第19話 その真意?




 今流行りの音楽が流れ、辺りに石鹸の良い香りが広がる。

 そんな車内の後部座席に、俺はなぜが座っている。そしてこの車を運転しているのは、


「ずっと真っすぐだけど、結構距離あるねぇ」


 当然ながら宮原さん。更にその行先は……


「そうかな? あっ、そこ。駐車場は結構広いから適当に停めても大丈夫だと思うけど……一応その2番ってとこが俺の場所にはなってるよ」


 そう……俺のアパート。


「了解! じゃあここで……待ってるね?」

「わかった」


 そう言いながら、車から降りると俺は徐に自分の部屋に向かって歩き出した。


 はぁ……なんか変な展開になったな?


 そう思いつつ、階段を上り切った後にふと視線を駐車場へ向けると……そこには白い軽自動車。その中では宮原さんが待っていると思うと、やはりその意図が良く分からない。


 なんで突然?



 ――――――――――――――――――



『もっ、もしよかったら、貴重なお休みの1日。私に貸してくれないかなっ!』

『えっ、それってどういう』

『ダメ……かなっ……』


 突然の言葉に、不意打ちの様な上目遣い。

 そんな行動に動揺したのは事実だった。ただ、この前の件も頭をちらついて……


『ダメとは言えないけど、その……貸してってどう言う意味?』


 流れに任せての即答は出来なかった。


『あっ、そうだった。先言わないとあれだよね? あの……日南君昔バスケやってたって話してくれたじゃない?』

『えっ、そうだけど……』


 もちろん、その内容次第では断ろうとも思った。なんていうか、結構色んな事を考えていた気がする。

 あの事を詳しく聞かれたらどうしよう。

 まさか立花に接触してて、引き合わせようとしてたら?

 いや、その逆で立花が宮原さんに近付いたって可能性もある?


 でも、そんな緊張感漂う俺をよそに宮原さんが口にしたのは、


『だから、もし嫌じゃなかったら……』


『軽い運動でもどうかなって!』


 ある意味、想像し得ない程……意外な言葉だった。



 ――――――――――――――――――



 とりあえずこれでいいか。

 部屋に入りタンスを漁ると、手に取ったジャージにそそくさと着替える。


 寝巻と部屋着に持って来た2組のジャージが、まさかこんな事で役に立つとは。それにしても宮原さん良く覚えてたな。俺がバスケやってたって事。

 確か1泊2日のレクリエーションの時話したけど、そこまで話広がらなかったよな? もしかして結構な記憶力? 


 それに、今更だけどアパートの場所を知られたのはマズいか? 幸い駐車場からは俺がどの部屋に入ったかは分からないとは思うけど。


 ……深く考えすぎかな? とりあえず今のところ、あの時の話をぶり返そうって感じは……しないしね?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ごめん、お待たせ」

「ううん。全然だよ? じゃあ行こうか?」


 バタン


「ごめんね? 本当に急で……」

「いや、全然だよ」


 アパートから大学まで車だと5分も掛からない。ただその時間は少し長く感じた。むしろ宮原さんと2人きりで話をしたのは、あの喫茶店が最初。ましてや彼女の車という狭い空間では初めてだった。

 運転席と後部座席とは言えど、どこかソワソワしてしまう。


「それにしても、よく俺がバスケやってたって覚えてたね?」

「ん? あぁ、ほらだって私もバスケやってたからさ? そのワードは嫌でも記憶に残っちゃうんだ」


 宮原さんも? ……そういえば言ってた気がする。小中高と続けていたんだっけ?


「そうなんだ。でもなんで俺を?」

「ははっ。余計なお世話になっちゃうかもだけどね? 今日も皆言ってたみたいに、最近目に見えて日南君の様子変だからさ?」


「いや、それは……最初は変にアドレナリンが出てたから、疲れとかそうでもなかったんだと思う。大学行ってバイトして、家帰って洗濯とかするって慣れない日常生活の疲労が、今出始めたんだよ」

「はぁ、それはそうだよね。私はバイトしてないけど、家帰って晩ご飯準備するのも結構体力使うもん。だったら、それ以上の事してる日南君は疲れるよね」


「まぁ同じ位こなしてる天女目はピンピンしてるけどね?」

「ふふっ、天女目君ってなんか、炊事洗濯とか好きそうだよね? 勝手なイメージだけど……って! だからって、日南君が得意じゃなさそうとかって思ってないからね!?」


「大丈夫。実際慣れてないからさ?」

「そっか。だったら疲れは当たり前だよね? いやぁそんな中、改めて貴重な休日をお貸し頂いてありがとうございます」


 お貸し頂いてか……じゃあ返してくれるんだろうか? なんて思ったものの、とりあえずは口にしなかった。

 それに別に運動が嫌いって訳でも無かったし、むしろ一瞬でも色んな事を忘れられる気がして……了承したのも自分の意思だった。


「お貸しって、そんな大層な事じゃ……」

「いやいや。そんな事ないよ? でもお誘い受けてくれて嬉しかった。私ってば結構考えが浅はかでね? 疲れとかストレスとかそういうの発散するにはって考えたら、適度な運動しか思いつかなくってさ。だから日南君も経験のあるバスケどうかな? なんて」


 そっか。そこまで俺ヤバかったのか? 表面には出してないし、出てないもんだと思ってたんだけど。


「そっか。なんか気遣わせてごめん」

「なんで謝るのさ。これは私の単独行動なんだから気にしないで」


 単独行動ね……ホントにそうなのか? なんて疑いたくはなるけど……とりあえず、こういう場に誘ってくれた事には素直に感謝するしかないかな。それにしても、結構ブランクあるけど大丈夫か? 俺。


「ははっ。それにしても、結構ブランクあるんだけど大丈夫かな?」

「それなら全然大丈夫! バスケットボールサークルだし、皆……」


「ワイワイガヤガヤ、楽しんでるからさっ!」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「おっしゃー! 走れ走れ」

「ボールもっと回せ!」

「判断遅いよー、もっと集中しよっ」

「ナイシュー、切り替えていきましょう?」


 ……あれ? 宮原さん? さっきあなた言ってましたよね? バスケサークルで、皆ワイワイガヤガヤ楽しんでいると?


 1つ聞かせて欲しい。これのどこがワイワイなのか? ガヤガヤなのか!!


 車から降り、案内されたのは黒前大学構内にある第2体育館。第2とはいうものの、大きさ的には一般的に学校にある体育館と同じ位。

 そんな中、宮原さんに案内される様に立ち入った矢先、飛び込んできたのは……まるで強豪校の部活を見ているかの様な光景だった。


「えっと……宮原さん?」

「今日は人数多いねっ! あっ、日南君? 監督に紹介するよ」


 予想外の展開に、宮原さんに声を掛けようとするものの……当の本人は全く意に介さず。スタスタとその歩みを進めていく。


 その行く先には、監督らしき背の高い人が確かに居た。マネージャーらしき人の背中が見え、話をしているんだろう。まだ俺達の存在には気が付いていないご様子。

 まぁそんな事よりも、コートで行われている地獄の様なメニューが気になって仕方がない。


 うぇ……スリーメン? スクエアパスのボール4つ? 33秒ダッシュ? 見ているだけで……筋肉痛になりそうだ。


 するとその時だった、


「あっ、お兄ちゃんー!」


 練習を目の前に身震いしていた俺の耳に、そんな宮原さんの声が飛び込んできた。ただ、その言葉には少し違和感を感じる。


 ん? 今……お兄ちゃんって言った?


 思わず視線を戻すと、監督と思われる人がガッツリ宮原さんの方を見ていた。それも、


「おぉ、千那。来たかー」


 名前で呼んでいる時点で、知り合いなのは確定だ。ただ、その関係性にイマイチ理解が追い付かない。

 えっ? 監督に紹介するって言ってたよね? でもお兄ちゃんって言ってたよね? 

 練習見てるのはこの人と……目の前で話してる女の人。つまり……


 お兄ちゃん=監督!?


「うん! あと、電話で話してた日南君だよ? 軽く運動したいから、ちょっとボールとスペース貸してね?」

「おぉ、いいぞ? ん? 日……」

「えっ? 千那ちゃんって先輩の妹さん?」


 マジかよ! って監督やる位なら結構な年齢? 歳離れてる兄妹なのかな? ……っ!?


 そんな思いもよらない関係に、驚いている時だった……監督さんと宮原さんの会話に興味を示し、こっちを振り向いた女の人。


「えっ……あぁ希乃は初めて会うかもかもしんないな。妹の千那だ」

「うわぁ! 初めましてぇ!」


 最初は印象に残らなかったものの、その振り返り様の声に……なぜか反応してしまう自分が居た。ただ、その人はここに居るはずがない人物。なのに……


「え? はっ、初めまして……」

「うん。予想通りかわい子ちゃんだね。初めまして、私の名前は日南ひなみ希乃きのって言います」


 振り返ったその人は……俺にとって見慣れた人物で間違い無かった。だってその人は、


「あっ……私は、宮原千那と言います」

「千那ちゃんね? えっと…………あれ? たいちゃん? たいちゃんだ! きゃあ、めちゃくちゃ偶然!」


 自分の姉だったんだから。


「なっ、何で……」



「なんで居るの? 希乃姉!!」



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