第10話 ほのぼのと……した?




 マズい。かなりマズい。

 詩乃姉が来てくれて、かなり気が楽になったはずなのに。

 2人でさくらまつりに行った時、例のおやき屋さんをチラッと見たけど姿はなくて……少し安心していたのに。

 ……最後のアレで全てがひっくり返った。


『その立花さん一家なんだけど、3年位前にご両親の都合で引っ越したんだって』


『それでね? その引っ越し先なんだけどね?』



『ここ黒前市なんだって』



 その時点で、限りなく確証に変わった。本当に他人の空似である可能性もあるけど、ここに引っ越した。更には瓜二つ。しかも高校生ならアルバイトとして屋台で働いていてもおかしくない。


 最悪としか言いようがない。詩乃姉はあの事について知らない。むしろ誰も知らない。だから俺が良いよなんて言ったから、素直に口にしたんだ。変に気取られてはないと思うけど……後少しで詩乃姉を巻き込むところだった。


 くっそ! あいつに関わる記憶は、もしかすると澄川燈子よりも苦くて重い悲壮感に溢れている。中学の時に起こった、あの……


「おーい! 日南! 聞いてるのかぁ?」


 うおっ! 

 その時だった、突如耳を突き抜けた声。我に返るとはこういう事を言うのだろう。真っ暗だった視界が一気に晴れ、辺りには無数のテーブルとイスに見慣れた内装。更には目の前に……


「はっ! きっ、聞いてるって! 鷹野」


 鷹野が座っていた。ただ、その表情はいつもとは違っている。


「ホントか? いいか俺は少し怒ってる」


 なんて事を言っているけれど、しかしながら昨日の件もあって、俺はなかなかこの状況を理解出来ずにいた。


 大体、お前が誘ったんだぞ?


 冷静に思い起こして行くと、そもそもの始まりは鷹野からのストメ。


【おーい、暇か? 飯でも行かねっ?】


 これには正直助けられたよ。なんせ何かに集中してないと、色々考えてしまって……それを阻止するべく、見漁ってた動画や映画にも限界が近付いていたところだった。

 しかも天女目も来るって事で、二つ返事でOKしたよ。まさか場所が昨日も来た、カフェ&レストランゴーストだとは思いもしなかったけど、料理も雰囲気も気に入ってたし、良い気分転換になると思ってたのに……怒ってるってなんだよ!


「なにに怒ってるんだ?」

「そうだよ? 鷹野君。どうしたの?」

「どうしたもこうもない。あのな、天女目。俺は見ちまったんだ」


 ん? 見た?


「見たって……」

「やい日南! お前、前に言ってたよな? 彼女は居ないって」


 彼女? あぁ、確かに1泊2日レクリエーションの時に大浴場で話したな。けどそれがどうかしたのか? 事実だけど? ……ってか、声のボリュームちょい落とせよ?


「あぁ、言ったけど?」

「ホントか? あれから結構経ったけど、変わらずか?」


「変わってないって」

「一体どうしたのさぁ」


 ホントだぞ? 何を根拠にそんな攻め立ててんだよ。


「嘘だな? 俺、見たって言ったよな? まさしく見たんだよ……昨日なっ!」

「昨日?」


「あぁ、昨日だ。お前が可愛い女の子と……仲良くご飯食べてるところをなっ!」

「はぁ?」


 いやいや、ちょい待て? 昨日確かに俺はここ来たけど、相手は姉だぞ?


「でっでも、だからって彼女だとは……それに見間違いだって可能性も」

「いーや、あれは完全にそういう関係だった」

「待て待て話を聞けって」


 ちょっ、こいつ……確かに彼女欲しいとは言ってたけど、まさかここまで……ってか、


「俺はなぁ……俺はなぁ……切実に彼女が欲しい。それをこんな短期間で裏切りやがって……なんだよお前! イケメンで口説くのも得意なのか?」


 いつもの爽やかキャラとうって変わって、これはこれで面白いかもしれない。いやでも……


「ちくしょう……ちくしょう……」

「鷹野君そんな落ち込まないでよ。ちゃんと日南君の話聞こうよぉ」


 流石に可哀想か? どれ、ちゃんと説明っと。


「あのな? 昨日確かに俺はここに来た。で、ご飯食べた」

「ぐっ! やはり……」


「でもな? その相手は……俺の姉さんだ」

「……へっ?」

「お姉さん? そう言えば日南君お姉さん居るって言ってたよね?」


「うっ、嘘だろ? あんなに可愛い人が……お姉さん?」

「いや、可愛いかどうかは別として……2番目の姉さんで間違いないよ」


「なっ……なっ……」


 ふぅ。これで何とか落ち着いて……


「なんだよそれ! それはそれでズルいぞっ!!」

「なっ!」


 おっ、おいぃ! なんでそんな事になるんだよ! しかも声がっ!


「あのーお客様? 少し声が大きいのですが?」


 ほぉら、怒られたじゃねぇか。


「すっ、すいま……」

「だって、能登のとさぁぁん」


 はっ? 能登さん?


「能登さんじゃないって言ってるでしょ? お客としてきたんならちゃんと店長って呼びなっ」


 はっ? 店長!? いやいや、こっちもこっちでおかしいぞ?


「店長さぁんー! こいつ……この日南って奴、女にモテるくせにお姉さんまで美人で可愛いんすよ? ズルくないですかぁ」

「おっ、おい! 何言ってんだよ」

「あんたねぇ、その位でいちいち喚かないでよ。出禁にしちゃうよ?」


「そっそれは……」

「じゃあそんなみっともない声出して、他のお客さん及びお友達に迷惑を掛けないで頂戴?」

「はっ……はい……」


 うおっ、強ぇ!

 颯爽とテーブルに着くなり、鷹野を一喝した女性。ショートカットで黒縁眼鏡。更には怒涛の正論。鷹野が店長って言ってたけど……確かにネームプレートには店長能登のとと書かれている。確かにこの雰囲気……できる大人の女性って感じがヒシヒシ伝わる。

 まぁ鷹野が静かになったのはありがたい。けど、イマイチわからないのはその関係性だ。


「それと……えっと……」

「あっ、僕は天女目と言います」


「な……のめ? 凄い珍しい名字ねぇ。それと日南……君だっけ? 2人共なんかごめんね?」

「いや、俺は全然……ん?」


 あれ? なんで俺の顔見てるんですか? じーっと見てるんですか?


「ねぇ、君?」

「はっ……はい…」


「さっきお姉さん居るって言ってたよね?」

「はい……」


「もしかして……2人?」

「そうですけど……」


「背ちっちゃめじゃない?」


 なっ、何だこの人。確かにどっちも小さめではあるけど……


「そっ、そうですね……」

「しかもおっぱい滅茶苦茶大きくない!?」


 おっぱいって! たたっ、確かに大きい方ではあるな? ってマジでなんなんだこの人。まさか……


「そっ、それは確かに……」

「ほうほう。もしかして名前って、希乃きのさんと詩乃さんじゃない!?」


 知り合い!?


「はい、そうです」

「やっぱりぃ!? なんか良く見たら面影が似てるんだよね? しかも名字まで一緒だし! 年の離れた弟が居るってのは聞いてたけど、まさか会えるなんて!」


 そっ、そんな事あり得るの? って、まぁ詩乃姉はここ行きつけだったらしいし、あり得るっちゃあり得るのか? 店長って事もあって長そうだし……


「えっ? まって能登……店長? 日南のお姉さん知ってるんすか?」

「あったり前じゃない。2人共ここの常連さんだったし、歳も近いしね? しかも2人共、ここでバイトしてたんだよ?」


「えぇぇ!」

「すっ、凄いねぇ日南君」


 まっ、マジですか? てか昨日詩乃姉、一言もバイトしてたなんて言ってないんですけど? ……にしても……


「マジですか!?」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 まさかの店長登場。更には2人の姉の知り合い。そんな偶然に驚きつつも、能登店長さんは色々と話をしてくれた。


 まず、2人の姉。希乃姉と詩乃姉はここでバイトしてた。ちなみに希乃姉は1番上の姉。詩乃姉の2つ歳上で、店長の言う通り容姿は結構似ている。ちなみに店長さんは詩乃姉の1つ年下だそうだ。

 具体的な年齢を聞こうとした鷹野が鬼の形相で睨まれていたので、深くは聞かない方が良い。そこは女性に共通するタブーなんだろう。


 まぁそれは置いといて、バイトしてた時期も長く、歳も近い事もあって仲が良かったらしい。昨日詩乃姉が来ていたと話すと、かなり残念がっていたっけ。


 そして、話は鷹野との関係へ。まぁ要約すると、ここではお酒も取り扱っていて、鷹野の家で作った日本酒を仕入れているらしい。その結果鷹野とは見知った仲……と言うよりお得意様? 

 ちなみに、昨日は偶然お酒の配達に来て、俺と詩乃姉の姿を見たらしい。店長さんには早とちりだって怒られていた。


 でもまぁ……その勘違いがなかったら、2日連続でここに来れなかった気がする。店長さんと姉さん達が知り合いだってのも分からなかったと思う。そう考えると、ナイス鷹野だったのかな?


 それに……


「そういえばさ? 2人共バイトしてるの? 黒前大学でしょ? もし良かったらここでバイトしない? 3月の学生さんの卒業で人手がちょっと足りなくてね? 特に男手がさ?」


 まさかのバイト勧誘まで受ける事が出来た。

 流石に大学生にもなって、全部を親に頼るのもダメだし……バイトを考えていた俺にとって、これとない話。


 天女目も乗り気で、後日形式上必要な履歴書を持って来てもらうって事で話はまとまった。

 ちなみに鷹野は実家の手伝いがなぁ……なんて言ってたけど、


「知ってるわよ? そもそもあんたは誘ってないよ?」


 盛大にカウンター食らってたな? なんかたじろぐ鷹野の姿って大学じゃ見れなくて、やっぱ面白かった。


 そしてあっと言う間に時間は過ぎて……



「ふぅ。とりあえず日南。勘違いして悪かった」

「いいって、バイトもほぼほぼ決まったし、ご飯も奢ってもらえたし。むしろ俺達が感謝したい位だぞ?」

「うんうん。でも僕の分まで良かったのぉ?」


 すっかり薄暗さが増した空の下、ゴーストから出た俺達は何気ない会話に花を咲かせていた。


「じゃあ俺車こっちだからじゃあなー」

「僕も買い物していくから、じゃあねー」


 そして一通りの会話を終えると、見事に別方向へ帰って行く2人。そんな背中を目にした俺は、最初はどうなるかと思ったものの、終わってみればいつも通り。本当に、誘ってくれてありがとうだし、来てくれてありがとうって言いたいよ。

 そんな気持ちでいっぱいだった。そして、ゆっくりと……体の向きを変える。


 さて、じゃあ俺も帰ろうかな? 


 薄暗いとはいえ、駅前には結構な人が往来している。そんな中を俺は1人、少し俯きながらアパートに向かって歩き始めた。


 とりあえず、バイトは決まったな? にしても店長さんと姉さん達が知り合いとは……これも偶然? にしては運良すぎだろ? しかも天女目と一緒なら心強い。それに鷹野の思いがけない一面が見れたな。

 まぁ、とにかく最優先は履歴書だな? あれ? 確か写真必要だったよな? 証明写真の機械って……


 俺はかなり気が緩んでた。と言うより、楽しくて仕方がなかったと言った方が正しい。

 この時だけは嫌な事を忘れていた。確実に隠れていたんだ。


 ただ……それも……


「えっ!」



 ほんの一瞬。



 前から聞こえて来たその声は、やけに耳に残った。なぜかは分からない。ただ俺は、そんな違和感を捨てきれないまま、俯き加減だった視線をゆっくりと上げた。


 するとそこに居たのは……1人の女の子。


 その靴はこの近くの学校のなんだろう。初めて目にするモノだった。

 その制服も近くの学校のなんだろう。初めて目にするデザインだった。


 ただ……次第に視線に入る顔。それは……



 何処か見覚えがある顔だった。



 その瞬間、全身を襲う悪寒。それはまるで、さくらまつりであいつの姿らしきものを見た時と同じ。

 それは目の前の人物が、同一人物であったという……証拠。自分なりの確証だった。


 嫌な予感はしてた。けど、楽しい気分で忘れていた。


 ただ、なにもそれをすぐさま壊すように……現れるんじゃねぇよ。



 立花……心希っ!



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