第21話 繋がり




「きゃー、能登ちゃぁん」

「お久しぶりです。希乃さん」


 ゴーストの店内に響く女子会の雰囲気。そんな中、何とも言えない面立ちで、


「能登さん! 晴れて出所したんなら早く教えてくださいよぉ」

「いやぁ、戻って来てから色々忙しくてね? 千那ちゃんごめんごめ……って出所って何よ! 出向ねっ!」


 俺は椅子に座っている。


 まぁなぜこんな事になったのか……それは希乃姉の一言で間違いない。



『はぁ、久しぶりに運動したらお腹減っちゃった。あっ、ねぇねぇゴースト行こうよ?』



 その意見にノリノリだったのは宮原さん。

 透也さんは片付けとかあるからって断って、残るは俺だけ。

 正直、悩んだ。バイト以外でそこに行くのはどうなのか? けど、希乃姉にとってもあそこは思い出深い場所だし、わざわざ黒前まで来てもらった手前、断るのも申し訳なかった。

 それに確か……今日はシフトに入ってないはず。


 って事でやって来たんだけど……思惑通り、奴らの姿はない。厨房では天女目と板倉さんが居るはず。


 そんな状況にホッとしたのも束の間、目の前の女子会がスタートした訳だ。


 にしても、希乃姉が店長と知り合いなのは前から聞いてたけど……この感じだと宮原さんも知り合い? けど前に、店長変わってから行ってないって話してたよな? 


 確か店長、1年前にここに戻って来たって言ってた。となると、さっきの宮原さんの出所……じゃない出向から戻って来たってのも一応話は合う。


 ……そうか。店長が出向で居なくなってから、ゴーストには来てないって意味か? それなら2人が知り合いなのも頷ける。


 ……とはいえ、この雰囲気は想像以上だ。


 いつも以上にテンションが高い希乃姉。

 そんな希乃姉と、いつの間にか仲良くなってる宮原さん。

 普段のクールなイメージとかけ離れている能登店長。


 まさに女子会。

 まぁ個人的には、珍しい姿を見られて面白いのは面白い。


 ただ、それ以上に胸に残った言葉。それは希乃姉の……


「そう考えると、凄い偶然だよねぇ」


 一言だった。


「だってね? まさか自分達がバイトしてた所で、たいちゃんもバイトするなんてさ? しかも一緒にバイトしてた能登ちゃんが店長って凄いよ」

「いやぁ、まさか希乃さん達の弟さんが来るとは思いもしませんでしたよ」


「それに、同級生に千那ちゃんだよ? まさか透也先輩の妹さんと自分の弟が同級生だなんてさ? これも凄いよ」

「いやぁ、それに関しては私もびっくりしましたよぉ」

「はっ、そう言えば千那ちゃん? 湯花とうかちゃん元気?」


 ん? 湯花ちゃん? 誰だ?


「えっ? なんでお姉ちゃんの名前を……」

「だって3つ下だから知ってるよ? まぁそれに関しては詩乃ちゃんの方が見知った仲かな? 湯花ちゃんとかい君は詩乃ちゃんの1つ下の後輩だったからね?」


 ちょっ、待て待て! 知らない人が出て来たんですけど?

 まず湯花さんとやらが……宮原さんのお姉さん? 

 じゃあ海さんって人は!?


「えっ!? 日南君のお姉さんの……詩乃さんがお姉ちゃん達の1つ上だったんですか?」

「そうだよぉ。それに2人共バスケ部だったでしょ? 詩乃ちゃんはマネージャーやってたしさぁ」

「ちょっと待って希乃姉。沢山の人が出て来て、良く分かんないんだけど……まず湯花さんていう人が?」


「私のお姉ちゃんだよっ?」

「んで? 海さんって人が?」

「その湯花ちゃんの旦那さんだよぉ?」


 だっ、旦那さん!?


「つまり私のもう1人の義兄さんって事っ」


 えっ……つまり?


 希乃姉と透也さんの長男長女コンビ。

 詩乃姉と宮原さんのお姉さんである湯花さん。あと、その旦那さんの海さんは……ほぼ同世代で、知り合いって事?


「ちなみに、その2人と私は同級生」

「えっ!? 店長と?」

「えぇ!? 能登さん、同級生なんですか!?」


 おいおい……マジか? しかも能登店長が、湯花さん海さんと同級生? これは……想像以上に知り合いのオンパレードじゃねえか!


「ふふっ、本当に驚いてるんだぁ。自分だけじゃなくて、色んな人との繋がりが出来てさぁ?」


 繋がりって……そう考えると凄すぎだろ?


「ねぇたいちゃん?」

「ん?」


「たいちゃんが、黒前大学に来たおかげで……こんなにも繋がりが出来たんだよ? 同級生の宮原さんから始まって、その兄妹が自分の姉達と知り合い。更にはバイト先の店長さんまで見知った仲。これが偶然なら、とっても素敵な事だと思うんだぁ。だから……」



「黒前大学に来て……良かったね?」



 その言葉を聞いた瞬間、どこか胸が熱くなる。

 何の珍しくもない言葉なのは分かっている。ただ、それがなぜか引っかかった。


 良かった?


 それにはすぐに同調する事は出来ない。ましてや、つい最近までの自分の状態を考えれば分かる。そして心のどこかで感じていたはずだった。


 黒前へ来なければ良かった。


 ただ、そんな思いに対して違和感を覚えたのも事実だった。

 現に、希乃姉の言葉で……それを感じる。


 俺がここに来たのは、もちろん大学の評価もあるけど……その大筋は過去のしがらみから逃げたかったから。

 だから、まさかその要因になりえた人達と遭遇するなんて……最悪な気持ちだった。そう思い込んでいた。


 けど、それは違うのかもしれない。

 結果としてそういう事になった。でも、それだけじゃない。俺が出会ったのは最悪の出会いだけじゃないんだ。


 気軽に話せて、一緒に講義受けてくれる友達。一緒のバイトで同じく親元を離れた境遇の友達。

 そしてその人達と引き合わせてくれた……存在。


 そして何より……単なる同級生だと思ってた宮原さんとの繋がり。それは知れば知る程、長くて太くて強くて……自分の想像を遥かに超えるものだった。



 俺がここに来て得たのは、決して嫌な事だけじゃない。



 それを俺は……見えていなかっただけなのかもしれない。目の前の奴らの事で意固地になって、気にしないと思いつつも、気が付けば……その一点しか見ていなかった。

 それがどれ程馬鹿げた事なのかも知らずに。


 そう考えると……自然と気持ちが軽くなった。

 キッカケは些細な事なのかもしれない。ただ、見方を変えるだけで、幾分か楽になったのは間違いなかった。


 だからなのかもしれない……この日の俺は、いつぶりか分からない位……



 笑ってた。



「ははっ。あっ、能登店長? 今言うタイミングじゃないってのは重々承知なんですけどいいですか?」

「ふふふっ。ん? なんだ太陽?」


「あの、シフト……減らしてもいいですか?」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「じゃあねぇー! バイバイたいちゃーん」


 その翌日、希乃姉は元気いっぱいに黒前を後にした。

 まぁ、ゴーストでたらふく飲んで食べた後、一応聞いたよ?


『ホテルこれから探すの? 良かったら俺のアパート泊っても大丈夫だけど?』


 まさかとは思ったけど、


『本当!? ありがとう、たいちゃーん』


 本当に泊まるとは思わなかったよ。


 しかも、詩乃姉とは違って……


『ちょっ、希乃姉!? 人が風呂入ってる隙に何してんだよ』

『いや……たいちゃんも年頃だし、アッチ系のあるかと思ったけど……なかった!』


『当たり前だろ!?』

『えぇ! でも普通あるでしょ? 興味ないの? 大丈夫たいちゃん? なんならお姉ちゃん買って……』


『要らないよっ!』


 はぁ……ある意味疲れたよ。

 でもまぁ、折角帰国の合間に来てくれたんだし……嬉しかったよ。ホント、2人揃ってさ? 自慢の姉だ。 


 希乃姉は整体師として、また外国かぁ。確かに昨日マッサージしてもらったおかげか、心なしか筋肉痛も少ない? 腕前は一流なんだよな。


 ピロン


 ん? ストメ? 誰から……って希乃姉? もしかして忘れ物か!? なになに?


【たいちゃん、急に来てごめんね? でもたいちゃんに会えて本当に嬉しかったよぉ。あと、懐かしいメンバーに会えて更にハッピー。最高の1日でした! 今度は、詩乃と2人で遊びに行くからね? じゃあバイバイっ!】


 ったく、根は真面目なんだけどな。まぁ、色んな事も含めて……サンキュ。希乃姉。


 ピロン


 ん? またか? 今度は……っ!!


【86/59/86 It's、千那・宮原スリーサイズ! 希乃Eyeによる診断の結果です! ふふっ、やっぱ年頃の男の子はこうでなくちゃ! 弟思いの姉からの置き土産だよ?】



 なっ、何してんだよ希乃姉! ったく、最後の最後で……



 感動を壊さないでくれよぉ!



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