第8話 咲くも美し、散るも美し?

 



「そうだ! 皆でさくらまつり行こう!」


 そんな宮原さんの声が飛び出したのは、講義終わりの教室。

 キャンパスライフにも徐々に慣れ、大型連休ゴールデンウィークを目前に控えたとある日の午後だった。


「あぁー、もうそんな季節だもんねー」

「そうだな」

「さくらまつり? そう言えば、黒前大学の近くにある後黒公園ごこくこうえんって桜で有名なんだよねぇ?」


 1泊2日のレクリエーションから数週間。それ位経つと、既に仲の良いグループが出来上がりつつあった。それは空き時間はもちろん、講義の席にも顕著に表れる。

 そんな中、俺はと言うと……


「うんうん。特に日南君と天女目君は初めてだと思うし……どうかなっ!?」


 結局のところ、最初に仲良……話をした4人と一緒に居る事が多い。誰かが最初に席座ってたら、そこに集まるし、呼ばれたり……なぜか自然とそんな関係になっていたっけ。

 でもまぁ男2人はもちろん、宮原さんと算用子さんも話しやすい人ではあるし……今のところは何事もなく上手くいっている……と思いたい。


 にしても、桜祭りか……東京じゃ3月の下旬辺りがピークだし、俺の中じゃ今年はもはや終わったはずの催しだったな。けど、やっぱ北に来ると開花時期もずれ込むのか。だとすると、これはこれで得した気分にもなるよ。1年に2度の桜祭り……良い思い出があればだけど。


 でもまぁ……天女目が言う様に、有名なら行ってみたい気はする。せっかく離れた地へ来たのなら、そこの文化や観光名所なんかを堪能しないともったいないし。さしづめ、4年間の長期旅行って見方も出来るしさ? そういうのも含めて、楽しんでも罰は当たらないだろ?


「いいね。そんなに有名なら見てみたいよ」

「おっ、じゃあ日南は決まりだな。俺も良いぞ。天女目は……」

「もっちろん参加だよぉ」

「私も良いよー」

「ふふっ、じゃあ全員参加っと。じゃあ行く日はどうしよっか」


「満開予報は24日だっけ? ゴールデンウィークだと皆予定ありそうだし、その前の23日。金曜日はどうだ?」

「23-? 良いんじゃない? 大体一緒の講義受けてるし、その日4コマで終わりじゃんー? それから行けば丁度良い感じ」

「僕は全然オッケー!」

「俺も大丈夫」

「満場一致かな? じゃあ23日で決定……」


 ふぅ、鷹野と天女目が居れば安心だな。別に女性陣に何かされたって訳でもないけど……やっぱり少し距離は置いておきたい。ここまで2人にはこういうお誘いも含めて、良くしてもらってるってのは感じているんだけ……


「あっ、澄川さんっ! 澄川さんも一緒にさくらまつりどう?」

「えっ! 私……?」


 なっ! みみっ、宮原さん? 何を考えてる!


「うん! 23日なんだけどさ? どうかな?」


 止めてくれよ……マジで止めてくれよ。てか、何でそこにまだ居たんだ澄川燈子。

 あの1泊2日のレクリエーションが終わってから、幸運な事にあいつから話し掛けられる事はなかった。それに、あいつは基本的に1人で講義を受けている様だった。


 でも、たまに宮原さん達と話してる姿を見るけどさ? ……まさかここで!?


「えっ……私は……」


 ……澄川。空気読めよ? 読めよ? お前が行くなら、俺は体調不良で行かない。それ位の覚悟はあるからな?


「ごっ、ごめんなさい……その日は用事があって……」

「そっかぁ。残念。もし急に予定空いたら教えてね?」

「……うん。それじゃあ」


 とりあえず難は逃れたか。本当に用事なのかは不明だけど……俺には関係ない。


「えっと、じゃあ23日は5人で行くって事で。めちゃくちゃ楽しみだねっ!」


 あいつが行かないなら、それなりに……楽しませてもらうだけだ。



 ――――――――――――――――――



 そして、さくらまつり当日。この日は朝から天気も良く、朗らかな1日だった。しかも、ここへ来て1番の気温に恵まれて、まさに花見日和。

 自然と皆のテンションが高いのも無理はないのかもしれない。


 そして4コマ目が終了。当初の予定通り、俺達は徒歩で後黒公園へと向かった。宮原さん達に案内される様に。

 ただこの時、鷹野の姿がないのは気になった。


『ちょっと用事あってな?』


 そう言い残し、4コマ目の講義をサボったって言うのもその一因だ。さすがに2対2だと……色々と不安が募る。

 でもまぁ、鷹野の事だし大丈夫だろう。そうどこかで繰り返し、俺はその歩みを進めた。


「ほらっ! 見えて来たよ?」

「おぉー、良い感じに咲いてるー」

「うわぁ! お堀に咲いてる桜の花だけでも凄いよぉ」


 黒前大学から後黒公園までは、皆が言う様に結構な距離の近さに感じた。徒歩15分位だろうか? 裏門から抜けると、数分でぼんやりとその姿は確認出来た。今の時期は桜の色が更にそれを目立たせる。


 そして徐々に近付くにつれて……その凄さをまざまざと見せつけられる。


「確かに……凄い」


 場所的に黒前大学からも、黒前駅からも離れてはいない。ただ、近くで見るそれは……圧巻だった。お城を囲むお堀。そこになぞられる様に植えられた桜の木。絶え間なく続くピンク色の花弁が、俺達を待ち構えていた。


 しかもそれだけじゃない。

 その入り口である大きな門。そこを抜けると目の前に広がったのは、


「うわぁ! 桜のトンネルみたいだぁ」

「これは……」


 まさに天女目の言う通り。門を抜け右へと曲がる道の先。そこでは両側から余す事なく突き出た桜の枝が重なって、まるでトンネルの様な姿を見せていた。左から右、上に至っても桜の花弁で一面が覆われ、まるで映画のセットの中に居る様な……そんな錯覚さえ覚える。それ位、見た事のない光景が広がっていた。


 これは正直舐めてた。有名有名ってどうせ名前負けだろう? なんて失礼だったよ。この人混みもさることながら、これはまさに桜の名所に相応しいよ。マジで……来て良かった。


「ふふっ、どう? 日南君」


 その感動は、想像以上のモノだった。何にも考えず、ただ思った事を……


「凄いよ宮原さん。本当に……綺麗だ」


 無意識に口に出来る程に。



 そこから俺達は、さらに公園内へと進んでいく。情緒あふれる赤い橋や日本最古の桜の木。天守は……ちょっと小さく見えたけど、それでも桜の綺麗さは際立っている。


 しばらくすると、今度は道を挟むようにズラッと並ぶ出店の数々。緩やかな坂を下ると、大きな広場を囲む様に円形に出店が連なり、その真ん中には一面に芝生が敷かれ、更に桜の木が植えられていた。

 たくさんのシートが敷かれ、たくさんのお花見客が楽しそうに話をしている。まさにこれが、桜の名所黒前さくらまつりと言わんばかりの姿。


 すげぇ人の数。ってか、ここまで混んでるなんて……って、場所取れないんじゃないか?


 辺りを見回すと、ぎゅうぎゅうに張られたそれぞれの敷物。目で確認出来る限り俺達が座れそうなスペースは見当たらない。


「すごい人だぁ。ねぇ、僕達座れないんじゃない?」

「あぁ、それなら任せて?」

「そうそうー、心強い奴向かわせてるからー」


 心強い奴? 



「おぉーやっと来たか!」

「えっ? 鷹野? お前なんで……」


「何でって場所取りだよ場所取り! そこの2人に押しつけられてな!」

「まぁまぁ、さすが鷹野ー。よっ、頼れる男子ー」

「とか言って、結構ノリノリだった癖に。まぁでもサンキュー千太」

「そうなの? ありがとうぅ鷹野君」


 マジか? それで4コマ目サボったのか? いや、これは純粋にお礼言わないと。


「全然気付かなかった。ありがとう鷹野」

「まっ、良いって良いって」


 鷹野が確保したのは、丁度桜の木の下。そのロケ―ションは完璧と言って良い。それを引き受けてくれた鷹野。そう考えると……


「じゃあ俺は場所確保したから、食べ物買いに行くのは任せたぞ?」


 その位のお願いは朝飯前だ。任せて……


「じゃあ、出店結構込んでるから2対2で買いに行こうか?」


 ん? 2対2?


「でもさ、ひかちゃんと日南っちはここ来るの初めてでしょー? それに結構混んでるから下手したら迷うよー?」


 えっ……じゃあどういう……


「確かに! じゃあ男女で別れようか?」


 つっ、つまり?


「それが無難ー。じゃあー隣に居るし、ひかちゃん一緒に行こう?」

「うんっ。よろしくね?」


 ……はっ? 待て待て? じゃあ……


「だったら日南君、一緒に行こう?」


 こっ、こうなりますよねぇ!! けど、この状況……断る方がおかしいっ!


「あっ、あぁ。よろしく」

「じゃあ頼んだ。たこ焼き忘れんなよ」

「はいはい」

「了解ー」

「分かったよぉ」


 あぁ、マジか? まさかの1対1? ……色々と不安だ。



 こうして散り散りとなった2つのペア。

 俺の相手は宮原さんという事で、正直なんとも言えない心境だ。


 それなりに近くで見てきた感じ、性格も明るく、誰とでも話せる社交性。しかも容姿・声・仕草もどストライク。

 紛れもなく、女神と称しても良い位理想的な存在だ。ただ、それを自分自身が疑っている。というより、危険信号を発しまくっているのも事実。


 ―――誰かを好きになったら、かならず最悪な事が起こる―――


 自分がよく知っているし、経験もしている。

 だからこそ、女の人は信用しない。そう決めた……はずなのに。


 なんでよりにも寄って理想的な人が……


「えっとね? ここお化け屋敷なんだ。期間限定だけど、昔からあるんだよ?」

「へっ、へぇ。期間限定なのに結構大きいな」


 って、危ない危ない。とりあえず無難に会話をしよう。近過ぎず遠過ぎず、普通に普通に。


「後で皆で入ろうっか?」

「それは楽しそうだな」


「ふふっ。日南君は怖いの大丈夫?」

「どうかな? ホラー映画は見たりするけど」


「おぉ、それは強い味方。私、見るのは好きなんだけど体験型はちょっと苦手かも」

「そうなんだ。鷹野とかは?」


「千太は全然ダメで、すずちゃんはめっぽう強いよ?」

「そうなのか? 鷹野イメージと違うな。算用子さんは……分かる気がする」


「ふふっ、でしょでしょ?」

「あぁ」


 ……って! なんだこれ。ほぼ半分デートじゃん? あぁもう、適切な距離だって……


「あっ、見て見て? たこ焼き屋さんあった」

「えっ?」


 ……はぁ。頑張れ俺。気を……抜くな……よ?


「小さいタコだけど、丸ごと1匹入ってるんだよ?」

「だったら、温かい方が良いよな? 帰りに買って行こう」

「うんっ」


 くぅ……何と言う笑顔。


「あそこはおやきやさんだよ? それであっちが有名な唐揚げ……」


 頑張れよ……俺? 頑張……


「へぇ、おやき……」


 ……っ!!


 それは一瞬だった。

 宮原さんが指さしたおやきを売っている出店。そこに目を向けた途端、目に入ったのはそこで接客をしている店の人だった。


 それが偶然なのかどうかは分からない。自分でもなぜか分からない。何気なく目にしたはずだった。

 ただ、その人の顔を見た途端……何とも言いようがない悪寒が体全身を襲う。


 そう、まるで……澄川燈子と出会った時と同じ様な……嫌悪感と共に。


 なん……だ……? 

 帽子の様な物を被ってるぞ。髪だって、結ってて違う。

 いや、有り得ない。絶対にあり得ない。大体、あいつはまだ高校生だろ? だったら尚更ここに居る訳がない。


 でもなんだ? なんでなんだ? なんでその顔は……驚くほどにあいつに似ているんだ?


 違う。あり得ない。絶対にあり得ない。


 ここに……青森に居る訳が無いんだ。


 あいつが……あいつが……



 立花たちばな……心希このみが……



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