第35話 異才の愚行

 



 夏休み。せっかくの夏休み。

 けど、受験勉強のお陰でバイトには行けなくなった。

 正直、いよちゃんの顔を見れないのは残念で仕方がない。


 でもまぁ、他にやれる事はあるけどね? 色々とね?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 降り注ぐ日差しが、夏だって知らしめる。別に夏は嫌いじゃないから別にいい。


 あっ、キャミ着てミニスカート穿いて、いよちゃんの所行こうかな? ギリギリ見せれば意識するんじゃないかな?


 なんて思いながら向かった先は、黒前大学の裏門。

 バイトでも、いくら待ち伏せしてもいよちゃんの態度は変わらない。そこが狙いじゃないけど……だったら別な事をすればいい。


 別な所を壊せばいい。


 そのターゲットはもちろん宮原千那。

 今まで2回会ったけど、全然話に乗ってくれない。


 いくらその危険性を説いても、


『ははっ、本当に心配ありがとうね?』


 だって? マジでどうかしてる。大学で会ったばかりの男より普通は高校の後輩信じるもんじゃない?

 いよちゃんは私との関係は絶対話さない。だから宮原千那がいよちゃんに聞くだけで、亀裂は入るのに。


 ……でもまぁいいや。色々と……吹き込むだけだから。


 そんなこんなで、裏門付近に到着すると、私は宮原千那の姿を探した。確かバスケのサークルに入ってるのは調べ済み。夏休みだってそうでしょ? 時間は分からないけど、午前中にやってるならこのお昼に終わるはず。お昼からでも行く途中で行き合う。


 休みでもいいよ? 図書館で勉強するって言って……時間はあるから。暗くなるまで……って、来た!


 その時だった、裏門から宮原千那が現れた。それも今日も1人。やっぱりツイてる。じゃあ行こうか。


「あっ、あの……」

「あっ、立花さん? こんにちは」


「こっ、こんにちは」

「今日はどうしたの?」


 ここまでは流れ通り。


「えっと、私黒前大学志望してて、ちょっと見学しに来たんですよ」

「へぇーそうなんだっ!」


「あっ、でも……」

「うん?」


「宮原さんに会えて……良かったです」

「会えて良かった?」


「えっとその……日南太陽の事です」

「えっ? あぁ日南君の事?」


 上手く持って行けた。あとはどうにかして……壊す!


「やっぱり危険です。私昨日呼び出されたんですよっ!」

「えっ?」


「知らない番号から電話来て、その相手が……それで夜に1人で来いって……」

「1人で来いって……どこに?」

「駅裏の公園です」


 知らない人はいないでしょ? 小さな公園で住宅の中にあるけど……夜になれば人の姿は消える。しかもトイレに入ればほぼ密室の出来上がり。


「公園って……」

「来なかったらどうなるか……そう言われて……きっと私が日南太陽のこと知ってるのがバレたんです。その口止めだと思って」


「バレたって……えっ? 私は何も……」

「知ってます。先輩はそんな事する人じゃないですもん。もしかしたら他に誰か……仲間が居るんです」


 これでちょっとは信用してくれた? ……仲間……同じ東京……居ない? あなたの知り合いで、東京から来た人がもう1人。


「仲間って……」

「私怖くて……でも他の友達に何かあったらイケないから……行ったんです」


「行ったの?」

「はい。そしたら殴られはしませんでした。でも物凄い剣幕で怒鳴られて、トイレのドアとか蹴りまくってて……怖かった」

「……」


 さすがに引いたよね? 良い表情してる。


「だから、ホントに気を付けてください。心配なんです! 宮原先輩の事が!」

「……そっかぁ。ありがとうね?」


「とにかく離れてください。お願い……します」

「うんうん。とても心配してくれてるの分かったよ。とりあえずは、頭の中に入れとくね?」


「はっ、はい!」

「それじゃあ私は行くよ。それじゃあバイバイ?」


「さっ、さようなら!」


 ……来た。あの顔確実に疑心暗鬼になった。

 じゃあ止めに、今日の夜久しぶりにバイト終わりのいよちゃんを誘いに行こうかな? シフトは把握済みだしさ? 


 そしてあとは、宮原千那がいよちゃんに追求するのを……


 待つだけ!





 ……だと思っていたのにっ!!!


「自分がした事、忘れてんじゃないだろうな?」


 えっ? 


「意味? じゃあ言ってやろうか?」


 まって……


「家が向かい同士で、小さい頃から暇さえあれば遊ぶ位に仲が良かった。信用もしてたし信頼もしてた。だから、小学校時に起こった出来事も話した。それを聞いて怒ってくれた姿を見て嬉しかった。そんな幼馴染とは、同じ中学校へ。変わらず一緒に登校して、一緒の部活で汗を流した。部屋に行って遊ぶのはもちろん、買い物に行く事も多くなった。そんな関係が続いた中で、今まで抱いていた感情に少し変化が訪れた」


 なっ、なんでこうなるの?

 いっ、いつもの通り無視されてもその姿を見せたかっただけなのに、話し掛けて来て……驚いたのに! 

 ちょっと期待もしたのに……なんで? なんで?


「だから告白した。けど、その幼馴染の答えは保留だった。少し残念だけど、仕方ない……そう思った。けど、その答えを聞く事はなかった」


 その話は、いよちゃんにとって思い出したくない、言いたくない事でしょ? なんでそんな軽々しく、こんな場所で言えるの? 私の事……私との関係を秘密にしたいんじゃなかったの!?


「次の日、学校へ行くとある噂が広まっていた。友達に聞かれたよ。幼馴染に告白したのか? 本当なのかって。その時知ったんだ自分はフラれたんだと。まさか噂で聞くことになるとは思わなかった。ただただ、落ち込んだ。それが幼馴染の返事なんだと打ちひしがれた。結局……その幼馴染からは何の返事も連絡もなかったんだから」


 ……っ! 噂……噂……あっ……うっ…………


 きっ、如月……

 葛霧ぃ……


「やっ、やめ……」

「その幼馴染がお前だ! 立花心希っ! 忘れたとは言わせないぞ?」



『だって前々から思ってたんだけどさ? 立花さんって可愛いじゃん?』

『今日放課後話そうよ』

『そういえば、本当に可愛いよね?』



 うっ……



『そうそう、おはよう。そういえばさ夏休み中、皇次と何回遊んだ?』

『おぉ、良かった。じゃああいつの思い通じたんだな』

『ノーコメントって事はそういう事でしょ? 良かった良かった。じゃあねー』



 うぅ……



『いやぁ、流石皇次。鷺嶋と鏑木、柳沼達……悔しがってたぞぉ?』

『ただの遊び』

『甘い言葉に乗せられて、ホイホイ惚れる女の方が最低だと思うけどな? じゃあなぁ簡単尻軽女さん』




『ごっ、ごめん! いきなり過ぎて……返事待ってくれない?』




「やめ……止めてよぉ!」


 頭が痛い。

 吐き気がする。

 嫌だ……あいつらの顔が……浮かんでくる。

 憎たらしい……憎たらしい……あの顔。


「止めないね。てか、俺からすれば事実なんだ。それとも? 何か変なところあったか?」


 やだ……


「……い」

「ん?」


 嫌だ……


「……ない」

「ないんだな?」


 思い出したく……ない……あいつらの事を……言えない……言いたくない……


「……えない……言えない」

「言えない? なんで?」

「言えないっ」


 嫌だ。あんな事ここで言えない。


「はぁ……違うところがあるならハッキリと言えば……」

「こっ、ここじゃ言えない……」


 誰が聞いてるか分からない、ここでなんて言えないっ!


「ここって?」

「だっ、誰かに聞かれるかもしれないじゃないっ!」


「いや、俺は全然良いよ? どうぞ?」

「……っ! わっ、私は嫌、嫌」


 なんで? なんでそこまで? 何があったの? 今までのいよちゃんと違う。私の関係とかそんなのどうでも良いって……全部話しても良いって……?

 分からない。本当にいよちゃんなの?


 日南太陽なの?


「はぁ? 意味が分からないぞ? ご飯行ったら聞かせてくれるんじゃないのか?」


 あぁ……


「話になんねぇな? じゃあ俺は行くわ」

「えっ……あっ……」


 まっ、待って……


 意味が分からない。頭が付いて行かない。

 目の前の人は、今までの彼とは全く違う。その変わり様が怖くて……声すらまともに出せない。


「あぁそうだ」


 あっ、本当に待ってくれた。

 いよちゃん、少し話を……


「言うの忘れてた。お前さ? 俺の事言いふらしてるみたいだな? 素行が酷い……だって?」


 ……っ!!


「あのさ? もしそれが本当なら……止めろ。どうもお前は、俺がお前との関係を言えないと思ってるみたいだけどさ? あり得ないぞ? 俺はもう、何でも話せる」

「はっ……はっ……」


「だからさ? 俺の大切な友達やら関係者に……二度と近付くなっ!」


 そう言い放ち、私なんて気にする素振りも見せずに……遠ざかるいよちゃん。

 私は……私は……動けなかった。何も考えられなかった。


 ただ、その事実が突き刺さるだけ。


 いよちゃんは私との関係を隠すつもりなんてない。

 いざとなれば、私との間にあった出来事を……私がした事を言うつもりだ。


 そして……私が……宮原千那に嘘を言っている事も知ってる……


 ……全部知ってる……んだ。

 全部言えるんだ。



 ……あぁ……何してんだろ私。全部無意味で、むしろ自分の首絞めて……



 ただの……笑い者じゃん



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