第28話 入り交じる胸臆

 



 あぁ……頭がボーっとする。


 気にするな。集中しろ。

 そう思えば思うほど、


「オムライス出来ました」


 耳に入るその声で、また逆戻り。


 自分は今一体、どんな気持ちなのか。それすら良く分からない。

 怒り? 

 当たり前だ。あの屑教師と関係を持っていたのは事実だ。だから何も告げずに居なくなったんだろ?


 知りたい?

 事実は変わらない。けど、その答えを知りたい事はある。もしかしたら何か事情が有って? けど、それを今更聞いてどうなる? 果たして意味はあるのか? 


 いや……もしかすれば、自分でもどこか理解はしているのかもしれない。


 全てを聞いて、ハッキリさせる。


 そうしない限り、心の中に染み込んで、頭の片隅に永遠と住み着くトラウマそれは消える事が無いって。


 だったらさっさと問い詰めれば良い?

 分かるさ。けど、その顔を見ると嫌でも思い出す。


 あの時の優しい言葉。

 笑った笑顔。

 隣に居た姿。


 ただ、それらは一瞬で消えさる。

 そして生まれるのは……怒り。


 それらを裏切ったんだと言う憎しみ。


 問い詰めろ。

 なんで話す必要がある。

 いつまでもトラウマに苛まれるぞ?

 それでいい。こいつは知らない。全くの赤の他人だと思えば楽だ。

 そうやって来た結果がこれだぞ? 結局何処に行ったって……



 逃げ切れる訳がない。



 あぁ……ムカつくな。この人も俺も。

 やっぱ……


 初めましてなんて無理だ。

 抑えるなんて無理だ。


 色んな感情が入り混じって仕方ない。当たり前だ。


 あの理由だって聞きたい。そしてそれ以上に……憎くて仕方がない。

 そう思う位に、俺はあの時……確かに好きだったんだから。



 ……だったら。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 一気に静けさを増したキッチンでは、既に明日の準備や掃除が行われていた。

 まだ閉店時間ではないけど、ここまで来るとお客が来る事は殆どない。ホールスタッフも片付けが終わると、ひっそりと雑談タイムが始まる。それは今日も例外じゃない。


「ふぅ、お疲れー風杜さん、久しぶりだったけど疲れてない?」

「大丈夫ですよ」

「ホント凄いですよぉ、風杜さん!」


 その様子を見る限り、店長はもちろんだけど……天女目も先輩に対しては良い印象を持ってる。

 そして意外とノリが良いのも知っている。


 バイト中、結構考えた。

 許す許さない。そんなの関係なしに、俺があの記憶から逃れるのには……話さないといけない。何も分からないままじゃ、この煮え切らずに時折締め付けられるような感覚からは一生逃れられないから。


 ただ、それを……その状況を先輩が許すか。

 そう考えると、限りなく不可能に違いない。あの時の行動を見れば、当然だ。俺から逃げるに決まってる。


 どうするべきか。

 ……俺だけじゃない、他人を巻き込もう。これが俺の出した答えだった。


 店長、天女目ごめん。


「どうせなら、これから皆でご飯でもどうですか?」

「えっ、ご飯?」

「おぉ?」


 別に確証はない。けど、2人で話すのは無理。だったら大人数で集まればいい。そしてタイミングを見計らって……捕まえるしか方法はない。


「ご飯ねぇ」

「この時間でも居酒屋は開いてますよね? それに俺達休みですし」

「確かにぃ! 夜更かしは全然良いですよ」


 それに……店長とは結構仲が良いはず。周りの人と話してる感じを見ても……このゴーストが居心地の良さそうな感じはした。


 新しい人を交えたご飯……どうだ? まぁダメだとしても、こういう機会は作り続けるけど。


「私も明日午後出勤だしー、乗った!」

「僕もOKですぅ」


 2人は良いな。あとは……


「風杜さんどうする?」

「そう……ですね……」


 どうだ?


「……是非是非。行きましょう」


 来た。


「じゃあこのメン……」

「あっ、そう言えば澄川さん! 外の看板お願いしてたんだった。彼女も誘って……飲み明かすかっ」

「良いですねぇ。僕未成年ですけど、こういう場は大好きなんですよぉ」


 澄川……あぁそう言えば今日は久しぶりに被ってたな。

 ……いや、今はどうでも良い。とにかく最初の誘いが上手くいったのは大きい。


 後は……タイミング。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「だぁぁー、飲んでるかぁ? チミ達! 若い内になぁ……」

「店長、僕達未成年ですからぁ」


「風杜はぁぁ? 今年で20歳じゃろー?」

「ふふっ、まだ誕生日来てないんですよ」

「あっ、そうなんですね? それより風杜さんて大人っぽいからもっと年上の方かと思ってました」


 駅近くの居酒屋。

 テーブルに座る5人。親睦も含めた食事会という名目だけど……思いのほかその場は盛り上がっている。


 これも店長のおかげかもしれない。まさか飲むとこういう風になるとは……いつもの姿とは真逆だ。

 まぁおかげで話も自然と弾み……色々と話は聞けた。


 地元は東京である事やら、バイトを始めた時期やら……店長の話題の振り方はバラバラだったけど、自然と情報が得られたのは大きい。


 まぁ、俺が知らなかった情報と言えば……今は伯父さんの所に居候しているという事。

 てっきり、諸見里と一緒にここへ来たのかと思ったけど……そうじゃないみたいだ。それに、バイトを始めた時期を聞く限り、あの騒動から比較的すぐだ。あっち系のお店で働いてるというのも……嘘だったように思える。


 まぁ所詮は噂。けど、あの頃は本当かもと思っていた。

 それが分かっただけでも良いのか? いや……分かったとしても、事実は変わらない。あの事実はな。


「あっ、そろそろ私帰らないと」


 その時だった、それは思いがけない言葉。


「えぇーもう帰るのぉ?」

「すいません。でもまた誘って下さい? 絶対来ますから」


「くぅぅ、仕方ない。けど澄川と天女目と太陽! お前らはまだだぞぉぉ」

「店長、飲み過ぎじゃないですかぁ?」

「ちょっ、店長。性格変わり過ぎですって」


 まぁここに来て1時間半。それなりの時間だ。しかも他の人は帰ら……ない? これはチャンスかも。


「ふふっ、それじゃあゴーストでね? あと、これ私の分のお金です」

「あっ、お疲れ様でした!」

「これからも宜しくお願いしますねぇ」


「くぅ……あっ、こら太陽! 途中まで送ってあげなひゃいよー。こんな夜に可愛い子ちゃん1人は危ないぞー」


 ……っ!? 店長? 


「えっ? 店長何言ってるんですか? 家は近くなんで大丈夫ですって」

「男見せろよタイヨー。天女目は女だから無理だぁ。こりゃ店長命令だぞー」


 思わぬ助け舟か? けど……正直ありがたい。


「ったく、はいはい分かりましたよ」

「えっ?」


 それにこの雰囲気で、店長の一言。これは……


「途中まで……送ります」

「でも……」


「よっし、もう一杯! 太陽、戻って来たら再開だぞ? さっさと行ってきなー。あとしずくぅー、自分の姿見てみろ? その可愛さに危機感持てー、甘えられるのも若い内だけだぞぉ」

「もうダメですって店長」

「ははっ、ここは従っておいた方が良いかもしれないですよぉ」


「……じゃあ……お願いします」


 断れないよな?


「わかりました」




 そんなやり取りのまま、店を後にした俺達。

 もちろんその間、会話はない。


 駅前から少しずつ遠ざかる中、俺は少し前を歩く先輩の後をついて行った。

 ゴーストの前を通り、すぐに見える小道に入ると……そこは瞬く間に静まり返る。


 転々と並ぶ住宅。道路一本跨いだだけでここまで雰囲気が変わるのか……そうしみじみ感じる。


 ただ、逆にチャンスだとも思った。

 この時間帯、人の姿はない。誰も居ない。


「……そろそろ良いんじゃないですか? 知らないふりするの。まぁ俺が先に言ったんですけどね」


 思わず零れたそれに反応するかのように、ゆっくりと歩みを進めていた先輩の足が止まった。

 先輩がこの状況に何を思うかは分からない。ただ、そんなの関係無い。


 その口から聞かせろよ。


「久しぶりですね。先……いや……」



「風杜……雫……先輩」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る