第16話 蝕む何か
……どうしてこうなったんだろう。
ついこの間までは、それなりに充実した毎日だった。
気の合う友達もでき、新しい知識を学べる講義にも面白さを感じていた。
徐々に慣れてきて、バイトも見つけて、大学生らしいキャンパスライフを実感していたはずだったのに。
何で今の俺は……こんなにも……
打ちひしがれているんだろう。
その理由は何となく分かる。深く考えなくても理解している。
ただ、どうしていいのか……自分でも分からない。
「ちゅ、注文お願いします」
「はい」
澄川燈子。
大学ではその距離は完全に離れていて、余程の事がない限り話す事もないと思ってた。
なのに、まさかここでバイトする事になるとは。
ホールスタッフとして働く以上、嫌でも会話はしないといけない。正直嫌としか言いようがないよ。俺に注文を告げる時、少し表情を変える姿も腹が立つ。
そしてなにより、
『ひっ、日南君! あの……ごめんなさい。日南君がここでバイトしてるって知らなくて……』
この状況が、話し掛けられるキッカケになったのは事実だった。
『別に』
その事について、俺がどうこう言える立場じゃない。店長が決めたんだから仕方ない。
それ以降は、今まで通り話し掛けては来なくなったものの、仕事中とはいえ言葉を交わす機会が増えたのは正直キツい。
「オーダーお願いしまーす」
「はい」
立花心希。
駅前で遭遇してから、めっきり姿は見なかった。黒前高校という結構な近場、それを加味してもただの偶然だったと少し気が緩んでいた。
なのに、まさかここでバイトしていたなんて。
今なら分かる。たぶんあの時も、バイトへ行く途中だったんじゃないかって。
とにかく、あいつもホールスタッフ。澄川同様、嫌でも言葉を交わさないといけない。ただあいつの場合は、まるで注目して欲しいかの様に、じっと顔を見ながら注文を告げる。そのわざとらしい行動にはイライラする。
『ねぇ、いよちゃん。一緒に帰ろうよ』
それにバイト終わり、わざわざ俺を待ち伏せて、何度も話し掛けてくる。それも天女目や他の人が居ない時を狙って。
結局、どれだけ気にしない様に無視しても、ウザい位に構わず絡んでくる姿は……何を考えてるんのか理解不能だ。
楽しくて、居心地の良かったはずのバイト。その空間が一転したのは一瞬だった。
出来るなら、話もしたくない。顔も合わせたくない。
ただ、そんな行動のせいでゴーストの……他の良くしてくれてる人達の雰囲気を壊したくはないし、迷惑を掛けたくない。
いっその事辞めてしまえば楽なのかもしれない。
けど、余りにもその期間が短くて、余りにも身勝手。
姉さん達との縁で誘ってくれた、能登店長にも申し訳がなさすぎる。
それに、これは俺のちっぽけなプライド。
ここで辞めたら……今辞めたら……
あいつらに負ける。
それだけは嫌だった。
とはいっても、精神的にキツイのは変わらない。それは徐々に体にも現れる。
一体どうしたら……
良いんだ……
「…………い、おい日南!」
「……えっ、なんだ」
「どうしたもこうもないぞ? 話聞いてたか?」
あっ、やばい。聞いてなかった……
「わっ、悪い」
「ねぇ、日南君……大丈夫?」
「そーそー、なんか最近講義も上の空って感じじゃないー」
「なぁお前バイトやり過ぎなんじゃね?」
「僕よりも多いよねぇ? シフト」
「いや、ちょっと疲れ出て来ただけだって。講義とバイト、あと炊事とかのさ?」
「それなら良いんだけどよ。今日もバイトか?」
「いや、今日と明日は休み」
「だったらちゃんと疲れ取れよ?」
「そうだよぉ? シフト被って無い時だったら、僕代わりに出るからね?」
「ちょっと頑張り過ぎだってー日南っち。ここいらで、ちょっと息抜きしなよ―」
……最悪だ。結局、大学の講義にも……皆にも心配掛けてるじゃんか。
「あぁ、そうするよ」
俺……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
辺りは少し薄暗さを残す中、俺は1人自分のアパートへ帰ろうとその歩みを進めていた。
鷹野は車だから裏門。天女目はバイト出番で、同じく裏門。
1人になるのは今に始まった事じゃないのに、少しだけ何とも言えない感情に包まれる。
休めか……家ではちゃんと休んでるつもりなんだけどな? 正直、どうしていいのかさっぱり分からない。
「ふぅ……どうし……」
「日南くーん」
口から弱音が零れそうだった瞬間、それは後ろから突然聞こえて来た。
ん?
思わず振り返るとそこに居たのは、駆け足で近付く……
「はぁ……追い付いた」
宮原さんだった。
えっ? 宮原さん?
「どっ、どうしたの?」
「呼び止めちゃって、ごめーん」
「それは全然良いけど……」
「あのね、日南君?」
なんだ? わざわざ追い掛けてくるって事は……嫌な予感しかしない。もしかして、あの時の事聞かれるんじゃ……
「なっ、なに?」
「えっと……その……」
このタイミングは最悪だ。とりあえずなんとか……
「日南君、今日と明日バイト休みだって言ってたよね?」
えっ? バイトの話?
「えっ、あ……うん」
「あのね? 貴重なお休みだって事は重々承知なんだけど……」
「もっ、もしよかったら、貴重なお休みの1日。私に貸してくれないかなっ!」
えっ? 休み? 貸す?
「えっ、それってどういう」
「ダメ……かなっ……」
ちょ、ちょっと待って? 良く分からないんですけど? しかも……
その上目遣いは反則だってぇ!
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