第20話 滴る汗
「希乃姉? って……もしかして? 日南君のお姉さん!?」
「いやぁ、丁度戻って来てたんだよぉ。あっ、そうそうその通り。改めまして、宮原先輩の1つ下の後輩で、たいちゃんの姉の……日南希乃です」
「えっ……えぇ! 嘘だ……お兄ちゃんの1つ下!? ぜっ、全然老けてないよぉぉ」
「誰が老けてるんだよ! 俺だって同じ歳の奴に比べたら若い方だろっ! ていっ!」
「いっ、いたぁぁ」
少し意地悪な笑みを浮かべる宮原さんの……お兄さん?
脳天チョップを食らって頭を摩る宮原さん。
それを見て、満面の笑みを見せる希乃姉。
そんな光景に完全に乗り遅れた。と言うより、色々と理解が追い付かない。
そもそも、希乃姉がなぜここに? 詩乃姉同様、海外で勉強しているはずなのに……戻って来たって事は、それこそ詩乃姉と同じく一時帰国? さすがに留学期間が終わったとなれば教えるはずだよな?
しかも、監督……いや? 宮原さんのお兄さんの……1つ下? って、宮原さんのお兄さんがこんなに歳離れてるとは思いもしなかったんだけど?
でもまぁ、顔立ちは……似てる? それに見た目ワイルドで、ダンディという表現が似合う。しかも背デカっ!
「って、待てよ? 千那? 忘れかけてたけど、お前が連れて来た子って、日南の弟君なのか?」
「えっ? そっ、そう……みたいだけど……?」
「いやぁ、こんな偶然あるんだねぇ」
って、ヤバ。俺だけポツンと取り残されてたじゃんか。ここはちゃんと挨拶しないと。
「あっ、遅れてすいません。その、日南希乃の弟の……」
「日南太陽です!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、それにしても驚いたよっ」
パン
「確かに驚いた」
パン
試合形式の練習が行われているコートの脇。俺と宮原さんはそんな事を口にしながら、対面パスを繰り返していた。
宮原さんのお兄さん、
それにしても、靴まで借りちゃって申し訳ないな。なんで新品同様の靴が置いてあるのか疑問だけどさ? 誰かのが壊れた時の予備らしいけど……そんなの用意出来るって凄くね?
まぁそれも、宮原さんのお兄さんの力なのかもしれないな?
「まさか監督が宮原さんのお兄さんだとはね?」
「ははっ。お兄ちゃんなら大抵の事オーケーしてくれそうだったから。日南君も連れて来やすいなって思って。それより、日南君のお姉さんがお兄ちゃんの後輩ってのが驚いたよ」
「それについては同感。俺みたいに歳離れた姉弟は滅多に居ないと思ってたけど、まさか宮原さんもだとは」
「だよね? てか、希乃さんってヤバくない? 到底お兄ちゃんの1つ下とは思えないんですけど? ピチピチ過ぎやしませんか? しかもめちゃくちゃ可愛いし!」
「そうかな? 確かに同世代の人に比べると若く見える気はするけど」
「いやぁ卑怯だわ。あの可愛さは卑怯だわ……はっ! もしかしてもう1人居るお姉さんも!?」
「希乃姉の2つ下だけど、言われてみると顔とか似てるよ」
「やっ、やっぱり!? くぅ……うちのお姉ちゃんもそれなりに若く見えると思ってたけど、それを遥かに超える美しさ。恐ろしいな……日南家のDNA」
いやいや、そりゃ言い過ぎだろ? あれ? そう言えば宮原さんにはお姉さんもいるんだよな? しかもそれなりに若く見えるって事は、俺と同じで1人だけ歳離れてるパターンなのかな?
「いやいや、言い過ぎだって」
「言い過ぎじゃないでしょ? ほら、その証拠に……ミニゲームに参加しようとしてるよ?」
うおっ、見事にサークルにあった予備であろうTシャツと短パン、バスケットシューズ借りてる。確かに希乃姉はバスケやってたけど、正直記憶にあるのは……
「あぁ、試合かぁ……止めた方が良いのになぁ」
「えっ? でも準備運動で息1つ切らしてなかったよ? それにあんなに楽しそうだし」
「いや、そういう事じゃ……」
「ふぅ、久しぶりだなぁ」
「希乃さん、ボール運びお願いします」
「はーい。………………ほほう、こんな無数の傷は使い込まれたボールの証。これは……必死に練習を積み重ねてきた証でもある」
「えっ? あれ? 日南君? 希乃さんの様子が……」
「ふふっ、なかなか楽しめそうだ。よぉーし、遠慮しないでかかって来い! 後輩達っ!」
「ないんだよなぁ」
「えぇ!? なんかめちゃ人変わった?」
「ははっ。普段はあんなのほほんとした感じだけど、バスケの事になると昔から変にスイッチ入っちゃうんだよね?」
「スッ、スイッチって……」
「しかもさ……」
「あっ、こらぁ太陽! あんたもミニゲームに参加しなさい!?」
きっ、きた。巻き込まれた。
「いや、俺は……」
「何? 折角姉がバスケ誘ってるのに、断るっての? ほほう……良いのか?」
「ひっ、日南君?」
「こりゃもう駄目だ。観念するしかないよ。目を付けられたら終わり、ゲームに参加しないと、ずっとあの調子だよ」
だから嫌なんだよなぁ、希乃姉がバスケするの。むしろその近くに居るのがさ? 普段は滅茶苦茶優しいんだけど……
「ほらほら、さっさとコートに来なさい?」
くっ、これも……運命かぁ!!
希乃姉に脅されるがまま、コートに入った俺。それに巻き込まれる様になぜか宮原さんも参加する事になったミニゲーム。
その内容は、途中からあんまり覚えていない。
久しぶりにコートを駆け抜けた足は、鉛の様に重くて、心臓は張り裂けるかと思う位に大きな鼓動を繰り返す。
汗が滝の様に流れ出て、上手く呼吸さえ出来ない。
苦しい。キツい。
それが1番、今の状況に相応しい言葉なんだと思う。
ただ……そんな中で、不思議と感じたのは……どこか違った感覚。
キツいはずなのに、なぜか楽しい。
もう走れないはずなのに、体が勝手に動き出す。
汗が染みついて、体全体が不快なはずなのに……それがどこか気持ち良い。
久しぶりに運動をしたからなのかは分からない。ただ、この瞬間だけは何もかも忘れて、バスケに集中出来た。目の前で楽しそうにプレーする、バスケサークルの人達に囲まれて……
「はぁ……はぁ……」
大きく肩で息をしながら、体育館の壁に背中を預ける。それは自分でも分かる体力の限界だった。
つっ、疲れた……
足は重く、体中からは汗が零れる。動いていないとその尋常じゃない量に、驚きを隠せない。
ただ、その久しぶりの感覚は……次第に心地良いモノに変わっていくのが分かる。
理由は分からない。何とも言えない感覚。
それはもしかしたら、純粋な
「ふふっ、楽しそうだね?」
なんて事を考えていると、そんな声と共に目の前にスポーツドリンクが現れた。
視線を向けると、そこに居たのは前屈みになって笑みを浮かべる宮原さん。同じ位動いているはずなのに、疲れの1つも感じさせない姿は……流石としか言いようがない。
「あっ、ありがとう」
「うぅん。あとこれタオルね? 私のだけど使ってないやつだから? 安心して?」
手渡されたタオルで顔を拭くと、柔軟剤の良い香りが鼻を抜ける。まさに致れり尽くせりとはこの事だろう。
まぁ、反応したくても上手く言葉が出ないのも事実。
「ホント……ありがとう」
息を整えて、こう口にするのがやっとだった。
「どうかな? ちょっとは気分転換できたかな?」
「うん……十分……」
「良かった。それにしても……」
「ほらぁ! 集中集中! ボサっとしてないで、周り見て動いてっ!」
「希乃さん……想像以上に凄いね……ふふっ」
「あぁ……確かに……」
ある意味1番ヤバいのは……
希乃姉かもしんない。
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