第11話 立花心希




 立花心希。

 こいつと最初に出会ったのはいつなんだろう? 記憶にない位小さい頃だと思う。まぁ、歳は1つ下で、家はお向かい同士。幼馴染と言っても良いのかもしれない。


 物心ついた時には常に隣に居て、常に一緒に遊んでた。保育所も一緒で、小学校に入ると一緒に登校もしていたんだ。

 バレンタインだって毎年くれて、お互いの誕生日には欠かさずプレゼントを渡してた。親同士も仲が良くてさ? クリスマスも必ずどっちかの家でパーティだったし、初詣だって毎年一緒に行ってた。

 それに俺がミニバス始めると、追い掛けるように翌年入部して……結局一緒に居る時間は多かった。


 けど、どんなに一緒に居ても……不思議と嫌じゃなかった。

 姉さん達が俺をって呼ぶから、違う呼び方が良いって言って……たいようの真ん中二文字取って、なんて呼ばれてもさ?


 ショートカットで活発。昔からそんな性格だからこそ、異性なのに気が合う。一緒に居て気が楽で、気兼ねなく何でも話が出来る。

 その頃にはもう姉さん達は働いてて、実質1人っ子状態だったってのもあって……その存在は俺にとって大きなものだった。


 だから……心希にだけは言ったんだ。澄川燈子や一之瀬達にやられた事をさ? 

 まぁ、あの出来事の次の日に部屋に来られたら、バレるに決まってるだろ? 死んだような顔だったに違いない。そこから怒涛の追求開始。俺も俺でさ? 心希になら言っても良いかなって思ってたんだ。


 そしたらさ? 滅茶苦茶心配されたっけ? それに、


『いよちゃん待ってて? あいつらに一言言って来てやる』


 って、怒ってもくれた。

 流石にそれは止めたけどさ? そこまで真剣に思ってくれてるって知って……嬉しかったんだ。

 そこからかもしれない。今まで以上に……その距離感が近くなったのは。


 今までもそうだったけど、暇になれば一緒に遊んだ。ゲームは勿論、ただマンガ読んでるだけとか、バスケやったり。それでも、俺に先客があれば文句1つ言わずに引き下がってさ? なんていうか……優しかった気がする。

 でも、一緒に居ると突っ掛かったり、イジってきたりしたけどね? ツンデレ? って奴なのか? 

 まぁ、とにかくそんなこんなで心希も中学に入って……同じバスケ部へ。登下校も一緒ってのが1年越しに当たり前になった。


 2人で出掛ける事も多くなったよな。今までは休みと言ったらどっちかの家だったのに不思議とさ? でも楽しかったよ? 行くまでの道中も、買い物の最中も、一緒にご飯食べてる時も。

 落ち着いた雰囲気、自然と浮かぶ笑顔。


 そんなの繰り返してたらさ? そりゃ自分の気持ちに気が付くって。こんなに一緒に居て楽しくて安心する人なんて居ない。


 いつの間にか俺、心希の事好きになってたんだって。



 だから俺は……あの日……告白をした。

 小さい頃から一緒に遊んで、懐かしい場所だった……あの公園で。



 休みの日。いつものように出掛けた帰り道、


『あっ、心希。ちょっと公園寄ってかないか?』

『公園? いいよっ!』


 そう言って、公園のベンチに腰掛けた。


『そういえばお前―――』

『なっ、何よぉ! いよちゃんだって―――』


『ははっ』

『ふふっ』


 懐かしい話して、笑い合ってさ? そんな中、俺は勇気を出して言ったんだ。


『なぁ心希?』

『んー? どしたの?』


『笑わないで聞いて欲しいんだけどさ?』

『うん』


『俺、心希の事が好きなんだ。だから……付き合ってくれないか?』


 滅茶苦茶ドキドキしたよ? けどさ、言えたんだって達成感もあったし、正直自信は……あった。100%成功するなんて思ってはいなかった。けど90%くらいは大丈夫だと思っていた。

 でも……


『ごっ、ごめん! いきなり過ぎて……返事待ってくれない?』


 答えは保留。ちょっとガッカリはしたけど、そりゃいきなり言われたら戸惑うのも無理はないよな? そう思って、その日は帰った。それでも内心、ウキウキしてたんだよ。


 ……返事なんて一生聞けないのにな。


 次の日、珍しく心希が迎えに来なかった。もしかして昨日のせいか? なんて心配になって家に行くと、寝坊だって聞いて安心したよ。

 それで1人で中学校に。そんで何事もなく授業受けてさ? 今日返事聞けるかな? なんて考えてた昼休み。少し教室がザワつき出した。


 友達と一緒に、


『ん? なんだ?』


 なんて暢気に話してたっけ。その渦中に自分が居るとも知らずにね。


 それを知ったのは放課後。違うクラスで、同じバスケ部だった齋藤が心配そうな顔して……俺のところに来た時だった。


『なぁ太陽、あんま気にするな? 確かにお前ら仲良かったけどさ……』

『はっ? 何の話だよ?』


『いや、2年の奴らが噂してるって、バスケ部の網野から俺のところに話が来たんだ』

『網野? あいつから話って……』


『えっ? お前まだ聞いてないのか? って事は……』

『何の話だよ?』


『なぁ1つ聞いて良いか? お前、立花に告白したか?』

『えっ……』


 驚いた。なんで齋藤がそれを知っているのか……理解が出来なかった。そして……


『その反応、マジみたいだな? あのな、変な噂が広まってんだ。お前が立花に告白して、フラれたってな』


 その言葉を聞いた瞬間……心にポッカリ穴が開いた感覚に襲われた。

 何で知ってる……俺が告白した事。2年から広まったって言ってたよな? だったらどこからその話が広まった? あの場で誰かが居たのか? んな訳ない。告白した公園には誰も居なかった……はず。


 それに……フラれた? 俺はまだ返事もらってないぞ? なのに……なんでそんな噂が?


 ……どうして? どうして? 


 あっ、まさか……まさか……



 心希が誰かに話した?



 嘘だ……嘘に決まってる! そう思いたかった。けど……それしか可能性はなかった。


 そうか……そういう事か。

 ただ仲が良かっただけなのに勘違いして告白した。

 昔からの流れ、義理でバレンタインとか誕生日プレゼントとか渡してただけだった。毎日一緒に登校とかも嫌だったのかもしれない。


 そう……俺の事思ってたんだよな、きっと。本音は……そうだったんだよな。じゃなきゃこんな事言うはずないし、ましてや俺に返事する前にフッたなんて言わないよ。すぐに噂になって広まるって分かってるもんな。

 そういう……人だったのか。そういう奴だったのか……? 


 それからはよく覚えてない。家に帰って、ただただベッドに寝ころんでいた。

 夢なら良いのに……そう思う度に頭が痛くなって。心臓が握りつぶされる様に締め付けられた。

 まるで、あの時……裏切られた時の様に。


 次の日、俺は1人で学校へ行った。

 今考えると、良く行けたと思うよ。でも、あの噂が広まっても、心希から連絡はなかったし、家にも来なかった。それが決定打だった。あの噂が本音なんだって。


 それを理解した瞬間、あいつもフッた以上俺と関わるのは嫌だろうって、変に割り切れたっけ。それ以上に、もう関わりたくない。そんな気持ちの方が強かったかもしれない。


 ただ、廊下を歩く度に聞こえるヒソヒソ話が、全部俺を噂してるんじゃないかって疑心暗鬼に苛まれた。


 結局、あの日以降、心希とは顔も合わせなかったし、話もしなかった。極力関わらない。それがあいつにとって最適なのだと思ったんだ。

 母さん達もさ? 最初は聞いてたんだ。


『最近心希ちゃん来ないねぇ』


 そんな質問に俺は、


『受験も近いから、遠慮してんだよ』


 そう答えた。結局徐々に話題には上がらなくなったけど、たぶん母さん達も薄々気付いてたんじゃないかな? 


 ただ、それでも近くに居るのだけは無理だった。


 2年生と通り過ぎる度に感じる、嘲笑うかのような話し声。

 教室の……3年生の皆に掛けられた慰めの言葉。


 そのどちらもキツかった。それらに囲まれるのは苦痛だった。

 皆と同じ高校へ行っても、いつまで経っても俺は幼馴染にフラれた可哀想な奴って姿は消えない。

 後輩からは、幼馴染にフラれたダサい先輩って烙印を……常に言われ続ける。


 それだけは嫌だった。耐えられる気がしなかった。

 だから俺は、実家から離れた……寮のある高校へと進路を決めた。


 嫌な思い出、悲しい記憶。それらを消し去る為に……逃げる為に……



 ――――――――――――――――――



 そう決意させた相手が、目の前に居る。

 少し髪が伸び、後ろで結っては居るけど……その顔は、立花心希本人で間違いない。


 そしてあちらも……俺の事を覚えている様子だった。


 なんでここに居るのか?

 折角引っ越して、完全に消え去った汚点が目の前に?


 その心中は分からない。大きく見開いた目は確実にそれを示していた。

 するとその時、


「いよ……ちゃん?」


 不意にあいつが零した言葉。それは……今となっては1番聞きたくもないモノだった。


 なにが……だよ……今更……


 あの時は、お前の気持ちに気付かなかった俺が悪いと思ってた。だから消えようと思った、消え去ろうと思った。けどよ? お前のした事は最低じゃないか? 

 何も言いふらさなくても良かっただろ? 次の日だぞ? 俺に告白されたって、笑いながら言ってたんだよな? そうだろ? そう考えると、今更ながら……ムカつくんだ。


 あの時受けた傷跡が抉られ、じわりじわりと体を蝕む。

 頭が痛い。胸が痛い。そして……


 嫌悪感で溢れ、まるで何かが……切れた。


「気持ち悪い」

「えっ?」


「大体誰だよお前、気持ち悪い呼び方してんじゃねぇよ」

「でっでも、いよちゃんだよね? その声、顔……いよちゃ」


「誰だよいよちゃんって、俺はお前なんか知らない」

「わっ、私だよ? 心希だよ? 家お向かいで幼馴染の立花……」


「俺に幼馴染なんて居ない。誰かの噂話を広める様な奴も、本音隠して生きてるような奴も、俺の知り合いには居ねぇよ」

「はっ……そっ……」


「という訳で、じゃあな?」

「まっ、待って……」


 ふざけんな。折角良い気持ちで歩いてたのに、お前のせいで最悪だ。やっぱ最後に一言……


「なっ……」

「あれ? 日南君?」


 それはあまりにも唐突だった。後ろから聞こえて来た声、それは振り向かなくても誰か分かるモノ。

 そして、このタイミングで1番出会いたくはなかった人物だった。


 マジ……か? なんで……?


「やっぱりー、偶然だねっ?」


 なんでよりによって宮原さんが!?

 恐る恐る視線を向けると、そこに居たのは紛れもなく宮原さん。鞄片手に買い物をしてたんだろうか、けど状況が状況。隣で魅せるその笑顔も、今は不安の種でしかない。


 まさかさっきの話聞かれてたか? 聞いてたか? ヤバい……ヤバい……


「あれ? この子……」


 はっ! それはもっとヤバい! おい心希、下手に話して俺の事を言うな。お前と関りがあったなんて絶対に言うな!


「もしかしてお知り……」

「ちょっ、丁度良かった! 宮原さん」


「えっ!?」


 その瞬間、俺は思わず宮原さんの手を握っていた。そして、


「なんか知らない人なのに、絡まれてさ? …………ごめんちょっとだけ合わせて?」

「うっ、うん……」


 かなり強引に、その場を後にしようとした。


 えっと、とりあえず駅の中行こう。あいつが来ない様に、適当に喫茶店的な場所に行こう。

 俺は一直線に、駅目掛けて歩みを進めた。


「たい……よう……」


 後ろから微かに名前を呼ばれた気がしたけど、どうでも良い。

 俺は後ろを振り向く事なく、その速度を速めた。


 ただひたすら、立花心希から……



 逃げる様に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る