第24話 1つの決心

 



 宮原真也。

 突如として目の前に現れた宮原さんの姪。その存在に驚いたのも束の間、彼女の口から零れたのはそれ以上の衝撃だった。


 立花心希が宮原さんに会っている事。

 そして俺の名前を出し、更には……あられもない嘘を言っている事。


 それ自体が本当の事なのかとも思ったけど、学生証には確かに宮原真也と書かれていた。そして算用子さんの反応。それらを見ると、宮原さんの姪である事は確か。

 つまり、口にした話もまた本当の事なんだと思う。でなきゃ、わざわざ俺の前に現れる必要もないだろうし。


 ただ、そうなると……立花の件以上の問題が発生する。それは、宮原さんが俺と立花の関係性を知っているという事。

 真也ちゃんの話だと、ただの知り合い程度かもしれない。そんな曖昧な感じなのだとは思う。

 けど最悪な事に、俺は宮原さんにこう言っている。あの立花と遭遇し、喫茶店『逃避行』へ逃げたあの時ハッキリと…………人違いだ、知らない人だと。


 東京という共通した地名。そして立花の口から出た俺の名前。

 そんなの誰がどう聞いたって知り合いだって思う。俺が嘘をついていると気付く。

 いくら宮原さんが話だけで人を判断しないと言っても、それは察するだろう。

 ただ、それが態度で表れる事はなかった。2人が話していたのがどの位の時期なのかは分からないけど……宮原さんに変わった様子はない。


 なぜそれを知りながら、いつもと変わらず接する事が出来るのか……理解が出来ない。

 だって、その事実を知った俺には……今まで通り宮原さんと話せる自信がなかったんだから。



 案の定、その次の日……


『日南君? 昨日真也ちゃんと会ったの?』


 開口一番そう言われて焦りに焦った。


『あっー、そう言えば居たねー逃避行に』


 算用子さんの反応で、出何処はすぐに分かったものの……こっちとしては色々知ってるだけに、上手く反応できるか冷や汗もんだった。


 自分の嘘を知っている相手。

 だからこそ何を考えているか分からない。そして変な事は言えないという緊張感。


 ただ、そんな状況も長くは続かなかった。運良く夏休みが始まり、皆と会う機会は減った。もちろん、宮原さんとはサークルで一緒になる事はあっても、その会話の殆どがバスケの話。たまに夏休み中の過ごし方を話したけど、それも他愛のないものだった。


 ただ単純にバスケの事を話す。

 何も考えずに、日々の出来事を話す。


 それは大学の友達として、当たり前なのかもしれない。

 同じサークルのメンバーとして当然の事なのかもしれない。


 ただ、それを楽しく感じる程……自分の心が痛む。

 普段と変わらない、宮原さんを前にすると尚更だった。


 立花が宮原さんに言った事は嘘だ。

 ただ、それを信じてもらうためには、俺が立花との本当の関係を言わなくちゃいけない。

 つまり……嘘をついた事を伝えなければいけない。


 けど、それを知ってるはずの宮原さんはいつもと変わらない。

 変わらないからと言って、嘘をつき続けても良いのか?


 そんな罪悪感に苛まれ続けた……


 俺は……俺は……






「……全てを話そう。宮原さんに」


 そう決心したのは、バイトが始まる前のロッカー室の中だった。

 何でこのタイミングなのかは自分でも分からなかった。もしかすると、自分でも限界だったのかもしれない。


 嘘を吐いている相手に、それを告白されるのはどんな気分なんだろう。

 そうなんだと悲しむのか?

 だよね? と呆れるのか?

 やっぱりかと怒りを覚えるのか?


 分からない。

 宮原さんに嫌われるかもしれない。

 軽蔑されるかもしれない。


 それでも、真実を言おう。そして、立花が言った事は全部嘘なんだとハッキリ言おう。


 それが俺の答えだった。


 決めた。あとはどのタイミングで言うか。お客の少ない時間にでも良く考えよう。


 そんな事を考えながら扉を開けると、そこにはいつものゴーストの店内が広がっていた。


「お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」

「お疲れ、宜しくな? 太陽」

「今日も頑張ろうねぇ? 日南君」


 店長と天女目に挨拶をし、俺は普段通りキッチンへと足を踏み入れる。

 今のところお客は……居ない。このタイミングでも色々考えられるか? よし。


 えっと、とりあえず明日のサークルは午前中。

 夏休み中のバイトは昼と夕方どっちにもシフト入れてるけど、明日も……夕方から。


 丁度今日と同じで、サークルへは行ける。

 それと宮原さんは……確か明日もサークル来るって言ってたな? だとすれば始まる前か終わった後?


 ストメや電話でも言えるのは言えるけど、直接言った方が良いに決まってる。緊張もするし、相手の反応が直で分かるけど、それは仕方ないだろ。俺だって生半可な気持ちじゃない。


 あとはどうやってそういう場を作るかだよな。

 宮原さんは結構な頻度でちょっと残って練習してる気がする。じゃあ俺も残って? いや、残ってるのが俺と宮原さんだけとは限らない。先輩達も居て、そのまま一緒に帰る可能性も……って事は?


 ……誘う? 誘うしかない? どうやって? えっと、考えろ。一番良いのは……そうだ、お腹減ったからどこか行かない? だな。それが無難だ。

 って待て待て、無難だけど誘う? 宮原さんを? うわっ、計画的に誘うって考えると一気に緊張するんだけど? そう考えると、その場のノリでイケるのって結構勢いもあって楽なのか?


 けど、誘わなきゃ完璧に2人きりの状態は作れない。行くしかないか。ん? 2人きりって……まずい! ただ誘うだけじゃダメじゃん! 周りに先輩方が居る所だと宮原さんの事だ、先輩達もどうですかーってなるよな? いや、絶対になる。とくれば、サークルが始まる前? それこそお誘い位はストメで先に送っても……


「……南君?」


「日南君!?」


 はっ! ヤバイ、完全に考え込んでた!


「あっ、悪い天女目! 注文か?」

「ううん。店長が新しいキッチンスタッフ紹介するって言ってるよぉ。それも前に働いてた人で、復帰する人だよ?」


 復帰? あぁ、確かに店長前に言ってたな? もうじきキッチンスタッフが増えるって。ちょっと忙しくて休んでたみたいだけど、仕事は完璧にこなすって折り紙付き。板倉さんも凄いって言ってたな?


「あっ、前に言ってた人か。いやぁ仕事出来るみたいだし、動きとか色々教わりたいよな?」

「だねだねぇ」

「よいしょ。ちょっと良いかな? 前から言ってたと思うけど、今日からキッチンスタッフ1人増員……てか復帰する事になったから。はいはい、じゃあこっち来て自己紹介でもどうかな?」


 なんて話していると、キッチンの中に店長の声が響いた。

 恐らくその復帰する人も、すぐ隣に居るんだろう。俺と天女目は静かに視線を向ける。


「ほれ、仕事は出来るから見習いたまえよ?」

「そっ、そんなハードル上げないで下さいよっ。能登さん!」



 っ!!



 それは突然だった。そのが耳に入った瞬間、胸が……ざわつく。


 嘘だろ? いや、声が似てる人だ。そうに決まってる。

 そう否定したい自分。


 聞き間違える訳ないだろ? 仮にも約1年間近くに居た人の声だぞ? その記憶はまだ新しい。彼女に決まってる。

 そう肯定したい自分が重なり合う。


 違うかもしれない。間違いない。

 勘違いかもしれない。忘れる訳がない。

 そんな色んな気持ちがぐるぐると混ざり合う中、その答えが出たのは一瞬だった。


「よいしょ。初めまして、今日からキッチンスタッフとして復帰する事になりました……」


 バイト用に結っているけど、少しウェーブ掛かった茶色の髪の毛。

 そして大きく、少しだけ垂れ目の瞳。その左目に見える泣きぼくろ。



 その顔は、その姿は……あまりにも記憶に新しかった。



 なんで……なんであなたまでここに? 何で……居るんだ?


 俺を裏切り、先生とも……付き合っていた。

 そして何も言わず……忽然と俺の前から姿を消した。


風杜かざもりしずくで……す」



 風杜……雫っ!



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