第9話 突然の来訪者
日が差し込むのどかな時間。
世間はゴールデンウィーク真っただ中だと言うのに、俺は1人テーブルの上に広げた教科書に目を向けていた。
鷹野達は各々予定あるだろ? なんて言ってたものの……大学に入ってまもない大型連休にわざわざ実家に帰る訳にもいかない。すなわち……絶賛暇を持て余している。その苦肉の策が、大学の教科書。
まぁ普通なら寝るとか、何処かに出かけたりするもんだけど……正直、そういう気分にはなれない。ただ、だからと言って何かをしていないと変に考えてしまう。
……暇だな。テレビもつまんないし、ネット動画もな……でも、何もしていないと変に考えちまうんだよな。
あのさくらまつりにいた……立花心希にそっくりな人物の事。
ただ冷静に考えれば、あいつがここに居るはずはない。絶対にあり得ない。なぜなら、あいつは今高校生であり、東京に居るはず。東京に家がある高校生がここで、しかも屋台で働いているはずがない。
つまりは人違い。他人の空似で間違いはない。けど、あの顔を見た瞬間に襲われた悪寒と嫌悪感は、忘れたくても忘れられない。
そう。あの澄川燈子とは違った……嫌な記憶と共に。
「はぁ……」
なんて思わず溜め息を吐いた瞬間だった。突然、
ピロン
大人しかったスマホから何やら音が聞こえて来た。音の種類的に、ストメの通知音。
ん? 一体誰だ?
そんな疑問を覚えながら画面を見ると、そこに表示された名前はそれこそ懐かしく珍しい人の名前だった。
えっ? まじ? てか帰って来てたのか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
休みともあってそれなりの人で溢れ返る黒前駅。その正面入口の前に立ちながら、俺はとある人と待ち合わせをしていた。
いやいや、とりあえず速攻で身支度整えて来たけど……急過ぎるんだよな。
そんな愚痴を思いながらも、到着してから数分だった。後ろから聞こえて来た懐かしい声。
「あっ、居た居た!」
思わず振り返ると、そこに居たのは数年ぶりにその姿を見た人物。そして相変わらずの、
「たいちゃーん、久しぶり」
なんとも恥ずかしい呼び方。
前から止めてくれって言ってるんだけどな。全然止める気配がない。まぁ……半分諦めてるんだけどさ? とりあえず、今日は久しぶりの再会を喜ぶに越した事はない。
「久しぶりっ。詩乃姉」
この人の名前は
「ホントだね? てかまた背大きくなった? どんだけ見上げたらいいのさぁ」
その見た目は……御覧の通り背は小さめで顔も結構童顔。殆どの人からは実年齢よりかなり若く見られている。まぁ実際結構歳は離れているし、最高の褒め言葉なんだろうけど……その話題になるとあからさまに不機嫌になるから禁句として封印している。
それ以外は、めちゃくちゃ優しくてめちゃくちゃ自慢の姉だ。
「これ位は身長ないとさ? それより、詩乃姉もお疲れ。アメリカの病院行ってたんだよね?」
「まぁねぇ、今回は一時帰国みたいなもんかな?」
医師としてバリバリ働く姿は憧れでもあり、目標にすべき姿そのもの。しかも留学までして技術を磨くなんて……俺だったら真似出来ない。
「一時帰国なのに、わざわざここに来たの!?」
「うん。だってたいちゃんに会いたかったし、大学合格おめでとうも直接言いたかったから」
マジかよ……
「いやいや、だったらゆっくりしてれば……」
「なになにー? 可愛い弟の顔見に来ちゃダメだってのー?」
「何もそんな事……」
「うそうそ。でもたいちゃんに会いたかったのは本当だよ? それに、季節も丁度良かったじゃない? そこも含めて久しぶりに黒前にも来たかったしね?」
確かにタイミング的にはピッタリだな。それに……母校の雰囲気でも感じたかったのかな?
「なるほど。じゃあ、折角姉上が来てくれた事だし、どうしましょうか?」
「おっ? 良い心掛けだ弟よ。じゃあさくらまつりは確定として、ちょいと色々付き合って貰おうか?」
「了解。でも色々って……詩乃姉、店の場所とか……」
「なぁに言ってんの? 昨日今日来た若造に、黒前の良い所を紹介してあげましょう」
「流石先輩、お願いしますっ!」
「任せなさぁい!」
とにかく、せっかく来てもらったんだ。俺よりもまず、詩乃姉に楽しんでもらわないとな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ……」
……どうしてこうなった!?
とあるお店の椅子に座り、美味しそうな料理を目の前にうなだれる詩乃姉。
朝のテンションはどこへやら。その溜め息は想像以上に大きく、窓から見える夕日も相俟って哀愁が漂っていた。
まぁその理由は何となく分かる。でもさ?
「ちょっと詩乃姉? 料理冷めるって……」
めちゃくちゃ落ち込み過ぎじゃない?
「いや……ショック。結構ショック」
なぜこのような状態になったのか。事の顛末を語る上で欠かせないのは詩乃姉のオススメのお店巡り。それに尽きる。
当初の予定通り、最初に行ったさくらまつり。懐かしいやら、綺麗だぁなんて詩乃姉のテンションは最高潮に近かった。色々買ってもらったし?
ただ、問題はそこからだった。
『じゃあ私オススメの店紹介するね?』
そう言いながら、久しぶりの黒前の街を練り歩く詩乃姉。だが1店舗目……
『あれ? 違う店になってる』
まぁそういう事もあるさ。
続く2店舗目……
『あれ? 移転してる』
まぁまぁ仕方ないさ。
そして3店舗目……
『……閉店してる』
そっ、そりゃ数年経てばそういう店もあるさ?
『たまたまだって、次のオススメのお店紹介してよ』
だからと言って、声高らかに零した言葉。思い起こせばこれが引き金だったのかもしれない。
そう、最悪の結果をもたらすという……最悪な結果を引き起こす為の。
「だって私の知ってるお店全部なくなってたんだよぉ?」
マジでその通りだったんだよなぁ……物の見事にね? いや、なんてフォローすれば……
「まっ、まぁ仕方ないって。詩乃姉卒業してから何年も……」
「なっ、何年……はぁ……そうだよね? そんなに経ってるんだよね……」
うおっ! 逆効果!! まずいまずい! なにか……はっ!
「でっ、でもさ? ここは残ってたんだろ? レストラン&カフェ、ゴースト」
「そうだけどさ……なんなら黒前駅出た瞬間、看板見えて感動してたもん」
「結構食べに来てたんだろ? じゃあ1番思い出深い場所じゃん? そこが残ってたんなら万々歳じゃない?」
「んーでもなぁ……あれだけドヤ顔でたいちゃんに言ってのけちゃった手前……」
出た出た、真面目詩乃姉の悪い癖。変に自分の言った事に対しての責任感が強過ぎるんだよなぁ。俺なんてそんなの全然気にも留めてなかったんだけど? これは、せっかく来てもらって落ち込んで帰ってもらう訳にはいかないぞ?
「大丈夫だって。それに俺、詩乃姉と出掛けられた事が嬉しかったよ?」
「……えっ?」
「当たり前じゃん。何年振りかに会ってさ? 何年振りかに出掛けたんだよ? 一緒に歩くだけでもなんか楽しかった」
「そっ、それは……」
「大体さ? ちょっとした合間にわざわざ会いに来てくれた。それだけで感動だよ? 弟としてはさ?」
「ホッ、ホント……?」
「本当。だからさ? 最後に詩乃姉の知ってる店で、一緒にご飯食べれるのも嬉しい。だからさ? そんな落ち込まないでよ」
「たっ、たいちゃん……そうだよね? うん。そうだよね。なんかごめんね?」
おっ? なんとか元に戻ったかな?
「全然。じゃあ食べよう?」
「そうだね! じゃあ……もうちょっと頼もうっか? たいちゃんドンドン注文して良いよ?」
「えっ? ドンドンって、お金とか……」
「その辺は任せなさい? お姉さんに任せなさい!」
いやぁ……でも屋台とか、その他諸々全部出してもらってるんだよなぁ。そろそろさすがにまずくないか?
「たいちゃんの笑顔で、お姉ちゃんの体力充電出来るからさ? ねっ?」
って、そんな笑顔で言われたらさすがに断れないって。じゃあお言葉に甘えて……
「ありがとう。じゃあ……メニュー一通りで!」
頂きます!
「こらこらー、食べきれる程度にしなさいっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ……詩乃姉、ご馳走様」
あれからオススメの料理を堪能した俺達。満腹満足で店を後にすると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「はーい。美味しかった?」
「めちゃくちゃ美味しかった。俺の行きつけにしようかな?」
「オススメだね。値段も安いし」
「確かに」
詩乃姉もすっかり元気取り戻したみたいだし、良かった良かった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな?」
「えっ? もう? しかも帰るって……」
「ん? 東京だよ? 元々日帰りの予定だったからさ」
「ひっ、日帰り!?」
ひっ、日帰りってマジかよ? 普通に1泊してから帰ると思ってた。
「うん。日帰り日帰りー」
「いや、でもさすがに疲れてないか? もしよかったら俺のアパートで休んでいっても大丈夫だけど?」
「ホント? たいちゃんの部屋見たいのは山々だけど……変なもの散乱してたら気まずいから今回は止めとくよ」
「へっ、変な物ってなんだよ!」
「ふふっ、ベッドの下とかは止めなよ?」
「なっ、ないから!」
ったく、何を言い出すんだよ。でも、こんなやりとりもホント懐かしいな。めちゃくちゃ……
「ねぇ、たいちゃん? 今日は本当にありがとうね? 突然来て、1日付き合ってくれて」
「全然だって。正直暇だったし、暇じゃなくても詩乃姉来たなら時間無理やり作るって」
「嬉しい事言うねぇ」
「それはこっちのセリフだって」
わざわざ日帰りでここまで来る人に言われたくないって。だからこそ、嬉しくもあるんだけどさ?
「ふふっ。……あっ、たいちゃん? これもしかしたら、たいちゃん別に要らない情報かもしれないんだけど……」
ん? 要らないかもしれない?
「ん? どう言う事?」
「あのね? 日本来てからさ、最初母さん達のトコ寄って来たんだよ。それでたいちゃんのところ行くって言ったら、母さんが言ってたんだ」
母さん? 言ってた? 何の事だ?
「言ってた? 何を?」
「うん……私もなんであんなに口籠りながらだったのか分からなくて、もしかしたらたいちゃんが必要としてない、むしろ嫌な事なのかなって思ったりしたんだけど……」
なんだろう? 正直心当たりがないんだよな? 別に話してもらって良いんだけど?
「別に良いよ? なんて言ってたの?」
「えっと……じゃあ良い? 言うよ?」
「うん」
「あのね? たいちゃん、お向かいに住んでた立花さん達覚えてる?」
たっ、立花さん……
「確か、たいちゃんの1つ下に娘さんが居たでしょ? 仲良かった」
1つ下……仲が良い……
「その立花さん一家なんだけど、3年位前にご両親の都合で引っ越したんだって」
引っ越した?
「へっ、へぇ」
「それでね? その引っ越し先なんだけどね?」
立花……1つ下……仲が良かった……引っ越し……さくらまつりで似た人……
やばい……嫌な予……
「ここ黒前市なんだって」
嘘だろ? マジ……?
「そっ、それって本当?」
「うん……」
「本当だって」
マジ……かよ……
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