第23話 凛とした黒髪
目の前に現れた、黒前高校の学生。それが誰なのかは分からない。
ただ、彼女は俺の名前を知っている。そして口にした2人の名前。
宮原千那。
立花心希。
この時点で少し嫌な予感を感じる。
おそらくどちらか、または2人の知り合いなんだろう。どっちにせよ、それが分かる状況なら彼女の言う様に……今は逃げ出せる雰囲気じゃない。
宮原さんの知り合いならもちろん。最も危ないのは立花の知り合いだった場合。それこそ逃げたら、都合の良い様に話を脚色されても仕方がない。
そんな事を考えながら、俺は目の前を歩く女の子の後をついて行った。
『ではついて来て下さい』
その言葉を口にすると、駅に入りそして2階へ。更には何を話す訳でもなく、あの喫茶店の扉を開ける。
喫茶店『逃避行』。あの時、宮原さんと店を後にする時に初めて気が付いた店の名前。今はとにかく俺が逃避行したい気分だ。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」
「はい」
「それではお好きなお席にどうぞ」
店内へ入ると、店員さんは前も居た人。
一瞬、またあの人よ? しかも今度は違う女の子よ? あちらさんが俺を覚えている訳ないと思うけど、店員同士でそんな噂が広まらないか、少し身構えた。
ただ、そんなのお構いなしに慣れた様に席へ移動する女の子。しかもその席は、
「はい。どうぞソファに座って下さい」
前に宮原さんと来た時と同じ席。偶然なのかそれとも……何とも言えない不気味さは拭いきれない。
この席か……しかもソファ? いやここは素直に従うべきか。
「わかった」
「窓際の方に座って下さいね?」
ん?
「窓際? なんで……」
「まぁ念の為です」
念の為って……何考えてるんだ? 別に良いけどさ?
「……これで良い?」
「はい」
そう言って、ようやく女の子は椅子に腰を下ろした。それも俺の目の前ではない斜め前の席。
斜め前? そりゃ初対面で対面の席はあれだけど……ん? ソファ席、窓際? しかも後ろには壁……まさか?
「あのさ? もしかして俺をこっちに座らせたのって……」
「……なかなか鋭いですね。まぁさっきも言った通り、念の為です。とりあえず飲み物でも注文しましょう。何になさいますか?」
「こっ、コーヒーで」
「分かりました。すいません注文お願いします」
「はーい」
……やっぱりだ。この子はわざと俺をソファ席の奥に座らせた。万が一にも逃げない様に。
後ろは壁で、横は窓。逃げる経路は1つしかない。だからこそ、斜め前の席に座っているんだ。変な行動でもしようものなら、椅子の方が素早く立てる。そして唯一の逃げ道に立ち塞がる事が出来る。
この子……
「ブレンドコーヒーと紅茶お願いします」
偶然じゃない。最初からこうしようって、全て計画して……俺の前に現れた。だったら尚更気になる。誰なんだ? そして俺に何を聞こうって言うんだ?
「ふぅ、飲み物が来る前に一言言いたい事があります。バイトが終わってお疲れのところ、引き止めてしまってすみません」
「えっ? あぁ、別に良いよ」
なんだ? 急に……まて、これも計画の内か? それなりの準備をして来てるんだ。油断は出来ない。俺も……ちょっとはこの子を注視するべきだ。
身長は……小さかったな。宮原さんや算用子さんよりも……思い出したくはないけど立花位か。
そして黒髪に腰ぐらいまでのロングヘアー。その顔は色白で整っている。何となく目の感じに既視感がある気がするけど……分かんないな? それこそ、その雰囲気も相俟って日本人形みたいな印象だ。
「お待たせしました―」
「ありがとうございます」
とはいっても、やっぱ見覚えはない。話を聞かないと……埒が明かないか。
「それでは飲み物も来た事ですし、早速本題に入りましょう」
まぁそう来るよな? ぜひ聞かせてもらおうか?
「ズバリ聞きます。日南太陽さん? あなたは……立花心希と知り合いですか?」
知り合い? マジでズバリ来やがった。でも、なんでだ? なんでいきなりそんな事を聞ける? そうか、この子は立花の知り合いか? もしかして立花から俺の話を? ……でも待て? わざわざ友達に俺の話をする必要はあるのか?
「無言ですか」
「えっ、その……」
「まぁ良いです。別にあの人自身の事はどうでもいいので」
どうでもいい? どう言う事だよ。
「では次に……あなたは宮原千那を騙してますか?」
待て待て、今度は宮原さんの事? 立花の知り合いじゃなかったのか? でもさっきの言い方は……違う気がする。て事は、宮原さんの知り合いか!? あっ、焦るな? 変に焦ったら誤解を生みそうだ。とにかく、質問に質問を返すのはどうかと思うけど……とりあえず落ち着きたい。
「騙すって……ちょっとごめん。いきなり過ぎてさ? その、君は2人の知り合いなのかな?」
「…………これは失礼しました。席に着いたら自己紹介しようと思ったのですが……ついつい」
おっ? これは良い時間稼ぎが出来たな。相手の素性を知れば、話もしやすくなる。
「それでは改めまして。私の名前は…………
「はっ? 宮原……? 妹……?」
ん? ちょっと待て? 妹……みたいなものってなんだよ? 大体、宮原さんは3人兄姉だって言ってたぞ? あり得ないだろ?
「はい。そうです」
「待ってくれ? 宮原さんはお兄さんとお姉さんが1人ずつ居て、自分は末っ子だって言ってたぞ?」
「まぁ、戸籍上はそうですよね? でも、私にとってはお姉ちゃんみたいな存在ですから」
「みたいな存在って、意味が……」
「……まぁ、ここを濁しても仕方ないですね。端的に言うと、千那姉は私の叔母にあたります」
はっ、はぁ? 叔母?
「叔母!?」
「はい。私の父は宮原透也。千那姉のお兄さん。つまり私と千那姉は、まぁ歳の近い叔母と姪の関係なんですよ」
「はっ、はぁぁ?」
待て待て、透也さんの娘? 宮原さんの姪? 嘘だろ? この子高校生だよな? 1年だと考えても……えっと、落ち着け? 透也さんて希乃姉の1つ上だよな? てことは今3……
「信じられないですか? では、学生証でも見ますか?」
「えっ?」
そう言うと、徐に財布から取り出してテーブルの上に置かれた学生証。そこには確かに、黒前高校1年、宮原真也の名前と、目の前の顔と同じ証明写真がついていた。
「マジか……」
でっ、でも宮原さんは姪の話なんて……しかも透也さんだって……
「はぁ……すみません。想像以上に驚いているようなので言いますけど、父と母は大学生の頃に学生結婚してます。お互いの人柄を知っていたお爺ちゃんお婆ちゃんも反対はしなかったそうです。そして、大学4年の時に妊娠が分かり、その時には卒業に必要な単位は既に取っていた事もあって、問題なく出産。生まれたのが私です。その時、千那姉は3歳。まぁ3歳で叔母さんってのも可哀想な話ではあるんですけどね?」
いっ、いや……全部言うじゃん? 確かに分かりやすくて納得だけど…………うん。とにかく嘘じゃなさそうだ。ここまでスラスラ言えるって事はさ? これすら演技だったらマジで怖いけど……とりあえず信じよう。
「わっ、分かった。信じるよ。君は宮原さんの姪で真也ちゃんね?」
「はい。そうです」
「それで……騙してないか? って話なんだけど……」
危うく質問を忘れかけてたけど、騙してないか? ……その質問には何とも言えない。
特に立花に関して、俺は宮原さんにこう言ってる。
『えっと、さっきの子って知り合いかな?』
『違うって。なんか人違いみたいでさ?』
だから、騙してないと自信満々には言えない。
「……なるほど」
「えっ?」
なるほど? まさか……勘付かれた?
「私が日南さんと話したかったのは、本当の事知りたいからって言いましたよね?」
「あっ、あぁ」
「どうしても聞きたかったんですよ? 立花心希の事というより、あの人の言葉の真意を」
「立花……」
「私よく、学校帰り千那姉の車に乗せてもらう事が多くて黒前大学に行くんですよ。それで前に、その駐車場の入り口で千那姉と立花さんが話しているのを見たんです」
はっ? 宮原さんと立花が!?
「その時、偶然聞こえたんです。日南太陽さんの事が」
「俺の……事?」
「えぇ。あの人は私が東京に居た時の先輩。日南太陽って名前ですよね? 結構素行が酷いんです。私の友達も酷い事されて……自分は引っ越したけど、その友達に話を聞くとやっぱりずっとそんな感じだったみたい。そんな人と関わってる千那姉が心配……だって」
……っ!! 素行? 友達も酷い事されて? なにがだ? 全部嘘じゃねぇか。しかもそれを……宮原さんに!?
「それって本当!?」
「はい。それも1回だけじゃありません。結構2人で話している場面は見てるんですよ。そうなると流石に気になりますよね? これだけしつこく近付く立花さんの事も、日南さんの事も?」
「それは……」
「まず、立花さん。中学校3年生の時、東京から引っ越してきた。そして日南さん? あなたも東京の高校から黒前大学へ来た。ここは合ってますよね?」
それは確かに合ってる。
「あぁ」
「でも、私が知りたいのはそんな事じゃないんです。要は立花さんの言っている事が本当なのかどうか。ちなみに私的には立花さんの方がよく知ってます。同じ高校の先輩ですしね? 明るくて、ムードメーカー。成績はガッカリですけど、クラスメイトからの信頼も厚い」
……素のあいつはそんな感じだった。だから別に驚く事でもない。
「そして日南さん。あなたについては、残念ながら千那姉の話だけが頼りなんですよ。かといって、深く聞けば怪しまれる。千那姉の性格上、心配されてる事を知ったら絶対にはぐらかすのは分かってるんです」
性格上か……確かに目配りが出来て明るい印象だ。それに何度か助けてもらった自覚もある。ただ、それが宮原さんの全てなのかと聞かれると……よく分からない。
「慎重に……慎重に……でも、いつまで経っても、あなたに対するマイナスな言葉が出ない。ましてや、バスケサークルに知り合いが入って嬉しいとか、色々な繋がりがあってビックリだとか……明るい話題ばかり。それに父さんまで同調して、期待の新人が……なかなか面白い奴……なんて口を揃える」
マジか……? けど、この子の話だと、結構前にあんな事言われてたんだよな? でも宮原さんの俺に対する接し方は変わってない。それどころかサークルにも誘ってくれて、今まで以上に話し掛けてくれた。
「その様子だと、やっぱり千那姉はあなたに話してはないみたいですね? まぁ他人の言葉だけで人を決めつける様な性格じゃないですし。だから……正直分からないんですよ。日南太陽という人が。だから今日、直接話をしに来ました」
「そっか……」
「正直に話してもらえますか? 日南太陽さん、あなたは立花さんの言うような人なんですか? そして、千那姉を騙して、同じような事をしようとしてるんですか?」
俺だって、分からない。そんな話を聞いてまで、普通に接してくれる宮原さんの本心が分からない。何処まで知ってるのか、何を考えているのか。
けど、これだけは言える。
それは立花の作り話。ましてや、宮原さんに対してそんな事する訳がない。
絶対に……
「あり得ない。絶対にあり得ない。」
あり得ない。
「っ! ……そうですか。分かりました」
えっ? いや、今の言葉に嘘はないけど、こうも簡単に……
「なんでボーっと口開けてるんですか? やっぱり今日の今日で判断するのは無理だと思っただけです」
「あっ、そうか。でも……」
ですよねぇ。まぁそう都合良くは行かないよ。
「勘違いしないでください? 私にとって、日南さんも立花さんも結構どうでも良いんです。ただ……」
「千那姉が傷付くのだけは見過ごせませんし、絶対に許せないんです」
やっ、ヤバ……なんだこの雰囲気? さっきまでとは全然違う。目に力が……というより警告? そんなのをヒシヒシと感じる。これは本気だ。
「安心して下さい。今日の事は千那姉には言いません。言ったら逆に心配されて、あなたにもすぐ話すでしょうし。だから日南さん? この事は……いえ? 会った事はともかく、話の内容までは言わないで下さいね?」
こっ、これは……俺と立花が知り合いだって気付いてないか? さりげなく、バラされたくなかったらこの事宮原さんに言うなって事だよな? ……だよな?
「分かった」
「ありがとうございます。そう言えば、飲み物無くなりましたね? 追加しましょう。すいませーん」
「あっ、休憩上がったんでー私行きますよー。伊藤さん座ってて? はーい、今行きまーす」
って、ん? なんだろう? 聞き覚えのある……
「はい、注文……ってあれ? 日南っちじゃん! あと真也ちゃん? 何なに? この組み合わせー」
って、算用子さん!? えっ? 言ってるそばから速攻バレター! こりゃマズイマズイ!
「あっ、寿々音さん! お久しぶりです。ふふっ、千那姉からもお父さんからも名前聞いてた日南さんと、偶然お会いして、つい誘っちゃいました」
はっ? なに? 喋り方違うくない? さっきまでの捜査官張りの棒読みトーンは!?
「なるほどー。前に会った時に見せた画像に、日南っちも居たもんねー?」
「そうなんですよ! 偶然って凄いですねっ」
ははっ……はははっ……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「日南さん、今日はお時間頂いてありがとうございました」
そう言いながら、改札口の前で軽く会釈をする真也ちゃん。
結局あれから、全く違う雰囲気の会話を目の当たりにし、何も無かった様に俺達は店を後にした。
「あと、紅茶もご馳走して頂きありがとうございました」
「いや、全然良いよ」
何と言うか、言い方はあれだけど……ちゃんとお礼もするし礼儀正しいんだよなぁ。
「それでは、列車がそろそろ来ますので……本当にありがとうございました」
「うん。気をつけてね」
「ありがとうございます。あっ、でも最後に……」
「ん?」
「急に時間を割いてしまった事、最初の無礼。そして紅茶。それらについては、本当に申し訳なく思いますし、感謝いたします。ただ……」
「それと、日南さんを信用するのは別問題です。これからも……立花さんとあなたの事は調べさせてもらいますので、ご容赦下さい」
おっ……おう……
「あっ、あぁ」
「あとはしつこい様ですが……」
「千那姉を傷付ける事だけは、何があっても許しません。それだけは……止めて下さいね」
「……分かったよ」
「はい。それでは失礼します。さようなら」
お辞儀して……行ってしまった。
静かに現れて静かに去る……けどその間はヤバかったな。マジで焦ったしビックリした。しかも算用子さんあそこでバイトしてたのかよ? 一言も言ってなかったよな?
……それにしても腹が立つのは立花の奴だ。……くそっ。宮原さんに近付いて……最低だろ。
とにかく……宮原真也。宮原さんの姪かぁ……宮原さんを傷付ける奴は全員敵みたいな感じだったな?
はぁ、なんかやっぱり……
女の子って怖ぇ……
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