第30話 それは惨禍か、僥倖か

 



 大学に入って初めての夏休みを、私は殆どバイトに費やしていた。


 ゴーストの皆は優しくて、働くには良い環境。けど、改めて……彼女と出会ったのは……驚いた。


『そういえば……なんであなたも黒前に? 澄川燈子さん』

『なんでここに居るの? まさか、いよちゃんのストーカー?』

『ここ選んだのも、少しでも近付きたいから? それって良い迷惑じゃない?』


 その通りだ。彼女の言っている事は正しい。

 とはいえ、それ以外バイト中は至って普通。他の人が居る手前なのかもしれないけど……


 けど、おかげで……色々吹っ切れた。


 日南君に声を掛けたら、冷たくされるって……罵倒されるって覚悟はしていた。

 でもそれでも、私は自分のした過ちを悔い続けないといけない。


 本当は面と向かってちゃんと謝りたい。けど、それを日南君は望んでない。

 だったら? ビクビクしてちゃ腹が立つよね? 迷惑だよね? だから……普通にする。


 普通にして、日南君が……普通に話してくれるまで待ち続ける。それしかない。

 そんな日が来るかは分からないし、可能性は低い。


 でもどうせなら……ちゃんとした姿を見せ続けたい。何も出来ずに逃げるのはもう嫌なんだ。


 そんなバイトにも慣れた時だった、店長から新しいキッチンスタッフが入った……というより復帰って言った方が正しいのかな? そんな話を聞いた。それも女性でキッチンスタッフ。


 私は店長が自信満々に話す姿を見て、良い人なんだってなんとなくだけど確信があった。

 そして、現れたのは……圧倒的な大人っぽさを醸し出す綺麗な人。


 ウェーブがかった茶色の髪の毛。整った顔立ち。泣きぼくろがセクシーで色っぽさを具現化したような……理想の女性。


 その名前は風杜雫さん。

 こんな人と仲良くなれたらな……なんて思っていた時だった。


「澄川さん! 今日これから皆でご飯行かないっ?」

「えっ? 皆で?」


「うん! 私と天女目君、風杜さんに……太陽。風杜さんの復帰祝いと親睦会も含めて……どう?」


 みっ、皆でご飯? 夏休み始まってからは……最初の頃に宮原さん達と食べに行ったのが最後だったっけ。

 それに風杜さんも? これは仲良く……色々お会話聞けるチャンスかも。でも……日南君。私が行ったら、絶対嫌だよね……って! 違う違う。こういう状況も利用しないと。


 普通に……話し掛けるチャンスじゃない。嫌がられるかもしれないから程々に。でも普段と変わらない雰囲気で……少しでも前までの私とは違う。変わったんだって姿を見せる。


 それしか……方法はないんだ。だったらここも……


「はいっ! 喜んで!」


 逃げちゃダメっ!



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ききっ、来てしまった。居酒屋。

 でも、店長が上手く話題を振ってくれて自然と話は盛り上がってる気がする。


「だぁぁー、飲んでるかぁ? チミ達! 若い内になぁ……」

「店長、僕達未成年ですからぁ」


 今もある意味ヤバい。

 店長の変わり様にはかなり驚いたけど、それよりも驚いたのが風杜さんの事。


 事情があって今はバイトをしているらしいけど、大学進学に向けて準備中らしい。

 それにまさか地元が東京だなんて。それに歳も1つ上。自分と比べると、そのポテンシャルの違いに唖然とする。けど、見れば見るほど……話をすればするほど……理想の女性の姿だ。

 包み込むような雰囲気に、優しい言葉。その全てが完璧だ。


 あと……日南君も……普通に話してる。うん……いつもの日南君の姿だ。


「あっ、そろそろ私帰らないと」


 そんな時だった。風杜さんは徐にそう口にすると、鞄から財布を取り出す。


「えぇーもう帰るのぉ?」


 正直私も同じ気持ちだった。けど時計を見ると、ここに来てから結構経ってるし、時間も時間。

 私達は夏休みだけど……仕方ないのかもしれない。


「すいません。でもまた誘って下さい? 絶対来ますから」


 それにまたゴーストで会えますよね?


「くぅぅ、仕方ない。けど澄川と天女目と太陽! お前らはまだだぞぉぉ」

「店長、飲み過ぎじゃないですかぁ?」

「ちょっ、店長。性格変わり過ぎですって」


 店長も相変わらずだな。


「ふふっ、それじゃあゴーストでね? あと、これ私の分のお金です」

「あっ、お疲れ様でした!」

「これからも宜しくお願いしますねぇ」

「くぅ……あっ、こら太陽! 途中まで送ってあげなひゃいよー。こんな夜に可愛い子ちゃん1人は危ないぞー」


 えっ? 日南君? あっ、でも確かに……


「えっ? 店長何言ってるんですか? 家は近くなんで大丈夫ですって」

「男見せろよタイヨー。天女目は女だから無理だぁ。こりゃ店長命令だぞー」


 この時間に1人は危ないかも? 私なんかは良いとして、風杜さんみたいな綺麗な人は絶対に。


「ったく、はいはい分かりましたよ」

「えっ?」


 それを引き受けてくれる……優しいのは変わってないんだね。


「途中まで……送ります」

「でも……」

「よっし、もう一杯! 太陽、戻って来たら再開だぞ? さっさと行ってきなー。あとしずくぅー、自分の姿見てみろ? その可愛さに危機感持てー、甘えられるのも若い内だけだぞぉ」


 私の事以外は……あの時と一緒だ。


「もうダメですって店長」

「ははっ、ここは従っておいた方が良いかもしれないですよぉ」


「……じゃあ……お願いします」




 ふぅ。とりあえず風杜さんが帰って……って、


「ごくっ、ごくっ……ぷはぁー。よっしゃ、今度は日本酒行こうかな?」


 どんだけ飲むんですか店長!


「店長!?」

「もう止めておきましょうよぉ」

「いいのいいのー。ボタンーほら燈子っ! ボタン押して」


 えぇ…………ん?


 その時だった、ボタンの方へ目を向けた瞬間、テーブルの上に置かれてたハンカチが目に入った。可愛らしいデザインのそれは、まさしくさっきまで風杜さんが座っていた場所の目の前に置かれていた。


 あれ? もしかして風杜さんの忘れ物?


 ハンカチ……大事な物だったりしたら? けど、店長に渡して貰えば……


「お前も飲むだろ? 光ぅ。お猪口2つ貰おうっ!」

「だぁかぁらぁ、僕は未成年ですってぇ」


 ……ダメだ。店長に渡したら無くしそう。かといって私、風杜さんのシフト分からないんだよなぁ。上手く被るかわからない。

 2人が出て行って、そんなに時間経ってないよね? だったら……


「天女目君? 風杜さんハンカチ忘れたみたい。間に合うかもしれないから、私ちょっと行ってくるね?」

「えっ? うっ、うん分かったぁ」

「んー? トイレかぁ燈子ぉ?」


 急げば大丈夫!




 店を出た私は、急いで辺りを見渡す。当然それらしき姿は見当たらない。

 だったら、大通りにとりあえず出てみよう。


 駅前の大通りに出ると、左手にはゴーストの姿。そして建物の光が幸いしたのか、遠くまで人の姿は結構鮮明に見える。


 えっと…………あっ!

 その時だった、チラッと見えた2人の姿。そして後ろを歩く人の服装。それは今日の日南君の格好で間違いはなかった。


 ゴーストを過ぎたすぐの道に入って行くその姿に……私は確信した。まだ間に合うと。


 駆け足で道路を渡り、ゴーストの前を通る。そしてその小道に入った……その瞬間だった。

 その追い掛けていたはずの2人の姿は……止まっていた。


 あれ? どうした……


「……そろそろ良いんじゃないですか? 知らないふりするの。まぁ俺が先に言ったんですけどね」


 その声は、日南君のモノで間違いなかった。

 けど、それ以上にその聞こえて来た言葉の意味が分からない。でも、その意味を理解するのに時間は掛からなかった。


 えっ? 知らないふり? どう言う事?


「久しぶりですね。先……いや……」


「風杜……雫……先輩」



 せっ……先輩? 待って、これって……


 日南君と風杜さんは、



 知り合い……なの?



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