勇者の右腕
サイコロのように四角い倉庫がぎっしりとひしめき合う隙間に、私たちは避難していた。追手の気配は今のところない。今のうちに、と負傷していたレオニードさんとゲンナジーさんはポーションをお酒みたいにぐいぐい飲んでいた。
「プハーッ! 疲れた身体にこれ一本! ヤーラ印のスペシャルポーション!!」
レオニードさんが謎の宣伝を始めるが、誰一人リアクションを返す者はない。
「ンだよ、スベったみたいな空気出すなって」
「スベってるわよ」
「……」
容赦のないラムラさんは、レオニードさんを無視して話を切り替える。
「さて、これからどうしようかしら? あの魔人さんたち、易々とあたしたちを逃がしてはくれないわよ~」
「ブン殴ってやりてぇけど、何されたのか全然わかんなかったぜぇ。魔法かぁ?」
一応の手当をしたとはいえ深手を負ったはずのゲンナジーさんは、平然と短い髪をぐしゃぐしゃ掻き回している。丈夫というか、鈍いのかな。
「まず、あの背ぇ高いお兄さんは~……レオニードと一緒、かしら」
変にむすっとしていたレオニードさんは、真顔になって頷く。
「……俺より速いぜ」
ぽつりとこぼれた言葉に、私たちは静かに驚愕した。レオニードさんの持ち味といえば、目にも留まらぬ速さであっという間に敵を斬り伏せるスピードだ。あのカインという魔人は、それよりも速いというのだろうか。
「てか、あの頭弱そうなカワイコちゃんも謎だぜ。なんであいつだけラムラの術にかからなかったんだ?」
「考えたんだけどね~……感覚を操作する魔法、かしら」
その言い方には、何か確信めいたものがあった。
「今まで攫われた人たち、証言がみんなバラバラだったでしょ~? あの魔人の術で視覚や聴覚をいじられてたとしたら、説明がつくじゃない。あたしにもそれを使って、自分で自分に術をかけるようにコントロール感覚を操作したのよ」
「なるほど……」
思わずうなってしまった。ラムラさんは涼しい顔して切れ者だ。
でも――レオニードさんより速い魔人と、感覚を自由に操ってしまう魔人。さらに手の内を明かしていないもう1人。いったいどうすればいいのだろう。
こちらは手負いで、しかもレオニードさんは義手を失ってしまっている。まともに戦って勝つのは絶望的に思えた。可能性があるとすれば――と目線をそっと移した。
彼はさっきよりも青い顔で俯いている。目に入れたくない何かがあるかのように。
親指の爪はぱっくりと赤い亀裂が入っている。もういつ正気を失くすかわからない状況なのだけど、今日はそうなる気配が感じられなかった。
「ヤーラ君……」
小さく丸まった肩を、そっと撫でてあげた。震えがこっちにまで伝わってくる。
「すっ……すみません。あの、僕……」
「うん。なあに?」
「僕、やっぱり……戦うの、む、無理です! あんな、あんなもの……!」
可哀想なくらい憔悴しきっている彼を見て、私は後悔した。戦力が必要な状況だったとはいえ、こんな重荷を背負わせるべきじゃなかった。
「ごめんね、ヤーラ君。もう――」
「戦ってンだろ」
ぶっきらぼうな声に遮られて、私もヤーラ君も顔を上げる。
「相手ぶん殴るだけが喧嘩じゃねぇよ。この場にいて、薬よこしてくれるだけで十分戦いに参加してるだろ」
「でも、それだけじゃ――」
「お得意の錬金術はどうしたよ」
はっとした。ホムンクルスを出して暴れてもらう以外に勝ち目はないと思っていた――おそらく、ヤーラ君も。でも、彼には他にもできることはたくさんあるのだ。なんて馬鹿だったんだろう、私。
レオニードさんは肘から先のなくなった右腕を突き出す。ヤーラ君はぎくりと片目を細めた。
「俺の右腕になってくれ! そうすりゃ、あのカインとかいう野郎はぶっ飛ばせる!」
「ぎ……義手を作るんですか。僕が……?」
「この際棒っ切れでもなんでもいい。戦えりゃあそれで十分だ。あ、でも見た目はカッコ良くしてくれ。できればロケットパンチを搭載すること」
「……馬鹿なんじゃないですか?」
悪態をついているヤーラ君を見て、少し安心する。遠慮のない物言いをしているときのほうが、やはり調子がいいのだ。
「で、あとはカワイコちゃんと神経質そうな兄ちゃんをどうするかだな。ゲンナジー、やれるか?」
「悪い奴なら女だろうとブン殴るぜぇ」
「ブン殴れないから困ってるんだけどね~。セトさんのほうはあんまり攻めっ気がなかったし……目立つことはしたくないのかもしれないけど~」
「……いいこと思いついたぜ」
レオニードさんはややおどけたような顔でぺしっと膝を叩く。
……その提案は驚くというか呆れてしまうような内容だったのだけど、話を聞く限りは一応根拠らしいものはあるみたいだった。
「もう少し真面目に考えたほうがいいと思うんですけど……本当にやるんですか?」
「これで成功したら、あたし煙草やめたっていいわ」
「お、なんだよ賭けるか?」
「結局オレは何すりゃいいんだぁ?」
他に案もないのでレオニードさんの作戦は採用になり、あとは敵を迎え撃つだけとなった。
相手に危険視されているであろうラムラさんは身を隠し、ゲンナジーさんは作戦通りの状態で敵がいたほうへ走っていった。
レオニードさんも準備を整え、「あの野郎ならすぐに来る」と静かに待ち構えていた。私とヤーラ君はそれぞれ物陰に避難しておく。言葉通り、敵は間もなく現れた。
――私たちの、後ろから。
「よお、さっきはやってくれたなァ」
魔人はわずかにつり上げた口の端から牙を覗かせて、首をコキコキと鳴らしている。
「わざわざぶっ飛ばされに来てくれたのかい」
「……なんだァ。舐めた口利きやがると思ったら、新しい腕が見つかったのか」
「ああ。イケてるだろ?」
ヤーラ君がこしらえた義手は前ほどの性能はさすがに望めないまでも、戦うには申し分のない立派なものだった。デザインがやたらギザギザした感じなのは、レオニードさんの好みに合わせたんだろう。なんかこう、ちっちゃい男の子が好きそう。
手の部分の脇からはちゃんと刃物状の突起があって、レオニードさんのいつもの短剣二刀スタイルも無事復活だ。
「今度はテメェが切り刻まれる番だ」
「いいねェ~」
カインは心底嬉しそうに口の両端を引っ張り上げる。
合図はなかったが、2人は示し合わせたように同時に消えた。ときどき火花のような閃光と、金属のかすれる音があちこちで弾ける。目では追えないが、熾烈な争いが展開されていることだけはわかった。
音と光に混じってスプレーで噴射したみたいな血飛沫が散らされるようになり、地面が点々と赤くなっていく。どちらの血なのかはわからない。レオニードさんのものでないことを祈った。
グシャ、と今まででいっとう大きな鈍い音が響く。同時に、レオニードさんの姿が現れ、ごろごろと地面に転がった。
その右腕は、チーズを引き裂いたみたいにグニャグニャにひん曲がっていた。どれほど強い衝撃を受ければ、金属の義手がああなってしまうのか。
あの傷を負わせたカインも、余裕の表情で堂々と身を晒した。
「これで腕2本目。3本目もいっとくかァ~?」
「……そいつはどうかな」
レオニードさんがそう言うと、驚くべきことに――ひしゃげていた義手がみるみるうちに元の形に戻っていく。
「何ィ……?」
「こいつぁ特別製だ! 100回ぶち壊しても再生するぜ」
驚愕したのは私もだ。壊れてもすぐに直ってしまう義手なんて……と、私はあることに思い当たった。
訓練所だ。あそこにあった練習用の人形は、壊れてもすぐに元に戻る仕様だった。
そしてヤーラ君は、ソルヴェイさんの手伝いで訓練所の設備の修復を手伝っていた。そこで学んだことを、あの義手に応用したとすれば説明がつく。
そう考えれば、ヤーラ君の錬金術師としての技術力は、私の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。ホムンクルスなんかいなくても、彼は十分に戦う力を持っている勇者なのだ。
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