第12話 後悔先に立たず―その2―

 



 私には仲の良い男の子が居た。

 小さい頃にお迎えに引っ越して来て、そこから家同士の付き合いが始まったみたいだけど、正直覚えてない。

 ただ、気が付いたら何の疑いもなく隣に居て、当たり前のように一緒に遊んでいた。

 歳は1つ上、家は目と鼻の先。


 明るくて、面白くて、男勝りだった私に優しい。

 それが幼馴染の……日南太陽だった。


 思い起こせば、保育園の頃から遊んでいた記憶が朧げにある。とにかく一緒、行くのも帰るのも一緒。年齢が上がり、お部屋が別々になった時は泣きじゃくったって話は、母さんからよく聞いた。


 残念ながらその事に関しては身に覚えがないのだけど、1つだけはっきり覚えている事もある。それは呼び方。

 いよちゃんのお姉さん達が物凄く綺麗なのは覚えてる。そんな人達にたいちゃんって呼ばれててさ? なんかこう……対抗心って言うのかな? 私だけの別の呼び方で呼びたい! なんて嫉妬しちゃって……日南太陽の太陽。そこの真ん中を取って、いよちゃんって呼び始めた。


 それをいよちゃんは……笑って受け入れてくれたよね。そしていつでも一緒に居てくれた。


 ともかく、そんな関係は小学校に入ってからも変わらなかった。先に小学生になったいよちゃんが羨ましくて、早く自分もランドセルを背負いたいって思ってたっけ。

 どうして同じ歳じゃないんだろうって、本気で考えたりしたけど……1年経ったら、そんなのすっかり忘れてた。

 一緒に登校して、一緒に帰って一緒に遊ぶ。それが当たり前で、嬉しい毎日だった。


 4年生になったいよちゃんは、ミニバス部に入ってさ? 遊ぶ時間は少なくなった。でも、私は特にやりたい事がなかったから、次の年に同じミニバス部に入部したんだ。


 異性なのに気が合う。一緒に居て気が楽で、気兼ねなく何でも話が出来る。

 それは私にとって、当たり前でかけがえのない位楽しい毎日の象徴だった。


 だからね? あの日、いよちゃんが私に話してくれて嬉しかった。

 澄川って人と一之瀬にされた事。口にするのも辛かったと思う。だって、何気なく遊びに行ったら、見た事のない顔してたんだもん。


 だからさ? 嬉しさと同時に怒りが湧いてさ? 一言本人達に文句言ってやろう。年上とか関係ない。お母さん達にも先生達にも報告しようって……本気で思った。


 流石にいよちゃんに止められて、叶わなかったけど……これもいよちゃんの優しさなんだって思うと、余計に感じる様になった。


 いよちゃんの悲しむ顔は見たくない。

 私がいよちゃんを守りたい、支えたいって。


 それからは、家で遊ぶだけじゃなくて……2人で出掛ける事が多くなった。って言っても、最初は私が結構グイグイ誘ったんだけどね? とにかく、外で遊んで知らないいよちゃんの一面を知りたかったし、楽しい事や嬉しい事を感じさせて、笑顔にさせたかった。


 そしたらね? 次第にいよちゃんからも誘ってくれるようになって……嬉しかった。

 中学校に上がると、因縁だったあいつ等とも離れられて、行動範囲も広がってさ? ちょっと遠出だって出来る。

 もちろん、いよちゃんの事も考えて、先に予定があったら素直に身を引いたよ? 私のせいで友達と仲が悪くなったら元も子もないんだもん。


 でも、部活も同じ、登下校も一緒。休みの日は一緒に遊ぶ。そんな関係は月日を重ねるごとに、確実に充実していた。


 けど、いつからだろう……気が付かない内にそれらが崩れていたのは。


 たぶんあの時かもしれない。キッカケは。


 中学2年になったある日。私は同じクラスの友達と家で遊んでいた。その時は連休って事もあって、お泊り会してたんだよね。ふざけて、笑って……そんな雰囲気で夜も更けると、話題は自然と……恋バナ。

 その時言われたんだ。


『ねぇ心希って、3年の日南さんの事好きなの?』

『えっ?』

『分かる分かる。だって登下校一緒で小さい頃から仲良いんでしょ? 家も近所だし?』


『それは……分からないかも……』

『またまた』

『当たりかぁ? んで? あんたはあの人とどうなったの?』


『ぐっ……聞いてよぉぉぉ』

『分かったってー』

『ははっ……ははっ……』


 その時は、運よく話が逸れた。けど、正直……誰かに言われるまで気が付かなかった。

 確かにいつも一緒で、ずっと居ても苦じゃない。気が合うし、気兼ねなく何でも話せる。そんな異性……


 私はいよちゃんの事……好きなの?


 明確には分からなかった。ただ……そこから少し考える様になっちゃったんだ。


 日課の様な登下校。

 何食わぬ顔でお互いの家へ遊びに行く。

 当たり前のように休日に出掛ける。


 普通だと思ってた。でも、他の人からすれば仲が良すぎる?

 確かに楽しいけど、これが私にとっては当たり前の光景で、慣れ親しんだ行動。

 だから、いよちゃんに対する自分の感情が分からない。

 いよちゃんだって……私の幼馴染としか思ってないんじゃない? って、1人で悩んでると……


 好きなのかどうか……分からなかった。



 こうして、変に意識する様になって……季節は夏を迎えた。そしてもう少しで夏休みが訪れようとしていた日。

 忘れもしない……あの日だよ。あの日の放課後。

 部活が始まる前に、忘れ物をした事に気付いて教室へ行った時、


 ……あいつに……話し掛けられた。


『あれ? 立花さん? 忘れ物?』


 如月きさらぎ皇次こうじ

 あいつは、学校内でも有名な奴だった。

 その顔はイケメンで成績優秀。その上性格も良くて、誰からも信頼される。更には親も医者って事で……皆の憧れ。

 私も、素直に格好良いとは思ってた。


 いわゆる勝ち組って奴かもしれない。ただ、冗談でも何でもなくその全てが完璧。そしてそんな雲の上の存在だったあいつと、大人数がいる中で言葉を交わした事はあった。けど……1対1で話をするのは、この時が初めて。


『うん。如月君も?』

『まぁね。でも、立花さんに会えて良かった』


『えっ?』

『だって前々から思ってたんだけどさ? 立花さんって可愛いじゃん?』


 可愛い。

 その言葉を聞いた瞬間、胸に強い衝撃を受けた。

 単純だよね? でもその時は……生まれて初めて言われてさ? しかも相手が如月。余りにも突然の事で驚いて……


『なっ、なに言ってるの? 冗談はダメだよ』


 とっさにそう言ったけど、かなり動揺してた。多分如月にもバレてたんだと思う。


『冗談じゃないって。ねぇ? ストメやってるよね? もし良かったらID交換しない?』


 息つく暇なくそんな事言われて……結局交換しちゃったんだ。


 あの如月君が? あり得ない。なんで私なんかの? 冗談に決まってる。

 そうは思ったけど、部活も身に入らなかった。


 ……家に帰ってベッドに横になってると、


【これからよろしく!】


 送られて来たメッセージ。何気ない挨拶なのに、如月君が連絡先を教えてくれたんだって実感が沸くと……


『可愛いよね?』


 そう言われた事が、まんざらでもない様に感じた。

 如月君に言われたって事実に気が緩んだ。



 それが……終わりの始まり。



 それからも数日は何事もなかった。けど、ある日廊下で偶然すれ違った時……


『今日放課後話そうよ』


 そう小声で言われた。

 もちろん、冗談かもって思った。けど……どこか期待もしていた。だから……放課後教室へ行った。

 すると本当に居たんだ。あいつは。


 それからというもの、如月とは学校で何度も話をした。その合図はすれ違い様。そして誰も居ない時間帯で1対1って状況は、回数が増える度に警戒心を無くしていった。


 格好良い顔。

 優しい声、


『そういえば、本当に可愛いよね?』


 そして甘い言葉。


 それらを耳にする度に気分が良かった。嬉しさも感じるようになった。そして私は……


『ねぇ、夏休み……どこか行こうよ』

『うっ、うん』



 堕ちた。



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