バッドビート
どうやったのかはわからないが、「やった」ということだけはわかる。
素早く鮮やかな手つきでカードをシャッフルする寡黙なディーラーも、今まで鳴りを潜めていたリーズも、何か言葉にはできない違和感を発している。確実に、やっている。
ロゼールは配られた2枚のカードの端をそっとめくった。「A」の印字が2つ。
自分のアクションを待っていると、右隣のリーズが自信満々に積み上がったチップをすべて前に出した。
「オールイン」
罠だ。ロゼールはそう直感し、2枚のエースを惜しげもなく放り捨ててゲームを降りた。
すぐ後に散々ロゼールにチップを巻き上げられた哀れな客の男が勝負を受け、2人の対決となる。
オールイン勝負では先に手札が開示される。リーズがエースとキングの
しかし、リーズは一切動じなかった。先の展開がわかっているかのように。
「う、嘘だろ……」
「ああ、ギャンブルの神様はあたしに微笑んだみたいね」
無一文にされて絶望する男をよそに、リーズはわざとらしく喜んでいる。
もしフォールドしなかったら、身ぐるみを剥がされたのはロゼールのほうだった。ディーラーは冷酷に一瞥した。「
彼はプレイヤーに配るカードも
勝ち目がゼロになったゲームで、ロゼールはしばらく大人しくしていた。チップはじわじわ減らされていくが、打つ手はない。
しかし、あるときから別の違和感を覚えた。
リーズとディーラーが手を組んでイカサマをしている感覚は変わらないが、それがもう1つ――いや、もう1人ぶん増えている。
そのもう1人は、切れ長の鋭い眼差しをデッキを混ぜているディーラーの両手に突き刺している。
リーズは依然強気にベットするが、ロゼールの手札は話にならないもので即フォールド。他のプレイヤーも続々と降りていったが――
「コール」
気の抜けた声だが、全員の注目を集めるには十分だった。
今まで大勝負に出ずちまちまと稼いでいたマリオが、ここに来てリーズに挑んだのだ。
フロップは9-Q-Qとクイーンのペアが揃った形で、リーズは満足気だが、ディーラーは静かに焦っているのが伺える。出るはずのないカードが出てしまった、といったような。
リーズの強気なベットに対して、珍しくマリオもレイズで返している。普通なら警戒する場面だが、リーズは自分のハンドが一番強いと信じているようだ。
ショーダウンという段になって、リーズが堂々と手札を晒す直前にマリオが口を挟んだ。
「クイーンのスリーカードでしょ、君」
初めてリーズが動揺した。
「キングクイーンの
マリオが勝手に放ったカードは、2枚とも9だった。リーズの手札は読まれた通りで、ディーラーはできる限り平静を装うように結果を告げる。
「9とクイーンのフルハウス。マリオ様の勝ちです……」
「いやー、ラッキーだったなぁ。そう落ち込まないで。フロップでキングが当たればよかったね」
ディーラーの苦い顔にロゼールも察しがついた。本当はマリオを9の
ともかく、これでマリオもイカサマを妨害できることが先方にも伝わっただろう。
やっているのはわかるが、どうやっているのかはまったく不明だ。彼は椅子に座って普通にプレイしているようにしか見えない。お得意の糸もカジノ側に取られてしまっている。
リーズもこれまでのアグレッシブなプレイを控えるようになるが、完全にイカサマを無効にすることはできないのか、ハンドはまだ向こうに有利なようだ。それでもロゼールは心理戦で勝ちを拾い、ほぼ互角の戦いに持ち込んでいる。
イカサマも絡んだ複雑な読み合いについていけなくなったのか、2人のプレイヤーがテーブルを離れ、ロゼールとマリオとリーズの3人だけになった。
そんな折、見物客に混じってハラハラ見守っていた狐が「げっ!」と短い悲鳴を上げてどこかに逃げる。
ゲームは一時中断され、突然の来客――ロゼールたちにとっても見知った顔の青い髪の男に、全員が注目する。
「またあんたらかよ」
「やあ、青犬君! 君も一緒にやらないかい?」
「よぉ親友、ぜひそうしてぇところだが――今日は仕事だ。なんでも俺らがケツ持ってるこのカジノで、イカサマが行われてるとか」
見物人が怪しんだのか、一進一退の勝負にカジノ側が業を煮やしたのか、とにかく誰かが通報したらしい。
青犬は眼鏡越しに鋭い眼光をロゼールたちに向けた。卓にいる全員を疑っているようで、その公平さにロゼールは好感を持った。
「今からここは俺の監視の下でゲームをやってもらう。イカサマが発覚したら――わかってるな?」
「指を全部切り落とすんだよねー」
マリオののん気な声音に青犬も調子が狂いかけている。
「でも、ロゼールは疑わないであげてほしいな。彼女はそんなに手先が器用じゃないんだ」
「潔白の証明にはならねぇぜ。確かにあんたのほうが上手そうだが」
「だよね。だから、ぼくはゲームを降りるよ」
「え?」
思わずロゼールも声を上げた。この男はいったい何を考えているのかと困惑したが、次の発言で完全にその意図を理解した。
「で、ぼくのチップを全部ロゼールにあげたいんだけど、いいかな?」
2人の軍資金は協会から出ているもので、合わせればリーズのチップとほぼ同額程度にはなるだろう。
すなわち、これは「この金で彼女のチップを残らずむしり取れ」という意味だ。
イカサマについても、もちろん彼は無視していない。卓を離れても対応できる何らかの手段を持っているのだろう。
ギャングの幹部立会いのもとで行われる美女2人の
ディーラーはまず新しいトランプを用意した。監視下ということで公平性を見せるためかと思われたが、なんという胆力か、シャッフルする過程からイカサマの色が見えた。何をやっているかまではわからず、青犬も何も言わない。
しかし、それはテーブルを離れているマリオも変わらない。今まさに何らかの細工を施している。時折ディーラーが何かしくじったようにかすかに顔を歪めた。
2枚ずつ手札が配られたときのディーラーの内面は、ロゼールにも読みにくかった。勝ったとも負けたとも思っておらず、半ば諦めてすべてを運に任せているように見える。
伏せられたカードの端をめくってみれば、そう悪い手ではなかった。
先にアクションするリーズの顔を見る。青犬が来たことで、イカサマがバレるリスクも考慮に入れなければならない。だとすれば、勝気な彼女は早めに勝負を仕掛けてくるはず――
その予想は当たったが、予想よりもかなり早かった。
彼女は覚悟を決めたように、チップのタワーをまとめて奥に押し込む。
「オールイン」
ブラフではないことは明白だった。相当強い手を引いて、ここで勝負するしかないと判断したのだろう。
普通ならフォールドするべきで、ゲームを長引かせてイカサマの尻尾を掴ませるのが最善策だった。普通ならば。
面白そうね――と、ロゼールの悪い癖が出てしまった。
「コール」
マリオのぶんと合わせた巨額のチップが、テーブルのポットに集められる。
衆目の見守る中、2枚の手札が表を向く。ロゼールはハートのジャックと10だが、リーズはダイヤとクローバーの
続いて3枚並べられたカードが、リーズに勝ちを確信させた。
クローバーのキングの隣に、2つ並んだエース――最高のランクで構成されたフォーカードだ。
「や、やったわ!」
リーズが思わず叫ぶ。緊張していた顔が緩み、一気に紅潮する。
もはや勝ち目が限りなくゼロに近くなったロゼールだが、不思議と絶望感はなかった。
おそるおそるといった手つきでデッキの上から最後の1枚を引く。
運命を決めるカードが翻されて、愉悦に浸っていたリーズの顔から一気に血の気が引いていく。
ディーラーは動揺を隠しきれず、震えた声で勝敗の結果を告げた。
「ロ……ロイヤルストレートフラッシュ。ロゼール様の、勝ちです……」
大歓声の中、2枚のエースの隣に並ぶハートのキングとクイーンが静かに佇んでいた。
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