恒例行事だった。
そんな事をしつつ、他愛もない話で盛り上がる。
そんな空間は楽しくて仕方なかった。
笑って、イジって、また笑って。
こんな事が出来るなんて、入学前は夢の話だった。あくまで願望だった。でも、こうして現実に出来てる。
それもまた、ここ黒前に来たからこそ……感じられる喜びだ。
こうして、お菓子やらジュースやら乾物やらを頬張り、ゲームで熱戦を繰り広げていたその時……何となく、あの事が頭に浮かんだ。
自分でも気付かない内に、テンションが高くなっていたのかもしれない。俺はなんの迷いもなく、ごく普通に鷹野に問い掛けていた。
「あっ、そういえばさ? 宮原さん忙しいらしくて、最近サークル来てないんだけどさ? 何か知ってる? 鷹野…………って! 紫甲羅使うんじゃねぇ!」
「ん? あぁ、今のシーズン忙しいかもしんないな……うりゃぁ!」
「忙しい? って、こら天女目! 抜け抜けと!」
「じっ、実家の方が忙しいと思う。夏の祭りシーズンだし、その手伝いだろうな? おい! 天女目!」
「ふっ、ふふぅ。実家って、宮原さんの家なにかやってるのぉ?」
「千那の家は……旅館だっ! あぁぁ!?」
「やったぁ1位だぁ。えっ? 旅館?」
「2位いただきっ! って……」
ん? 今なんて言った? 旅館……? 聞き間違えか?
「かぁぁ、最悪だ!」
「鷹野? 今の聞き違いじゃないよな? 旅館って言ったか?」
「ぼっ、僕もそう聞こえたんだけどぉ」
「聞き間違いじゃねぇよ? あいつの家、旅館やってんだ。宮原旅館」
「りょっ、旅館って人が泊まるぅ……」
「それしかないだろ?」
って言っても、マジか? 実家が旅館? けど宮原さんも鷹野も算用子さんも、そんな事今まで一言も……
「本当か? 全然知らなかったぞ」
「うんうん」
「まぁ、それ知ってるのは少ししか居ないからな?」
少し?
「それってどういう……」
「あれだよ。家が旅館だって知ったらさ、どうなると思う?」
「どうってぇ……」
「あれだ。無料で泊めて-、安く泊めてー。私達友達でしょ? まぁそんな奴らが出る訳よ」
「そんな奴ら……」
「もしかして近付いて割引とかねだったりぃ?」
「そうそう。小学校の時は人数も少ないし近くの奴らばっかだから、千那の家が旅館だってのも知ってた。だから逆にそういう汚い奴らは居なかったんだよ。でも中学校になると色んな小学校の奴らが集まるだろ? 他の小学校出身の、そういう先輩にバレてさ? 教室に来るわ、校門前で待ち伏せされるわ……結構問題になったんだ」
問題か……
「俺達もさ? 集団で帰ったりしたよ。それに千那ってああいう性格だから、同級生からは慕われたんだ。結局、親も出てきての話し合いで一応は解決した。でも、どっからか聞こえてくるんだよな。旅館の娘だからって調子にのってる。せっかく泊ってやろうとしたのに……とか。あいつ気にしてない素振りだったけど、結構キテたと思うんだ。だから俺達も絶対言わないって決めた。あいつが自分から言わない限りさ?」
……マジか? そんな事が? なんか今の宮原さんから想像出来ない過去なんだけど……って! 待て待て! そんな事言ってるけどお前!!
「って、それ僕達に言って良いのぉ!?」
「たっ、確かにっ」
「お前らは大丈夫。あいつが話してる様子見ても楽しそうだし……って俺の独断だけどな? ははっ」
おいおい……良いのかよ……
「いや、確かに仲は良いと思うけど、結構驚いてる。あっ、じゃあ算用子さんは!?」
「もちろん知ってるぞ?」
「ははっ、それ聞いてちょっと安心したぁ」
「まぁ、大学生にもなってそんなモラルに欠けた事するような奴は居ないだろ? それにお前等なら大丈夫だって自信もある」
「その自信ってどこからぁ? ふふっ、でも嬉しいなぁ」
「確かに……でも鷹野からモラルって言葉が出るとは……」
「なんだと! ちくしょう、悔しいからもう1回勝負だっ!」
「次も負けないよぉ?」
「俺が1位だ」
お前等なら大丈夫。
一見この場の雰囲気に流されてのモノにも感じるけど、それでもその言葉は素直に嬉しかった。
そして、こうして馬鹿みたいに騒げる。
こういう関係は……最高だ。
そんな中、思わぬ形で宮原さんの実家の話が聞けたのは驚いた。まさか旅館だとは……
確かに今のシーズンは結構お客も多そうだけど、タイミング悪かったよなぁ……でも手伝いなら納得だよ。
だとしたら、話出来るのは当分先かな? でもまぁ……いいか。
ちゃんと話せる……自信はある。
「止めろ止めろ! 雷止めろぉぉぉぉ」
「おっ先にぃ。またいちばぁん」
「悪いな? お星様効果で無効なもんで……2位だ。なぁ鷹野……お前……」
「うっ、うるせぇ! もう1回だっ!!」
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