第22話 変わった事、変わらぬモノ

 



「んー、今日も天気いいな」


 まるで嵐の様に現れて、嵐の様に希乃姉が去って行ってから数週間。

 今思い出しても、あの日は……色んな意味で忘れられない気がする。

 知れば知るほど、繋がって行く関係。ましてや、宮原さんとのそれは驚く事ばかりだった。


 けど、それも含めて……気が楽になったのは確かな気がする


「よっし、準備はオッケー。じゃあ大学行くか」


 少し前までは、この道のりでさえキツかった気がする。何とも言い表せない疲労だったけど、思えば精神的なものだったのかもしれない。その証拠に、サークルの翌日に襲われる筋肉痛とは、まるで違うのが分かる。


 そういえばあの日以降、俺は正式にバスケットボールサークルに入った。何というか、体を動かした爽快感が堪らなかったってのもあるけど、単純にバスケの面白さを思い出したってのが大きい。

 監督の透也さんも良い人だし、それはサークルのメンバー皆にも言える。強制参加じゃないってのも魅力的だった。あとは目に見えて体が変化するのも、今は楽しみの1つ。




 ふぅ。いつも通り15分前に教室到着っと。皆は……あっ、居た居た。


「よっ、おはよう」

「おはよぉ、日南君」

「おはー、日南っち」


 あと、あの日店長に言った通り、ほぼ毎日入れていたバイトのシフトの数を結構減らした。

 なんて言うか、大学生になったんだから出来るだけ親に負担を掛けないとか、変に大人ぶってたのかもしれない。まぁそれ以上に、あいつらに負けたくないって意地の方が強かった。

 今考えるとバカらしい。そんな意地こそ、あいつらを意識してるって証拠だとも気付かずに。


 だから、シフトを減らした。

 親にもちゃんと連絡したよ? 仕送りとかこれからもお願いしますって。まぁ思いっ切り笑われたけどね?


 ≪大学生も学生なんだから、いちいちお金の事心配しないのっ≫

 ≪おいおい太陽、希乃と詩乃にも言ってたけど、学生は勉強が本分だぞ? まずはそこだろ? それさえクリアしてれば、あとはお前の自由だ。エンジョイしろよ? キャンパスライフ≫


 らしいといえば、らしい言葉だったけど……その時ばかりは結構嬉しくて、感謝しか浮かばなかった。


 それからはまずは勉強第一。そして、皆と過ごす事を大切にしている。


「おはよっ! 皆」

「おはよぉ、宮原さん」

「おはー」

「おはよう。宮原さん」


 そういえば……あれから結構宮原さんと話す事は多くなった。まぁ元から少ない方ではなかったけど、同じバスケサークルに入ってる事。あとは共通の話題が出来たってのが大きいのかもしれない。

 それこそバスケの話とか……なぜかお互いの兄弟の話なんかも。確かに希乃姉とめちゃくちゃ仲良くなってはいたけどさ? 

 まぁ着実に友達として、仲が良くなる分には良い。ただ、心のどこかでは、まだ完全に信用しきれていない自分が居る。


 そうだって決めつけは、マズイのは知っている。算用子さんも、特に宮原さんには良くしてもらっている自覚もある。ただ、体に染みついた記憶は……自分が思っているよりも深く広く染みついているみたいで……どうしても不安に駆られる。


「はぁ……はぁ……あっぶね! セーフ!!」

「セーフだよぉ? 鷹野君」

「おはーおはー」

「まったく、毎日毎日ギリギリだね」


 それ以外は……めちゃくちゃ楽しい。というより今までと何ら変わりはないのかもしれない。


「おはよう、鷹野」


 充実した……キャンパスライフを送っている。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「じゃあすいません、休憩入ります」


 よっと、じゃあ早速着替えて……行ってきますか?


 ガタン


 バイトの休憩時間に、ちょっとしたランニングへ出掛けるのも、もはやルーティンみたいなものだ。

 きっかけは、やっぱりあの日の久しぶりの運動。あれ以来、すっかり体を動かす楽しみを覚えてしまって、休憩時間に少し走りに行く様になった。

 賄い食べた後に走るのはダメなんだけど……体力も付けたい欲求には勝てない。


 じゃあ、裏口からっと……あっ。


「今日もランニング? いよちゃん?」


 こいつは……相変わらずだ。

 シフトを減らして、遭遇する日も減った事は減った。ただ、わざと減らした俺のシフトに合わせて、自分のシフトをぶつけたり……その行動はあから様だ。バイト中の話し方とかも変わらず。

 けど、どうやらそろそろ大学受験に向けて、バイトには来なくなるらしい。一時的なものだけど、それなりの期間顔を合わせなくていいのはありがたい。


「ねぇ? 一緒に帰ろうよ?」


 とりあえず、それまでの辛抱だ。


「…………もう。じゃあ今度は必ず一緒に…………帰ろう……ね?」


 それは絶対にあり得ない。ただ、それをわざわざ言うつもりはない。

 これで良い。無理に張り合う必要はないんだ。反応すれば、それこそ相手の思うツボ。


 ……とはいえ、もう1人……澄川の方は、ある意味嫌な感じになった気がする。

 俺にオーダーを告げる時も、真っすぐに目を向けて話す様になったし、大学でも宮原さん達と話す事が多い気がする。それも自分から話し掛ける回数が増えてる? 俺達が話してる時にも会話に参加して来て、流れで俺に話し掛けるのはちょっと腹立つ。

 まるで何か吹っ切れたような……まぁそれ以外で、立花みたいに話し掛けるって事はないから、変に気にしない方が良い。




 さてさて、休憩も終わり。キッチン戻るか。


「休憩戻りましたー」

「―――りさん、またよろしく頼むね?」


 ん? 店長誰かと話してる?


 ♪♪~♪♪♪~♪~


 自動ドアの音。知り合いかな? あっ、こっち来た。


「おっ、休憩終わったか太陽」

「はい。そう言えば誰か来てたみたいですけど?」


 店長はあれ以降も相変わらず。仕事の時はクールだ。あそこまで笑ってた姿が、未だに本当に店長だったのか疑いたくなる。

 ただ、少し俺に対しても心を許してくれたのか……なぜか呼び方が名前になった。まぁ別に良いんだけどね?


「あぁ、ちょっとバイト休んでた子がな? 今度復帰する事になった」

「へぇ、そうなんですか?」

「しかも喜べ、その子はキッチンスタッフだ。太陽達の負担も減るぞ?」


 おぉ、結構ホールスタッフは多いけど、キッチンスタッフは少ないんだよな。これは、シフト減らした手前……素直に嬉しいぞ?


「本当ですか? いや……シフト減らしてすいません」

「なぁに謝ってんだよ。学生の本分は勉強だろ? そっちが優先だ。要らぬ心配はよしたまえよ? ふふっ」


 そっか、キッチンスタッフが増えるか。それはそれで朗報だな。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 はぁ、バイト終了。今日は店のワックスがけもあるって事で、いつもより大分早い閉店時間だったな。

 まっ、明日は1コマ目から講義あるし、帰ったらお風呂入って、とっとと寝よう。


 夜にも関わらず、少し暑さ感じる。それは夏が近付いているという証拠だった。もっとも、東京だともっと暑い。そう考えると、結構過ごしやすい気候の場所なのかもしれないな。その分冬が怖いけど。


 なんて事を考えながら、俺はいつも通りの帰路についた。ゴーストから出て駅前を通る。それがアパートまでの最短距離だ。


 そんな時、ふと視線の先の……とある制服を着た人の姿が目に入る。

 それはどこか見覚えのある制服。いや? 印象に残って仕方がない学校の物だった。


 うおっ、黒前高校か。そういえば、あいつと遭遇したのも丁度この辺りだったよな。まさか!


 嫌な記憶が蘇り、慌ててその人を注視してみると……女子で間違いはない。でも髪の毛の長さが全然違っていた。

 腰までだろうか? その位の長さの髪の毛。さすがにあいつじゃない。


 ふぅ。焦った。マジで待ち伏せされてるかと思ったよ。


 少しホッとした俺は、そのままゆっくりと歩みを進めた。その間、徐々に近付く女子高生。ここまでくればその容姿の違いも明らかで、安心しきった。


 良かった。さて、早く…………?


 そう、そんな安心しきっていた俺の前で……その女子高生は立ち塞がるかの様に、突如として立ち止まった。その表情は俯き加減で良く見えない。

 ただ、その行動に少なからず動揺したのは事実。なんせ、


 あれ? もしかしてちょっと見てたの気付かれた?

 声を掛けられても仕方ない行動を、自分がしていた事に気付いていたから。しかも、人によってはかなり不審で気持ちが悪かったかもしれない。


 そんなにガッツリ見てないけどな? いや? 感じ方は人それぞれだし……にしてもこの対面で1対1はキツい。とりあえず先に話し掛けて……


「えっと、なにか……」

「日南太陽さんですよね?」


 はっ?


 突然名前を呼ばれたかと思うと、目の前の子はその顔を上へと向ける。そして、ただじっと俺の目だけを……見ていた。


 えっ? いきなり? しかも何で名前知ってる? 

 真っ黒くて長い髪の毛に、整った顔立ちはしている。ただ、俺にはまるで思い当たる節も、記憶もない。というより、完全に初対面だと言って良い。

 そして、その大きな目でじっと見られると……変な緊張感を覚える。


「えっと、君は……」

「日南太陽さんですね? 少しお話があります」


 ちょっ、少しは話聞けよ。


「いやっ、あのね? その前に俺は君が……」

「時間がもったいないです。少しついて来てもらって良いですか?」


 なんだ? この淡々とした話し方。独特の雰囲気。


「だから、そもそも君は誰? 意味が分から……」

「この際私の事は良いです。それより私は、お話を聞きたいだけですので。本当の事を」


 本当の……事?


「ほっ、本当の事? だから……」

「仕方ないですね。宮原千那、立花心希。こう言えば分かりますか?」


 っ!! なんで? この2人の名前が? 待てよ? この子黒前高校の生徒だよな? まさか2人に関係する誰か?


「どうやら思い当たる節がある様ですね? それでは黙ってついて来て下さい? まぁ、ついて来ないとどうなるかは……ご想像にお任せしますけど?」


 けど、だからなんだっていうんだ? なんで俺の前に? 一体この子は……



 何者なんだ?



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