第13話 後悔先に立たず―その3―




 キッカケは単純。誰からも言われた事の無かった言葉。

 そして学年、いや? 学校内でも1番のイケメンに言われた。遊びに誘われたって自惚れ。

 あの時の私は完全に自分に酔ってた。


 夏休み。もちろん、いよちゃんとも遊んだし出掛けた。けど、いよちゃんが忙しかった日は……如月と遊んでた。

 遊ぶのも最初は抵抗があった。でも……


『暇なとき連絡してよ。既読付いたらさ? 俺学校で待ってるから』


 そう言われたのを思い出して……何気なくメッセージを送った。半信半疑で学校へ行った。


 如月は……居た。


 そうなったら……もう止まれない。

 イケメンと遊んでる。

 誘われて遊んでる。

 買い物して、映画見て、ご飯食べてる。


 その事実が嬉しくて……もしかして自分に気があるんじゃ? そう思う様になった。


 本当バカだよね? 本当にバカ。


 でも、私はあの時何も見えてなかった。気付いてなかった。有頂天だった。


 だから……そんな日々が続いた……あの日。

 懐かしい公園で、いよちゃんに告白された時……


『ごっ、ごめん! いきなり過ぎて……返事待ってくれない?』


 嬉しいはずなのに。それは前から待ち望んでいた言葉だったはずなのに。

 私はいよちゃんと、今まで一緒に居た幼馴染と……たった数ヶ月しか付き合いのない如月を比べた。


 そして……保留なんて最低な事を口にした。


 家に帰ってからも悩んだ。夜通し悩んだ。

 朝になって、なんて話して良いか分からなくて……寝坊したって母さんに言ってもらって、初めて一緒に学校行かなかったんだ。


 できれば行きたくなかったけど……それは流石に無理でさ? 時間差で……学校行った。なんて答えようか悩んでた。


 そんな時、校門の前で誰かに話し掛けられた。


『あっ、立花さんじゃん』


 もう少しでホームルームが始まる時間。おかげで、生徒の姿はほとんどない。そんな中……声を掛けてきたのは、2年の葛霧くずきり

 話は殆どした事はなかったけど、如月と仲が良くて常に隣に居るから顔だけは知っていた。


『えっと葛霧君?』

『そうそう、おはよう。そういえばさ夏休み中、皇次と何回遊んだ?』


 その唐突な言葉に、動揺を隠せなかった。ただ、


『えっ?』

『いやいや、皇次と仲良いからさ? 夏休みに立花さん遊びに誘うって聞いてたから。あいつ本気っぽいし』


 続け様の言葉に、納得してしまった。仲の良い人に教えてる? しかも本気? これって本当に……なんてね? そんなの一瞬でなくなるのに。


『そっ、それは……何度か……』

『おぉ、良かった。じゃああいつの思い通じたんだな』


『おっ、思い?』

『えっ? だってそうでしょ? 立花さんも皇次の事好きだから……』



『告白の返事渋ったんでしょ?』



 それは紛れもない事実だった。ただ、あの時誰も居なかった。そう思っていたのに……葛霧に見られていたって理解するのに時間は掛からなかった。


『なっ、なんで……』

『いやぁ、偶然通りかかってさ? そしたらベンチに座ってるじゃん? しかも相手は仲の良い幼馴染? こりゃやべって思ってさ? でも安心したよ。渋ってくれて』


『そっ、それは……』

『ん? だって返事してないんでしょ? て事は、悩んでる? もしくは皇次に気があるって事でしょ?』


 その言葉に……反論できなかった。どうしていよちゃんの告白に、素直に答えられなかったのか。そこには如月君の存在があったのは事実。葛霧の言っている事は……正しかった。


『ノーコメントって事はそういう事でしょ? 良かった良かった。じゃあねー』

『あっ、ちょっ……』


 私は結局、学校へ入る葛霧を追えなかった。だって事実だったから。

 そして、教室の雰囲気が変わったのを感じたのは……授業の合間の休み時間。


 その頃から、少しザワザワしていた2年の教室がある2階。その渦中にあったのが自分だと気付いたのは、友達の里香りかのおかげだった。


『ねぇ、心希? あんた日南さんフったの?』

『えっ?』


『なんかあちらこちらで噂になってるよ? あんた達仲良かったでしょ? 中学でもほとんどの人が仲良い2人って認識だったよ? とにかく、本当なの!?』


 なんで……? 誰が……?

 その言葉を聞いた瞬間、声が出なかった。

 そして、この教室に漂う騒がしさの理由が、自分だと知った瞬間、怖くて仕方がなかった。


『あっ……えっ……』

『無言って事は……本当なんだね? とにかく、誰が広めたか分からないけど……これ結構続くと思う』


『とりあえず……それだけ教えたかった。それじゃあね』


 離れて行く里香。その背中が……冷たく感じた。

 そして何より、クラスの皆が私を見ている様で……私の事を話している様で……怖くて仕方なかった。


 早く終わって欲しい。放課後になって欲しい。

 それだけを祈っていた。



 そして気が付けば、誰も教室に居なくなっていた。

 窓から見える夕日が、待ちに待った放課後だと教えてくれた。今までどう過ごしてたか記憶はない。ただ、思い出すだけで寒気がした。


『おっ、いたいたぁ。立花さん』


 そしてその声に、例え様のない怒りが沸々と湧き上がる。


 まるで見計らったかのように教室へ入って来た葛霧。

 私が告白をされたのを知っているのは、よく考えるとこいつだけ。つまり、噂として広めた犯人はこいつしか考えられない。しかもフったなんてデマまで……


『あっ、あんた何っ……っ!』


 椅子から立ち上がり、葛霧の前まで行こうとした……その瞬間、後ろから誰かが身を乗り出す。

 その人物は……その人物は……


『やぁ、立花さん?』


 認めたくない。認識したくない。ただ、それは紛れもなく、


『きっ、如月……君』


 如月皇次だった。


『ふぅ。立花さん。結構面白かったよ』

『えっ?』


『じゃあそういう事で英治……お前の取り分5000円な』

『うひょ、サンキュー』


『なっ、なにを……』

『あぁ、これさ? ゲーム』


『ゲー……ム?』

『他の人の女落とすのがたまらなく好きでさ? そんな時、良い奴らを見つけたんだ。仲の良い幼馴染? だからちょっとしたゲームも交えて、俺がお前を落とす事が出来るかどうか……賭けしてたんだよ』

『いやぁ、流石皇次。鷺嶋さぎしま鏑木かぶらぎ柳沼やぎぬま達……悔しがってたぞぉ?』


『賭け……?』

『でも流石に無理かなって思ったけど、やるぅ』

『まぁな。そういう事』


『ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ私と遊んだりしたのは……』

『ただの遊び』


『そっ……そんな……でも、だからってあんな噂……』

『いやいや、それは事実だろ? お前が告白を渋ったのは? あの幼馴染の事が好きなら即答してるだろって、あの公園でなっ』

『そういう事。俺の事好きになってたんじゃないのぉ? 幼馴染裏切ってさ?』


『嘘……そんな……』

『嘘じゃないだろ。それに噂は3年にも広まってる。もうどうしようもないと思うよ?』


『……っ!』

『あとさ? 俺のせいにしようと思うなよ? 皆から信用されてる俺と、大事な幼馴染フったお前。どっちを信じるか分かるだろ?』


『さっ、最低! あんた達最低!』

『うわっ、ひでぇ。でもな、キスもなんもしなかったろ? 当たり前だ、そんな貧相な体、誰が好き好むんだよっ! 大体さぁ、俺から言わせると……』


『甘い言葉に乗せられて、ホイホイ惚れる女の方が最低だと思うけどな? じゃあなぁ簡単尻軽女さん』



 ……何も出来なかった。何も言い返せなかった。

 確かに、こんな状況で私が何を言っても……誰も如月が悪いとは思わない。


 そして残ったのは、私がいよちゃんをフったって事だけ。本当の事じゃない。でも……実際私はなんて告白の答えを言うつもりだったのか。そう考えると……全部が全部嘘だとは言い切れなかった。


 だから尚更……いよちゃんには言えなかった。

 自分をフったくせに何言ってんだ? そう言われるのが怖かった。


 魂が抜けた様に家に帰って、ひたすら泣いた。でもさ? でも……


 やっぱりいよちゃんに言わなきゃって思った。


 だから、朝早くから玄関で待ってた。いよちゃんが出て来るのを。

 そしたら、出て来た。いつもより大分早い時間。でもね? 勇気を出して声を掛けた。掛けたんだよ?


『いっ、いよちゃ……』


 その最中、いよちゃんと目が合った。でもさ……その目こに私は映ってなかった。何も映ってない。私に視線を合わせるどころか、何も無かった様な……本当に誰も居ないような表情で歩き出すいよちゃん。


 あんな顔を見たのは初めてだった。

 小学校の時は、悲しそうだったのに。今は、何も感じないかのような無。


 私なんか、居ないような……存在してないような……


 初めて受けた態度と行動。


 この瞬間……私はもう駄目だと思った。

 あの時怒りを覚えた、澄川や一之瀬達とやった事は同じ。

 いよちゃんにした仕打ちは……如月と葛霧と同類の事なんだ。



 全てが終わったんだって……



 それからいよちゃんが卒業するまで、なるべく会わない様にした。いよちゃんにあんな反応されるのが、怖くて怖くて仕方なかったから。


 学校では大人しく過ごした。

 話し声が、全部私の事を言っているような気がして嫌だった。

 皆が私を見ている様で怖かった。


『幼馴染を裏切った女』


 そしてそんな日々を過ごす内に……いよちゃんは卒業した。

 距離の離れた寮のある高校。母さんが、いよちゃんのお母さんから聞いたみたいで。それを知った時、本当に終わったのだと思った。

 受験勉強の気を遣ってくれてありがとう。なんて言われたみたいだけど……そんなの母さんに、


『最近太陽君遊びに来ないね?』


 って言われて、とっさに出た都合のいい言葉だった。


 そして新学期。……私は、


『如月君に優しくされて勘違いした女』


 そう呼ばれる様にもなった。

 廊下ですれ違う時に、たまたま耳にした言葉。


 でも、それを聞いても反論は出来なかった。言ったところで何も変わらないって分かってたから。

 ストメのメッセージだって、良く見返せば送ったのは私だけ。あいつがしたのは既読。

 いくら画面を見せても、見せれば見せる程おかしいのは私。

 勘違いしてメッセージを送りつけた……確固たる証拠だった。


 そしてその頃には……仲の良かった友達も距離を取るようになってて……独りぼっち。


 だからね? 運が良かったのかもしれないけど……父さんが引越しの話をしてきた時は嬉しかった。


 事業拡大の為に、新しい支所の責任者としてどうだという打診。

 父さんは急遽だけど……なんて話してたけどさ? 私は二つ返事でOKしたよ。


 こんな所には居たくなかった。逃げたかった。


 そして実際に……ここ本州最北端へ逃げたんだ。


 こうして、黒前に来た私を待ち受けていたのは、想像以上の温かさだった。

 転校してきた私を皆凄く受け入れてくれて、東京の話を聞きたいって子には、惜しむ事無く話してあげた。


 あっと言う間に友達も出来てさ? バイトも始めて……本当にここへ来て良かったって思ってた。

 でも、そんな私の前に……



 ――――――――――――――――――



 その顔を見た瞬間、息が止まりそうだった。

 身長は大きくなってて、顔どこか凛々しくなっている。それでも面影はちゃんと残ってた。

 なんでここに居るのか……分からないでも、とっさに零していた。


「いよ……ちゃん?」


 もしかしたら……一瞬思ったけど、現実は甘くない。


「気持ち悪い」

「えっ?」


「大体誰だよお前、気持ち悪い呼び方してんじゃねぇよ」

「でっでも、いよちゃんだよね? その声、顔……いよちゃ」


 聞いた事の無いようなキツい言葉が、何度も私に襲い掛かる。


「誰だよいよちゃんって、俺はお前なんか知らない」

「わっ、私だよ? 心希だよ? 家お向かいで幼馴染の立花……」


 今更言えた義理じゃない。でも、謝りたかった。あの時の事を少しでも口にしたかった。


「俺に幼馴染なんて居ない。誰かの噂話を広める様な奴も、本音隠して生きてるような奴も、俺の知り合いには居ねぇよ」

「はっ……そっ……」


 けど、まざまざと現実が襲い掛かる。当たり前だ、分かってはいた。ただ視界に入れた、言葉を掛けられただけでも……どこかホッとする自分が居る。


「という訳で、じゃあな?」

「まっ、待って……」


「なっ……」

「あれ? 日南君?」


 そんな時、誰かがいよちゃんに話し掛けた。


「やっぱりー、偶然だねっ?」


 通りすがる車のヘッドライトですぐには分からなかったけど、


「あれ? この子……」


 徐々に移るその姿には見覚えがあった。


 宮原さん!?


「もしかしてお知り……」

「ちょっ、丁度良かった! 宮原さん」


 そう言うと、手を引っ張りどこかへ行こうとするいよちゃん。私は、そんな2人の背中を見ている事しか出来なかった。けど……


「宮原さん。去年まで黒前高校居た……。確か卒業後は……黒前大学へ進学したよね?」


 だとしたら、ここにいよちゃんが居る理由も、宮原さんと知り合いなのも……答えは1つしかない。


 そっか……じゃあまだ、お話出来る機会はあるよね? 許してとは言わない。でも、あの日言えなかった事を伝えたい。だから……



「また会えるよね? いよちゃん……」



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