第15話 まさに……ゴースト
何とも慌ただしく感じた大型連休が終わり、暦が変わって数週間経った今日この頃。
「おはー、日南っち」
なんとか5月病に見舞われなかった俺は、それこそいつもの様に、
「おっす、日南」
「おはよぉ。皆」
いつものメンバーと一緒に……
「おはようっ! 日南君」
講義を受ける日々を送っていた。
最初は皆、連休の終わりを嘆く事も多かったけど……数週間も経てばいつも通り。すっかり休み前の姿に戻っている。
戻っていると言えば……あの日、最悪な事に出会ってしまった立花。
宮原さんのおかげで、近隣の黒前高校に居るって知って絶望した。ただ、あれ以来……不幸中の幸いか、あいつとは遭遇していない。あれから数日は駅前には近付かなかったけどさ? ともかく、あいつに対する危機感も……少しは無くなった気がする。それこそ休みに入る前の状態に戻りつつあると言って良いかもしれない。
そして、宮原さん。
一連の光景を見られただろうあの日。
黒前高校で立花の存在を知っていた。更には東京から転校して来た事も知っていた。
『もしかして知り合い?』
その一言に焦ったのは言うまでもない。
ただその後、必死の言い訳で納得してくれたようで……一緒にケーキ食べたっけ。
内心何か考えているんじゃないか……結構身構えて緊張した日々を過ごしたけどさ? 結局今まで、特に変わった様子は見られない。俺にその話を振る事も無ければ、算用子さんの様子を見る限り、誰かに話しているとも思えない。
もしかしたら、本当に納得していたのかもしれない。というより……思いたい。
「なぁ日南、今日バイトか?」
あぁ、それと……変わった事もある。それはバイト。
何の因果か、あの日縁があって決まったカフェ&レストランゴーストでのバイト。休みが終わってすぐに履歴書を持っていて、見事採用してもらった。
「あぁ、天女目とな」
「うんうん」
もちろん予定通り天女目と一緒だったのは心強かった。
まぁ場所が駅の近くで、もしかしたらあいつと……なんて不安もあるけど、店長を始め他の人達も優しいから、今の所何の問題も無い。
「やっぱ今度ー、行くしかないねー」
「だね! そういえば店長さん変わってから随分行ってないな」
うわっ、来るの? 駅近く=大学の近く。いずれこうなるとは思ってたけど……
「もちろん! 来て来てぇ」
「ははっ……」
これも通過儀礼。別に来るだけなら大丈夫。きっと大丈夫。
「もちろんサービスはしてくれるんだろ?」
鷹野……それは無理!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「注文入りまーす。オム2、ナポ1」
「はーい。日南、オムライス頼む。俺、前の注文と合わせてナポリタン2つ作るから」
「分かりました!」
「イチゴパフェ3つ出来ましたぁ」
慌ただしく注文で溢れる厨房内。そんな怒涛の忙しさの最中、俺はひたすらフライパンを振っていた。
ここで働いていると、自然と混む時間も分かってくる。お昼時と夕食時。いわゆる魔の時間帯と呼ばれるそれは、尋常じゃない位……
「ハンバーグ1、チーズハンバーグ1」
「注文入るよー。オム1、ナポ1、和風スパ1」
料理の注文が入り乱れる。
「今日はパスタ系多いなっ! ったく、とりあえず俺和風も作る」
「追加のオムは俺が」
「じゃあハンバーグ任せて下さぁい」
基本的に男性はキッチンスタッフ、女性はホールスタッフ。そんな話を聞いて、何の疑いもなくキッチンへ足を踏み入れたけど、最初はこの慌ただしさに焦りに焦ったっけ。
けど、今日居る板倉さんを始め、沢山の人に教えてもらって……何とか捌けるようになった。
ここカフェ&レストランゴーストは、店長さんも言ってた通り結構学生さんのバイトが多い。午前中はパートの皆さんと時間のある学生がシフトに入り、講義が終わった夕方は殆ど学生さんがシフトに入る。つまり必然的に、一緒に働くのは年の近い人達。そのお陰か、先輩方には話がしやすくて、質問もしやすい。ちなみに板倉さんは近くの芸術大学の3年生らしい。
「オムライス3オッケーでーす!」
とにかく、食材の場所や作り方のコツなんか、滅茶苦茶丁寧に教えてもらって、何とか戦力として働けるレベルにはなったと思う。
しかも天女目は元々料理が好きらしく、驚く程の速さで慣れていた。ハッキリ言ってその調理スピードは勝てる気がしない。
しかも、ここでバイトする強みは近さと時給だけじゃない。なんと言っても賄い。
一食でも食べれるってのは、長期的に考えるとかなり経済的だ。……大盛にも出来るしね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ……やっと収まったか」
そんなこんなでピークを越えると、ちょっとした休憩時間が訪れる。
その間に好きな飲み物をディスペンサーから頂戴して、何気ない会話で盛り上がる。そんな時間は結構楽しい。
学校の話や、日常的な話。あとは……
「はぁ……彼女欲しいなぁ」
「そんな毎日溜息つかないで下さいよ。板倉さん」
「そうですよぉ? でも板倉さん背も大きいし、すぐ出来ると思いますよ?」
他愛もない男同士の話はやっぱり楽しくて面白い。特に板倉さんはお兄さんみたいな存在感で、俺も天女目もすぐに仲良くなった気がする。
「あのな? お前等には言われたくないわ! ふんわりパーマの典型的なイケメンに、母性本能くすぐる子犬系男子っ! 天性の武器持ったお前達に、一般人の苦しみは分からないんだよ」
「いやいや、これは天パーで……」
「僕だってぇ、出来れば男らしく……」
「そういうの! そういう発言は持てる者だからこその発言なんだよ。俺は俺は……」
「いや、板倉さん絵上手いじゃないですか?」
「男らしくて身長も高いじゃないですかぁ!」
「くぅ……嫌味にしか聞こえねぇ」
「はいはいーちょっと良い? 男性陣」
なんて話をしていると、カウンターから店長さんが顔を覗かせる。
いや、働いてる人も皆優しいけど、1番凄いのはやっぱり能登店長なのかもしれない。気兼ねなく話せる雰囲気だけど、仕事中はキッチン、ホール全てを見回す視野の広さ。ワイワイした雰囲気なのもこの人あっての事なのかもしれない。
「またもや頼もしい助っ人が入ったから、紹介するよ」
「おっ、マジっすか? 店長」
「あぁ、しかも喜びたまえ板倉君。女の子だ」
「おぉ!」
「良かったですね板倉さん」
「これはもしかするとあり得ますよぉ?」
「そうだといいけどなぁ? ちなみにここは職場内恋愛禁止だからな?」
「えぇぇ!?」
はぁ……なんか良いな。
大学に入って、友達と講義受けて、遊んで……
「まぁ冗談だ」
「ですよね!? 大体初めて聞きましたもん!」
空いた時間でバイトして、しかもそこはかなり雰囲気良くて賄い付き。
「ははっ、ったくホント面白いな。さすが古参」
「からかうのは止めてくださいよー」
もしかしてこれが、俺の求めていた……
「すまんな。じゃあ紹介するぞー。今度ここで働く事になったになった」
理想のキャンパスライフって奴……
「澄川燈子さんだ」
……じゃない!
「はっ、初めまして! 今度からお世話になります……っ!?」
待て……待て……嘘だろ…… 嘘だろ? 止めろよ!
「ん? どうしたの?」
「いっ、いえ。なんでもないです。すっ、澄川燈子です! 宜しくお願いします」
澄川燈子!!
「宜しくー、俺の名前は板……」
♪♪~♪♪♪~♪~
「ん? お客さんだな」
何でだ? 何でお前が……けど、丁度良い時にお客が来たな。
「店長ー! やっとテスト期間明けましたー! 明日からシフト入りますー」
「あぁ、お疲れ様。長かったな」
「やっぱ3週間バイト禁止は長すぎですよね? ってあれ? もしかして新しい人ですか?」
「あぁそうだ。一挙に3人も増えたぞ?」
「本当ですか? じゃあ挨拶しないとっ!」
「今、板倉とその3人が居るから丁度良いな」
「えっと……こんばんわ! 初めまして。ここでバイトしてる、」
とりあえず、何気なく仕事に戻……
「立花心希です! よろし……」
……っ!!!
おい……マジか? これは……
「……く……お願いします」
夢だよな? 夢であって欲しい。
なんでだ? 折角、理想のキャンパスライフを手に入れたと思ってたのに、なんで邪魔する?
しかも、よりによって2人。
何でお前らが俺の前に現れるんだよっ!
心臓が痛い……頭が痛い……呼吸が出来ない……
あぁもう……
最悪だよ。
――――――――――――
その頃、とある空港。
「んー! 着いたぁ、久しぶりの日本っ! とは言ったものの、滞在日数は結構短いんだよねぇ。知識獲得の為とはいえ、詰め込みすぎたかぁ……はぁ……とりあえず父さん達に顔見せよっと」
「そいえば詩乃ちゃん、1ヶ月前に一時帰国したんだよねぇ。電話でも話したけど、運命の様なすれ違いじゃん! もう……」
「あっ、確かたいちゃんに会ったって言ってたっ! そうそう、黒前大学に入ったんだよねぇ。あのたいちゃんが後輩かぁ……なんか嬉しいなぁ」
「…………そうだ! 良い機会だし、私も会いに行っちゃお! 電話ではお祝い言えたけど、やっぱりちゃんとお顔見て言わないとね? それに久しぶりに黒前大学にも行きたくなっちゃったし……あっ! まだあるかな? あるよね? ゴースト! 能登ちゃん元気かなぁ?」
「うんっ、決定! お家行って、すぐに行っちゃお。ヤバいなぁ、滅茶苦茶楽しみだなぁ」
「たいちゃん達と会うの……ふふふっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます