第32話 大人の貫録

 



 気がつくと、そこには真っ白い天井が広がっていた。見慣れているかと言えば、そうとも言い切れない。ただ、ここ数ヶ月で1番見てきたものだ。


 そして、背中に感じる柔らかい感触は、自分が自分の部屋で、自分のベッドで寝ているのだと教えてくれる。


 ……っ!


 意識がハッキリしたかと思うと、襲い掛かる頭痛。

 一瞬、風邪でも引いたのかと思ったけど……


 あぁ……あれか。


 その原因らきらしきモノは直ぐに分かった。というより思い出したと言うべきだろう。

 断片さえ浮かべば、あとは滝の様に頭の中に流れてくる。


「……まさに知らぬが仏ってやつだな」


 本当の事を知りたいのは事実だった。ただ、それは余りにも残酷で、悲しいものだった。けど……


 結果として聞いて良かった。ある意味踏ん切りが付いたんだ。


「ふぅ」


 1つ息を吐くと、俺は微かに痛む頭を擦りながら起き上がった。すると


 ピロン


 そんな音が耳に入り、その元を探そうと辺りを見渡す。

 幸いな事に、それは目の前のテーブルの上に置かれていた。


 えっと……そもそも今何時だ? って11時? 


 11時、その時間はもはやお昼に近い時間だった。アラームを消した覚えがない程に熟睡してたんだろうか? そんな疑問が頭に浮かんでいると、待ち受け画面に表示されたメッセージに目が向いた。

 メッセージは2件。その表示をクリックした途端最初に現れた名前は……


【宮原千那】


 宮原……あっ!


 宮原さんの名前と11時。その内容は、見なくてもなんとなく分かる気がした。


【おはようー! 日南君今日サークル休み? 昨日来るって言ってたけど姿見えないから……念の為連絡してみましたっ!】


 やっぱり……だよな? あぁやっちまったか? すっかりサボりだな? まぁ強制参加じゃないとはいえ、昨日ガッツリ言ってたもんなぁ。それで? もう1件は……


【天女目光】


 天女目? 


【日南君? 朝早くにごめんね? その……やっぱり昨日の事が気になってさ? 日南君本当にバイト辞めちゃうの? 居酒屋戻ってきて暫くしたら店長にいきなり言うからさ? あの……こんな事言うのは変だけどね? 何か悩んでる事とかあったら言ってね? 頼りにならないかもしれないけどさ?】


 バイト辞める? 

 ……あぁ、俺本当に言ってたんだな。


 正直、あのあとの事は殆ど覚えてない。

 辛うじて腹が立ってたというか、興奮してたと言うか……頭に血が上ってた気はする。


 夢でも見てるかのような感覚だったけど……俺言ったんだ。しかも天女目の前で。だったら、こんなメッセージ送るよな? 要らない心配掛けちゃったな。

 ごめん天女目。ちゃんと直接謝るよ。でもさ……ありがとう。


【心配かけてごめん。何かあったらすぐ相談するよ。お前の事頼りにしてるからさ?】


 ……っと。あとは宮原さんか。そういえば今日……ご飯誘って、本当の事言おうと思ってたんだよな。立花の事とか。

 けど、まずは1つ最初にケリ付けなきゃいけない事が出来た。だから……


【ごめん、普通に寝坊したっ! 今度はちゃんと行くよ! 心配かけてすいません】


 宮原さん……今日は無理だ。でもちゃんと話す、包み隠さず。


 ピッ


 ふぅ。これで良し。じゃああとは……店長に話すだけだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「お疲れ様です」


 いつもの服装に着替えホールへ入ると、そこには目に見えて具合の悪そうな店長が、カウンターに寄りかかっていた。


「うーお疲れー」


 完全に昨日の後遺症だろう。この様子じゃ、俺が口にした言葉も覚えてないはず。

 それに、今日のキッチンスタッフは俺と板倉さん。天女目もあいつも居ない。

 話すなら、今日しかない。


「店長? 具合の悪い所申し訳ないんですが、バイト終わったらお話良いですか?」

「んー? 悪いけど口説くなら……」


「……真面目な話です」

「…………わかった。閉店後で良いか?」

「はい」


 店長は空気の読める人だ。

 今だって俺の目が真剣だと分かると、茶化す事なく対応してくれる。

 本当に出来る人だ。だからこそ申し訳ない気持ちがある。でも……もう無理なんです。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「さって、何かな? 話って」


 平日ともあって、今日はいつもより早めの閉店を迎えた。もしかしたら、店長が話す時間をくれたのかもしれない。空気も読めるし、目配りのできる店長なら十分考えられる。

 とはいえ、静まり返ったゴーストに、2人きり。準備は……整った。


「実は……」


 俺はゆっくりと話し始めた。

 最初はその言葉に驚きを隠せなかった店長。シフトか? 時給か? それとも健康面で……なんて色々心配してくれた。

 そんなのは満足してる。むしろたかがバイトに、そこまで気を遣ってくれて嬉しい位だ。


 希乃姉も、詩乃姉も信頼してる能登店長。

 だからこそ……俺は本当の事を話した。


 澄川の事、立花の事……風杜の事。

 本当にいきなりで申し訳なかったよ。店長、目も口も開きっぱなしでさ? アルコールが入った姿とは違う店長の顔が見れた。


 でもさすがは、1つの飲食店を任されている店長。突然のイレギュラーにも慣れっこなんだと思う。冷静に落ち着いて……俺の話を聞いてくれた。そして……


「何というか……マジか? って言葉しか出ないよ」

「いえ、本当にいきなりですいません」


「いやいや。むしろそんな……何と言うか人間関係があったとはつゆ知らず。それにしても……偶然にも因縁めいた人達とここまで行き合うなんて」

「ですよね? 俺も驚いてます」


「でも、そんな状況で良くここまで働いてくれたよ。ありがとう」

「えっ?」


「いやいや、私が太陽の立場だったら速攻で辞めてるって。でも、耐えてここまで居てくれた。私と希乃さん達の事も考えての事だろ? 大学生に気を遣わせてしまって、私もまだまだだな」

「そっ、そんな。店長のせいじゃないです」


「ふふふっ、ありがとう。でもな? 私は嬉しいよ。そんな言うのもキツイだろう話を、ちゃんと私に教えてくれて」

「店長にはお世話になりました。良くしてもらってる自覚もあります。だから、辞めるにしたってちゃんと理由を話すのが筋だと思ったんです」


「そっか。そう言われるとなかなか嬉しいな……分かった。それじゃあ日程とかも決めとくか? いつから辞める? 明日か?」

「えっ!? 明日っ!?」


「いやいや、こんな状況だと一刻も早く辞めたいだろ? そこは汲んでやらないと」

「それはそうですけど、そこまで甘える訳にはいきませんよ」


「ん? そうか?」

「はい。とりあえず、あと少し……夏休みまででお願いできませんか?」


「わかった。それで調整しよう」

「ありがとうございます」


「あと、皆には直前まで知られない方が良いよな? 特に3人には。まぁ任せろ、守秘義務は守る。それに太陽にした事は結構あれだけど……バイトの一員としては優秀なんでな?」

「そうですね。でも聞かれたら言って頂いても大丈夫ですよ?」


「ん? 良いのか?」

「はい。もう……吹っ切れたんで」


「そうか。全く……もったいない人材が居なくなるなぁ」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ガチャ


 裏口の扉を開けると、結構店長と話をしていたからか、辺りはすっかり静けさを増していた。


 ふぅ。とりあえず店長に全部言った。包み隠さず。最初は驚いたけど、俺に同情してくれて……辞めるのを快く受け入れてくれた。


 めちゃくちゃ良い人だ。めちゃくちゃ良い雰囲気で、楽しくて……働きやすい場所だった。

 辞めたくはない。でも、辞めなきゃいけない。


 ……あの3人が居る限りは。


「あっ、いよちゃん」


 そんな思いに耽っている時だった。突如として耳を通った……耳障りな声。

 そしてそれに気が付くや否や、


「バイト終わるの遅かったねぇ」


 俺の目の前に現れた1人の姿。


「ねぇ、一緒にご飯でもどうかな?」


 それは久しぶりと言えば久しぶりに見る姿。その私服姿に、受験勉強に勤しんでいるとはいえ高校も今は夏休みなんだと再認識させられる。


 ただ、その姿を目にして感じるのは……うっとうしさよりも怒り。


『えぇ。あの人は私が東京に居た時の先輩。日南太陽って名前ですよね? 結構素行が酷いんです。私の友達も酷い事されて……自分は引っ越したけど、その友達に話を聞くとやっぱりずっとそんな感じだったみたい。そんな人と関わってる千那姉が心配……だって』


 宮原さんの妹に聞いた……あの行動、あの言葉に対する腹立たしさと、憎しみだけだった。


「ねっ? いよちゃん? 高校も夏休みだから、ちょっと帰るの遅くなってもいいんだよ?」


 そういえば、お前も色々とやってくれてるみたいだな?


 ここいらでハッキリさせておこうか。なぁ?



 立花心希っ!!



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