第27話 後悔先に立たず―その5―

 



『付き……合え?』


 何を言っているのか分からなかった。それになんで君の名前が先生の口から出るのか。全然分からなかった。

 けど、話を聞くと……


『中等部の日城ひしろ凜恋りこっているだろ? どうも1年の日南の事が気になってるみたいでなぁ』


 その意味はすぐに理解出来た。

 それに、最近は遊びに行く事も少なくて、会えばそういう事しかしてないのも分かってた。

 つまり先生は……私に飽きたんだ。


 でもね? 私は完全に……先生に依存してたんだ? 嫌でも離れたくない。捨てられたくない。その為だったら……


『あいつバスケ部だし、生徒会にも入ってるだろ? お前仲良さそうだし……なっ?』

『……はい』


 何でもした。


 それからの私は最低だった。今まで以上に君に近付いて、話をして……印象付けた。でもね? ずっと君を見ていると気が付いた事もあった。

 君はなぜか女子と距離を取っている。


 男子と女子とは話し方が違う。それだけなら良くある話だけど、どこか一線を離れた言葉遣いな気がした。そして私と話して居る時とも違う。

 最初はもしかしたら程度の考えだった。でも、あの日……それが確信に変わった。


『ねぇ、日南君? 何か隠し事してない?』


 その動揺の仕方は、尋常じゃなかった。だから間違いないと思った。

 そしてそれを聞き出して、相談してもらえれば……君との距離は一気に近付く。


 君が話してくれた時は、そんな気持ちでいっぱいだったよ? 


 でも……


 その内容は、あまりにも酷いものだった。

 なんで君がそんな思いをしないといけないのか、理解出来ずに……こみ上げる悲しみのままに私は……


『そっか……そうだったんだね……』


 そう口にしていた。

 その瞬間、目の前の君が愛おしく見えた。その悲しげな表情はまるであの時の自分自身の様で……悲しくて、何とも言えない位愛おしかった。


 その時の私は……完全に先生の事なんて忘れていた。


 ただ、自分の赴くままに君に近付き、


『ねぇ? 日南君。私は……怖い?』

『怖く……ないです』


『……嬉しい』

『せっ、せんぱ……んっ』


 唇を重ねた。

 それは久しぶりに感じる……温かさで……心地が良かった。




 それからというもの、私は君と付き合いだした。ううん……違う。二股だよね?

 先生と君。

 その両方と最低な関係になっていた。


 君と遊ぶ時は、心が痛んだ。騙しているという事実が胸に響いて苦しかった。

 でもね? 君はいつも笑って……私を気にかけてくれて……優しかった。


 先生との関係は変わらなかった。私が君と付き合えたと知ると喜んでくれたけど……それっきり。遊びに行く回数が増えることはなく、いつもの通り学校で……


 二股。私は最低だった。けど、それが今となっては良かったのかもしれない。

 同時に二人と関われたおかげで……少しずつ、先生に対する依存が薄れていったと思う。だって……


 君とのデートはいつでも楽しい。笑っていられる。そしてそんな時間がいつまでも続く。体の関係が無くても……一緒に居るだけで心地良かった。


 先生とはいつもするだけだった。学校で、その時間はあまりにも短い。折角遊びに行っても行き先は…………その繋がりは、先生に捨てられたくない。私を最初に求めてくれた、必要としてた先生だから……そんな思いだけ。


 それらを天秤にかけた時、重かったのはどちらか……ハッキリとしていた。


 君と初めて体を重ねた時、心も体も嬉しかったよ。感じた事のない幸福感に包まれて、心地良かった。

 先生とのそれと丸っきり違う。

 でも、かといってなかなか先生との関係は切れなかった。やっぱり、最初に自分を必要としてくれた人で……大切だって気持ちが少なからずあったんだ。


 そんな関係は3年になっても続いた。そしてあっと言う間に冬が近づく。


 結局、その煮え切らない態度が……弱い自分のせいで……あんな事になった。


 その日は、久しぶりに先生と出掛ける事が出来た。先生は優しくて、まるで前の様な姿で……嬉しかったんだ。買い物して、ご飯食べて、そして先生に誘われた。

 私もね? 久しぶりのデートが出来て嬉しくて……ホテルに入った。

 その行動が……見られているとも知らずに。


 その次の日だった、家に電話が来たかと思うと、お母さんが物凄い剣幕で部屋に入って来た。


『この恥さらし! さっさと清廉行くよ!』


 何を言ってるのか分からなかった。でもお母さんのそこまで怒った顔は見た事が無くて……すぐに着替えて、お父さんの運転する車に乗り込んだ。


 そしてその車中で、全て聞いた。


 ある画像が学園に送られてきた事。

 既にSNSを通じて生徒にも広まった可能性もある。

 そしてその画像に写っていたのは……ホテルに入る私と先生。


 言葉が出なかった。だって、2駅も離れた所、小道の先の場所。私と先生を知ってる? だとしたら清廉学園の関係者? でも、そこに居る可能性は……


『これよ? はっきりいって雫? あんたにしか見えない』


 お母さんが見せた画像には……ハッキリと写っていた。見間違えるはずもない位ハッキリと。

 そして私は……悟った。


 終わったと


 更にお父さんの一言が追い打ちをかける。


『卒業間近にバカな事を。学園としてもこんな不純な奴卒業させたくないだろうし、恐らく退学だな。それと……風杜家に恥さらしは要らない。一通り終わったら……』


『出ていけ』


 清廉学園は歴史は浅いものの、近所では有名な所だった。だからこそ、そういう情報には対処が早く。お父さんの言う通りになった。

 どちらが誘ったとか問題じゃない。両方責任がある。

 理事長の言葉で、私は退学。先生は懲戒解雇になった。


 それから私は学園の門をくぐる事はなかった。自分の愚かさを恥じた。

 そして君への罪悪感と申し訳なさで一杯だった。

 付き合っていた事実は皆知っている。その相手が起こした騒動。

 誰かあの画像を撮ったのか、学園に送ったのか……そんなのどうでも良かった。ただ……


 合わせる顔がない。いや、合わせる資格がない。

 会う資格も、連絡を取る資格も。


 君にとって何が一番幸せなのかを考えた時、浮かんだのは……消え去る事だった。


 こうして、私は……風杜家を追い出された。

 必要な物だけは用意するという両親の言葉に甘えて、必要最低限の物は工面出来た。


 とは言っても、行く先はない。どうせなら東京を離れようと思った。そう考えると思い付いたのは……伯父さんのところだった。

 この騒動に対して、父方はもちろん母方の家族からも私は見捨てられた。そんな中、地方に住んでいたのはお母さんの兄である伯父1人。その性格も、周りの人達とは違っていた。自由気ままな性分で、今は高校のバスケ部の監督をしているという話は聞いていた。


 少しの間だけでもお世話になりたい。バイトしてアパートを借りられるようになるまででも良い。


 私は……電話した。そして包み隠さず全て話した。


『そうか。ウチで良かったら来な? 雫』


 その言葉に……涙が止まらなかった。


 そういえばあれから先生から滅茶苦茶連絡は来ていた。でも、携帯は解約したし、何より先生に対する気持ちは微塵も無くなっていたんだ。


 でも、伯父さんのところへ行く日。駅に向かおうとしたら……いきなり現れた。

 髭はボサボサで、細い路地に連れ込まれて口を押えられて……そのまま寂れたホテルに連れ込まれた。


『てめぇのせいだぞ! ふざけんな!』


 見るも無残な姿と言葉遣い。けど、男の人の力には勝てない。

 結局私はそのまま、何度も何度も避妊具なしで…………


 暫くすると、気が済んだのか先生は、


『今度会ったらまたヤラセろよ? ヒャハハ』


 そう言いながら、居なくなった。口の中が痛い。体のあちこちが熱い。

 でも、どこか清々しい気持ちでもあった。結局あの人はああいう性格だったんだ。

 気が付けて……良かったと。


 そんな事があったけど、私は……なんとか伯父さんの居る青森県の黒前市に来た。

 伯父さんの家は立派なもので、そこに奥さん、娘さんとその旦那さんの4人で住んでいた。


 扉が開いたかと思うと、伯父さんが叫び、奥さんが思いっきり抱き締めてくれて……娘さんにすぐさま怪我の処置してもらったっけ。

 でもその後は、優しく出迎えて貰えた。娘さんの旦那さんはお寿司やらピザやらを大量に買って来てくれてさ?


 ……嬉しかった。


 それからは……居候って形で、伯父さんの……ううん、不思木ふしき家に居候させてもらった。伯父さんは、お金とか要らないって言ってたけど、それじゃ私の気が済まなかったから……ちゃんと家賃と食費も払っている。


 それと……幸いな事に妊娠はしていなかった。その話をすると、奥さんは激怒、娘さんは緊急避妊薬は!? なんて顔真っ青にしてたけどさ? その時は……考えている暇がなかったんだ。

 でも、良かったって……安心したっけ。


 あとバイトもさ? 近くにある、ここで募集してて……良かった。皆良い人でさ?


 ここで新しい人生を始めたい……そう思ってね? 高卒認定試験を受ける事にしたんだ。そして大学行って、やり直そうって思ってね? だからちょっとの間、バイト休ませてもらって、勉強したんだ。


 そして、試験も終わって……いざ復帰。皆に迷惑掛けたなぁ。頑張らないと……そう思っていたら……



 ――――――――――――――――――



 君が居た。

 どうしてここに居るの?


 ……違う、今はそんなの考えてる場合じゃない。


「……俺の名前は……日南です……初めまして」


 初め……まして? ……あぁそう……だよね? 何焦ってるんだろ私。

 君の記憶からなくなる事が、君の1番の幸せだと思ってたじゃない。


 だったらそれを……


「天女目君と、日……南君ね?」


 最後まで貫けばいいんだ。


「初めまして。そして……」



「よろしくね?」



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