オーダーメイド

 カインはいつも自分ひとりの勝手な考えで行動する。なまじ動きが速いものだから手に負えない。ダリアはそんなもの一切気にしないし、ミカルはカインを全肯定するので、割りを食うのはいつもセトだ。


 今だって、先に突っ走っていったカインをミカルとともにわざわざ追いかけている。ミカルは幸せそうだが、セトはあまり走る気にもなれない。


 魔人2人は一斉に足を止める。図体のでかい人間が真正面から突っ込んできたのが見えたからだ。


「あれぇ? カイくんに瞬殺されたゴリラくんじゃ~ん。ミカの魔法見てて突っ込んでくるなんて、けっこうお馬鹿ちゃん?」


「ジッサイ、たぶん本物のバカ。だが……」


 どっしどっしと地を響かせて迫ってくる男に、セトは何らかの違和感を覚える。ミカルのほうは悠長に待ち構えている。


「ミカの魔法でぇ~~空気にパンチしちゃえっ!」


 ミカルは無駄にポーズを決めながら魔術を発動する。まさに拳を振り上げていたゲンナジーにはドンピシャのタイミングで入った――はずだった。


「……は?」


 固く握りしめられた岩のような拳は迷いなくミカルの眼前に接近し、顔面にとてつもない衝撃を走らせる。

 軽い身体はたったの一撃で後方に吹っ飛び、土煙をまとって十数回転、倉庫の壁にぶち当たって派手な音を響かせた。


 そばにいたセトは茫然としたまま見送っているだけで、可愛らしい顔が可哀想なくらいひしゃげてしまったミカルも、何が何だかわからず混乱していた。


「なっ……なんふぇ!? たひかに、魔法……」


 セトは熊と対峙するようにじりじり後退しつつ、化物のような男をじっくりと観察する。尋常でない様子なのは明らかだったが、なんらかの魔術や薬の影響ではないことはすぐにわかった。正確に言えば、薬は少し近いかもしれない。


「今なんか手に当たったかぁ? まあいいや、魔族はどこだぁ~~!!」


 野獣じみた言動で呂律も怪しい。真っ赤に染まっている頬に、吐いた息から漂う独特の香り。

 彼は、泥酔していた。



 ――<BCDエクスカリバー>の酒好きは他の勇者の間でも有名だが、彼らはクエストに赴くときも当然のように現地で飲み会を開く。街でも村でも山奥でも、ほぼ例外なく。必然的に酒の入った状態で魔族と戦う機会も多く、それでいてなぜかいつも十分な成果を上げていた。


 特にゲンナジーなどは、酔いがひどすぎて相手が魔族かどうかもわからないうちに片付けてしまう。

 レオニードはそこに目をつけ、「酔って感覚バグってても敵倒せるんなら、感覚操作効かないんじゃね?」と思い至り、酒を飲んでから突撃させるという暴挙に近いアイディアを提案したのだ。


 実際に、それは当たりだった。


「あ~~? おめぇ、誰だぁ? 魔族かぁ!!」


 焦点のぶれぶれなゲンナジーの目が、まさに魔族であるセトを睨む。セトの魔術は間違いなく人目につくので、ここでは使えない。単純な力比べで、この人間に勝てるかどうか。


「……オレは、人間」


「なぁんだ。おめぇも気をつけろよぉ~」


 ゲンナジーはニカッと笑って、千鳥足でこの場を離れていった。ダメ元で言ったことがこうもあっさり信用されて、セトは逆に裏を疑いたくなった。が、相手が馬鹿なのを思い出し、今自分がすべきことに集中しようと切り替える。


 カインはあの金髪のチンピラみたいな勇者のところに行ったにちがいない。大男は酔ったままうろついているが、遭遇しなければ危険はない。残るは、妙な魔術を使ってくる褐色肌の女だ。隠れて攻撃されでもしたら厄介だ。


 セトは身を隠しながら、対処すべき敵を捜索することにした。遠くでミカルの甲高い悲鳴が響き渡ったが、そんなことは意にも介さず倉庫の影に潜り込んだ。



  ◆



 模擬戦闘でマーレに派手にこかされてからヤーラの不調が深刻になったことは、レオニードもはっきりと察していた。理由はもちろん腕のことだ。義手になってからはバランス感覚が悪くなり、その影響は当然戦闘にも及んでいる。そのことをヤーラが気にしないはずがない。


 だから、最初にカインと戦ったときは義手を狙われないように必死になっていた。結果的にそこを突かれて敗北を喫してしまった。


 だが、今は違う。義手はヤーラが作ったもので、しかも再生機能がついている。これを使って勝てば、ヤーラの罪悪感を払拭できるかもしれない。そう考えれば、レオニードは負けるわけにはいかなかった。


 カインは速いが、動きは単純だ。あえて無敵の右腕で受けて、左手のナイフで反撃の機会を待つ。


「……うぜぇなァ」


 猛攻を捌かれ続けていたカインが、苛立ちを表情に出す。一呼吸置いて再び攻めかかると、レオニードは変わらず右腕で防御の姿勢を取る。

 が、カインは爪で傷つけるのではなく、義手を鷲掴みにした。


「引きちぎってやるぜェ!!」


「うおっ!?」


 カインは義手をがっちりと抱え込み、骨を折るような要領で引き剥がそうとする。レオニードも危機を直感し、自ら義手を取り外して身を解放させた。


「こんなもんは――」


 レオニードの生命線とも呼べる器具を、カインは憎しみをこめて振り上げる。遠くに投げて二度と使えないようにするつもりなのだろう。


 しかし、その瞬間――爆風がカインの身体を包み込んだ。


 爆発自体は小規模で、レオニードが巻き込まれることはなかった。煙の中から黒い煤に纏われた魔人の姿が現れる。一度よろけたが足を踏ん張ったので、死んではいないようだ。


「ン……だよ、これ……」


 気がつけば、レオニードの足元にはさっきと同じ形の義手が転がっている。

 どうやら、あの才気あふれる錬金術師は――即席でこしらえた器具に、とんでもない機能を盛り込んでいたらしい。建物の隙間から顔を覗かせた少年は、レオニードを見て静かに頷いた。


「ラウンド2だぜ、魔人サンよ」


「……!!」


 自分がダメージを負ってまで処理した義手が、再びレオニードの右腕に装着されている。カインはもはや戦闘を楽しむ余裕を失っていた。剥き出しの憎悪だけが顔面に現れ、その矛先はレオニードとは別の方向に転じた。


「ネズミがいるらしいなァ……?」


 怒りのこもった赤い瞳は、間違いなくヤーラの隠れているほうに向いている。


「待て!」


 レオニードは慌ててカインの前に立ちふさがる。

 憤怒のこもった爪の連撃は圧が増していて、反撃の隙がない。そこからさらに蹴りが追加されて、レオニードは反射的に横に跳んでしまった。


「――やべっ!」


 気づいたときにはすでに、カインはレオニードを突破してヤーラのところへ一直線に駆け出していた。あの速さでは、少年の首をかき切るのに1秒もかからないだろう。レオニードも後から追いかけたが、ナイフを投げても届きそうにない距離だった。


 視界の隅にいるヤーラは、この状況にあって別段怯えているふうでもなかった。ただ、レオニードに向かって身振りで何かを主張していた。レオニードはすぐにその意味を理解し、同じ動作を試みる。


 右手を突き出し、手首の内側にある突起を左手で押し込む。

 瞬間、右腕からとてつもないエネルギーが炸裂し、レオニードは後方にふっ飛ばされた。


 右腕の義手はなくなっているが、爆発して消し飛んだわけではない。それはレオニードの手を離れ、すさまじい推進力でカインの背に突撃していた。


 金属の砲弾がぶち当たると、魔人はカタパルトのごとく宙に投げ出され、はるか遠くに消えていった。


 レオニードも、隠れていたエステルとヤーラも、しばらく茫然と魔人が飛んでいった方向を見つめ――互いに、顔を見合わせる。


「……ガチでつけたのかよ、ロケットパンチ」


「先輩がそうしろって言うから……」


 エステルとレオニードが、同時に噴き出した。

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