第29話 諦念

 



 はぁ……胸が息苦しい。

 目の前がクラクラする。


 君の記憶からなくなりたい?

 それが君の1番の幸せ?

 その気持ちを最後まで貫けばいい?


 何言ってんの……?


「あれ? ハンバーグセット1つ足りないですね」

「ハンバーグですかぁ? あれ? 風杜さん?」

「えっ? あっ、ごめんなさい! すぐ……」


「ごめん、オムグラタンってどうなってる?」

「オムグラ……はっ! …………すいませんタイマー鳴ってたの気が付かなくて」


「マジかー。仕方ない。私お客さんに言って来るから、急いで作ってね?」

「すっ、すいません! 店長」


「僕オムグラやるんで、風杜さんはハンバーグの方お願いしますぅ」

「ごっ、ごめんなさい。天女目君」

「全然ですよぉ。今デザートの注文ないですし。パスタ担当の日南君は休みなしみたいなもんですからぁ」


 無理だよ。

 そんなの無理に決まってる。


 久しぶりのバイトだからブランクがあるとか、そんな問題じゃない。

 同じ空間に……ううん。隣に君が居るのが、こんなにも緊張して……怖いなんて。


 被害妄想だって分かる。けど、何も言わなくても伝わる。

 当たり前だよ。その位酷い事を私はしたんだ。消えたい、なくなりたいのも……自分自身が耐えられないから。


 自分の為なんだ。


 手が震える。汗が止まらない。


 私は私は……



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 結局ミスばっかりだった。

 迷惑掛けてばかりだった。

 久しぶりだからとか言ってもらえたけど……申し訳ない気持ちでいっぱい。


「ふぅ、お疲れー風杜さん、久しぶりだったけど疲れてない?」

「大丈夫ですよ」

「ホント凄いですよぉ、風杜さん!」


 本当に、店長には助けてもらってばかりだな。

 天女目君も凄いな。スピードも盛り付けももう慣れてる。

 それに……


「どうせなら、これから皆でご飯でもどうですか?」


 えっ……ご飯!? このメンバーで? でもどうして君の口から……


「私も明日午後出勤だしー、乗った!」

「僕もOKですぅ」


 2人は……行くよね? 雰囲気からして、もう仲が良いって感じだもん。じゃあ次は……


「風杜さんどうする?」


 私だよね……


「そう……ですね……」


 君が居るのが怖い。それこそ皆の居る場で、私のした事を……全てを言うのかもしれない。

 それをされても仕方がないんだ。


 けど……この流れ。

 この雰囲気。

 店長にも、天女目君にも、嫌な雰囲気だけは見せたくない。

 それすら君の思惑なの? 私を追い詰める為の? そう……だよね?


「……是非是非。行きましょう」


 自業自得……だよね?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 それからホールスタッフの澄川さんも交えた5人で、駅近くの居酒屋へと向かった。

 最初は不安で仕方がなかったそれも、始まってしまうと意外な程普通なモノな気がした。


 店長は案の定次第にテンションが高くなり、良い具合に話を掻き乱してくれる。それが話を弾ませてくれた。


 その話の中で、色々と分かった事もある。

 澄川さん、天女目君、そして君の3人は、黒前大学の学生である事。バイトしてる時点でそうだと思ってたけど、どうしてよりによって黒前大学に来たの? と……思わざるを得なかったよ。


 そして天女目君は宮城県出身。

 君はもちろん、澄川さんもまさかの東京出身だと知って驚いた。

 確か立花さんも東京から引っ越して来たんだよね? 受験に向けて休んでるらしくて、丁度入れ替わりになっちゃったけどさ。


 それ位かな? 君は大学で、友達も出来て楽しく過ごしている。

 そしてバイト先でも、店長を始め仕事仲間とも仲が良い。


 ……凄く充実してるんだね。


 だったら尚更……私が居て良い場所じゃないんだ。だからそろそろ……


「あっ、そろそろ私帰らないと」


 居なくなろう。


「えぇーもう帰るのぉ?」

「すいません。でもまた誘って下さい? 絶対来ますから」


「くぅぅ、仕方ない。けど澄川と天女目と太陽! お前らはまだだぞぉぉ」

「店長、飲み過ぎじゃないですかぁ?」

「ちょっ、店長。性格変わり過ぎですって」


 ホント、アルコールが入った店長は凄い変わりようだなぁ。それに付き合ってくれる皆……良い雰囲気だな。


「ふふっ、それじゃあゴーストでね? あと、これ私の分のお金です」

「あっ、お疲れ様でした!」

「これからも宜しくお願いしますねぇ」


「くぅ……あっ、こら太陽! 途中まで送ってあげなひゃいよー。こんな夜に可愛い子ちゃん1人は危ないぞー」


 ……えっ? 待って……


「えっ? 店長何言ってるんですか? 家は近くなんで大丈夫ですって」

「男見せろよタイヨー。天女目は女だから無理だぁ。こりゃ店長命令だぞー」


 ダメだよ店長。2人きりなったら……


「ったく、はいはい分かりましたよ」

「えっ?」


 私逃げ切れない!


「途中まで……送ります」

「でも……」


 あぁ……そっれだけはダメだよ。絶対に君は私を問い詰めるよ。

 逆の立場だったら、私だってそうする。突然居なくなった人と出会ったら……そうするに決まってる。

 でもね? 言いたくないよ。君は真実を望むはず。それでも私は……本当の事を言いたくないよ。


「よっし、もう一杯! 太陽、戻って来たら再開だぞ? さっさと行ってきなー。あとしずくぅー、自分の姿見てみろ? その可愛さに危機感持てー、甘えられるのも若い内だけだぞぉ」

「もうダメですって店長」

「ははっ、ここは従っておいた方が良いかもしれないですよぉ」


 でも……それを3人は知らない。

 知ってるのは……私と君だけ。3人を巻き込みたくはない。自分のせいで変な気に、嫌な雰囲気にはさせたくないよ。

 ……ふぅ。これも自分のせいなんだよね。うん……


「……じゃあ……お願いします」

「わかりました」


 お願いします。




 黒前駅前には、すっかり人影が少ない。そんな中、私達は無言で歩いている。

 そんな中、後ろにいる君の視線は……私を真っすぐ見ている様な気がした。


 そしてゴーストの前を通り、すぐに見える小道を曲がる。それはいつもの帰路で間違いない。建物の光はなく、街灯の光だけが点在する住宅地は見慣れた光景だった。一般家庭でこの時間まで起きている人は少ないははず。駅前とは違う静かさが……それを物語る。


 ただ……覚悟はした。

 見ての通り人の姿はない。誰も居ない。


 話し掛けるなら……このタイミングが……


「……そろそろ良いんじゃないですか? 知らないふりするの。まぁ俺が先に言ったんですけどね」


 だよね? 見逃してくれるはずないもんね?

 その声が聞こえた瞬間、私はゆっくりと歩みを進めていた足を止めた。


「久しぶりですね。先……いや……」


 覚悟を決めないといけない。言いたくない、本当の事を言えば君がどうなるか想像もできる。


 でも、君が望むなら……


「風杜……雫……先輩」


 全部話すよ? 



 ……太陽。



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