第34話 目撃者の葛藤
「だったら逃げずに、ずっとそんな気持ちのまま怯えて過ごせ! 四六時中、四方八方から感じる視線に怯えてろ!」
「……しっ、視線?」
「あぁこっちの話。とりあえず、話聞けて良かったよ。踏ん切りがついた。義理とか格好良さとかプライドとか考えずに、やっぱ自分の為に生きないとな?」
日南君のその声は、確かに聞こえた。でも私は……動く事を忘れていた。
……違う。動けなかった。
忘れ物を届けに来て、そしたら2人が居て……そのままこの公園に来た。
いけないとは思ってた。盗み聞きなんて最低だと思う。
でも、気になっちゃって……最初は軽い気持ちだった。けど急に話が……結局2人が居るベンチと反対側の入り口近くにあったトイレの影に隠れちゃってさ?
でも……本当なの? 日南君と風杜さんが……付き合ってた? しかも退学って……
自分の事じゃないのに、心臓がドクドク波打ってる。息が詰まりそうになる。
それ程までに、目の前で交わされていた会話が衝撃的で……にわかには信じられないモノだった。
「じゃあ先輩。さようなら。また会う日まで」
あっ、日南君が!
その声にハッすると、思わず身を乗り出して日南君の影を目で追った。こっちに来たら息も止めて隠れないと……そう思っていたけど、反対の方から日南君は公園を後にした。
もしかして居酒屋戻ったのかな? ふぅ……
一瞬訪れる安堵。ただ、
「ごめんね……太陽。言いたくなかった。でも君にはもう、嘘言えなかった……」
「ごめんね? 楽しいはずの大学生活邪魔して。バイト先にも姿見せて最悪な気分だったよね?」
その悲し気な風杜さんの声は……
「私は驚いたよ。でもね? それと同時に嬉しくも感じた。自分でも分からなかったけどね? でも、今こうして全部話して……その理由が分かったんだ」
「……私は君の事が好きなんだって。本当に……」
「でもごめんね? もう遅いよ……本当に……ごめんなさい」
なぜか自分の胸に……強く響く。
ベンチから聞こえる、風杜さんのすすり泣く様な声。
それがあの時の自分に重なる。
何も言えなかった。ごめんなさいも、本当の事も言えなかった。
ただ、泣きじゃくる事しか出来なかった。
あの頃の自分に。
暫くすると、風杜さんも公園を後にした。
私はその後ろ姿をただじっと見ているだけだった。
気持ちが分かる……なんて、烏滸がましいのかもしれない。それでも風杜さんの言葉に胸が痛くなったのは事実だった。
驚いたな。本当に。
それに……日南君の高校の時の話も聞けた。
私が言えた事じゃないけど、2人の話が本当なら……結構なショックだよ。でも、今の彼が抱えた傷が、風杜さんのモノだけじゃないのは分かる。
最初に傷付けたのは私。その傷に、傷が重なって大きくなった。
私が居なければ、ここまで日南君は苦しまなかったのかもしれない……
その重い足取りのまま、居酒屋へ戻ると……そこに日南君の姿はなかった。
店長の相手をしている天女目君の話だと、戻って来ると眠くなったからって言って帰ったみたいで、テーブルの上にはお金が置かれていた。
「そういえば風杜さん居たぁ?」
「うっ、ううん。追い付けなかったよー」
いつも通り、優しい顔で話し掛けてくれる天女目君。そんな彼に、普段通り話せたかは分からない。
そして申し訳なくも思った。
ごめんね天女目君。嘘吐いてごめんね? でも……これは言えないよ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
次の日、バイトに来た日南君の様子はいつもと変わらないものだった。
複数の注文を素早く捌き、もはやキッチンスタッフとして文句のない姿。
とても、昨日の人物と同一人物だとは思えなかった。
ただ、そんな彼が苦しんでいる事を知っている。
だからこそ……その姿が強がりなんじゃないかって不安になる。
でも、彼は私を遠ざけている。
普段通り接していこうと頑張ったけど、その溝が埋まる気配はない。
そんな相手に心配されたらどうなるか……
けど……
ガチャ
裏口の扉を開けると、辺りにはまだ人の姿が多く見える。
人が居ないから早めに店閉めたから……いつもより早いな。どうしようかなご飯……冷蔵庫に何入ってたっけ……
なんて、そんな事を考えながら歩いていると、昨日通った小道が視線に入り込む。
あっ……
思い出す、昨日の光景。昨日の話。
日南君は普通だった。でも、次にシフト一緒になったら私、風杜さんと上手く話せるかな?
普段のバイトとは違った、女性の姿。その理由も知っているからこそ、今まで通りに話せるか不安になる。
どうしたらいいんだろ? 私はどうしたらいいのかな?
このままで良い?
でもそれじゃあの頃と変わらないんじゃない?
でも、赤の他人に心配されるなんて……特に日南君には余計なおせっかいだって言われるよね?
それに風杜さんだって、私なんかに盗み聞きされてたのを知ったら……
はぁ……どうしよう。
私、どうするのが正解なんだろう……
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