第14話 喫茶店『逃避行』
この場から離れたい。
そんな気持ちでいっぱいだった俺は、ただひたすらその歩みを速めた。
宮原さんにはそれらしき言葉を掛けれたけど、果たして理解してくれたのか……その不安は募る。だけど、とにかく遠くへ行きたかった。
後ろを振り返るなよ。とりあえずこのまま駅の中に行って、人混みに紛れよう。数人居れば良い。とにかくあいつが追ってきた時、少しでも注意が逸れればいい。
そしてそのまま、店に入ろう。
焦る気持ちに比例するように、その足も手にも力が入る。
そして少し人を避けながら、何とかその中へと入る事が出来た。
駅の中にはそれなりの人の影。その様子と、何とか駅へ来れた事にホッとしたものの……まだ手放しには喜べない。
後ろから来ている可能性もある。だからどこか店に! 確か2階に喫茶店あった気がする。
オープンキャンパスでこの駅を訪れた時に、何気なく入った喫茶店。この時ばかりは、それを覚えていた自分を褒めたかった。
だが、今はそんな事している場合じゃない。その足を止める事無く、俺は一直線に目の前の階段を駆け上がる。そして登り切った先で左側に視線を向けると、その看板が目に入った。
急げ……
後はそのまま入るだけ。
少し早めに歩きながら、ついにその入口へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」
「はっ、はい」
「それではお好きなお席にどうぞ」
大きいとは言えない店内。ただ、その雰囲気は木目調のテーブルとイスも相俟って、どこか温かみを感じる。約1年越しに来たものの、その光景は意外と記憶に残っていた。
そういえばこういう感じだったな。んで、確か窓際の……ここだ。
前に来て、座った窓際の席。片側が椅子で片側がソファの4人掛けの席。懐かしさからか何の考えもなく辿り着いた所で、
「どうぞ?」
そう言ってソファ席へ手を向けると、俺はゆっくりと対面の椅子へ腰掛ける。
「ふぅ……」
椅子の感触を体に感じた瞬間、緊張しっぱなしだった体から一気に力が抜ける。それと同時に、どこからともなく安心感に包まれて、思わず口から息が零れた。
なっ、なんとか逃げられ……
「日南君?」
えっ?
その時だった、完全に気が抜けていた俺の耳に入り込んだ声。天を見上げていた視線をゆっくり戻すと、そこには……キョトンとした表情で宮原さんが俺を見ていた。
あっ……あぁ!
その刹那、緩み切っていた体に力が入る。そして全てを思い出した。
そうだ……逃げる口実で……宮原さん連れて来ちゃってたんだ。
あれ? そもそもどうやって? ……っ! 最悪だ。手握って……
「おーい、日南君?」
力任せに引っ張って来たんだっ!
マズいマズい。あいつと話してるの見られてたよな? 話してる事も聞かれたかも? しかも無理矢理手掴んで、力任せに引っ張って……あぁ色々とマズ過ぎるっ! とっ、とにかく何とか……
「えっ、あっ、はは……」
出来ない! 口が上手く回らない。適当な言葉が見当たらない。きょっ、挙動不審すぎる!
「えっと、ちょっと良いかな? 日南君」
あぁ、やっぱり……そうなっちゃいますよね?
「なっ、何かな?」
「えっと、さっきの子って知り合いかな?」
いっ、いきなり本題!? いや、これは誤魔化すしかない。知らない人で通せば、話は終わりなんだ。
「違うって。なんか人違いみたいでさ?」
「人違い……」
おっ? この反応は……
「結構しつこくてさ、ちょっと大きい声出たかも」
「だからか。なんかあったのかなって思ったよ」
いける。
「ごめんごめん。でも宮原さんが居てくれて助かったよ。ありがとう」
「うぅん。全然」
このまま話を終えれる。
「……そう言えば」
「なっ、なに?」
その他、特に怪しまれてないっぽ……
「あの子、黒前高校の生徒だよね」
……くないっ!
「えっ、そうなの?」
マジか? あの制服って、くくっ黒前高校なの? あいつ黒前高校通ってるの? って、待て待てこれは……非常に危ういかもしれない。そう言えば宮原さんって……
「うん。だって最近まで着てたからねぇ」
黒前高校出身だった!! ……あれ? て事は……
「あっ、そうだったね。いっ、いやぁなかなか可愛いデザ……」
「立花さん……だったかな?」
そう……なりますか……
「えっ……?」
「なんか印象に残ってるんだ」
あの制服が黒前高校の物だと知って。嫌な予感はしていた。1つ年下、
「1つ学年が下で、」
もしかしたら顔見知りかもしれない。友達かもしれない。ただ、あろう事か宮原さんは……
「転校してきたんだよね?」
それ以上の核心に……
「てっ、転校?」
迫りつつあった。
「うん。だって言葉が綺麗だったから。だから印象に残ったのかな? 確か……」
「東京だっけ」
その地名を聞いた瞬間、思わず生唾を呑み込んだ。
心希を知っている。転校して来た事も知っている。さっきのやり取りも聞かれてる。
一体どこまで気付いているのか……目の前の笑みはいつも見せるそれとは違って見える。
あっ、焦るな……まだ出身が同じってだけ。俺とあいつが知り合いだってバレた訳じゃない。
それ以上に、あいつとの関係が知られたらマズい気がする。
根掘り葉掘り聞かれる?
拒否したら逆にあいつに聞きに行くかも。
大学で変な噂を流される可能性もある。
それを餌に脅されるって事も。
最悪だ。最悪すぎる。
考えすぎ? いや、十分にあり得るんだよ。女だからって、考え過ぎだなんて事は……ない。
とにかく変な様子を見せるな。弱みチラつかせるな。まだ……終わってない。
「そうなんだ。俺と一緒かぁ。でも東京って言っても色々あるしね? 人口も多いし」
「……あぁー言われてみると、青森の比じゃないもんね」
「そうそう」
でも、これであいつの詳細な出身場所まで知ってたらヤバいぞ? いや、だったら俺が嘘を……
「…………そっか」
……えっ?
「でも、凄い偶然だよね? 人違いで声掛けた人が、同じ出身地って。ちょっとびっくりしてるもん」
「そうだよね。俺も宮原さんから話聞いて驚いたよ」
「ふふっ」
あれ? 終わり……? 話終わり? てっきりもっと突っ付かれると思ったんだけど……
「あっ、日南くーん?」
きっ、きた!
「手痛いんですけどー」
少しムスっとした表情を浮かべ、徐に左手を上げてプラプラさせる宮原さん。
まさか怪我を理由に……なんてまたもや身構えたものの、目が合うと途端にその顔はいつもの笑顔に変わった。
「えっ、あっ! ごめん! つい……」
「痛いなー痛いなー」
これはどっちだ? マジか? 冗談か? 女のこういう行動って……読めないんだよっ!
「いやっ、えーっと……」
「これはあれだ。打撲してるかもしれない!」
うわっ! あり得る。結構力入れてたからあり得る!
「本当!? マズい。とにかく……」
「だとしたら、甘い物が必要だね。うん」
えっ?
「きっと糖分が足りないと思う。それさえ摂取出来れば……」
その瞬間、宮原さんの視線がテーブル脇にあるメニューへ移ったのを見逃さない。というより、それはあからさま過ぎて、もはや誰にでも分かりそうな動きだった。
メニュー……ん? ケーキ? これ? これを奢れと? いやそんな安直なはずないと思うけど……
「わっ、分かったよ。奢ります。ケーキでも何でも奢ります」
「えっ、本当? 丁度小腹が空いてたんだよねぇ」
小腹って、晩御飯は? ……ってそんなのどうでも良いよっ!
正解っ!? 正解なの? てかむしろそれで良いの? 本当にさっきの話終わりなの!?
「本当だって、好きな物どうぞ」
「やったね。ありがとう日南君」
あぁ、分からない。
本当に宮原さんの中では完結したどうでも良い話になったのか? はたまた、この行動自体が嘘で、内心何か企んでいるのか?
分からない……全然読めない……
「あっ、すいませーん! 注文お願いしまーす」
「はーい」
「ふふっ、楽しみだなぁ」
一体どっちなんだ!?
宮原千那っ!
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